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1:十番目

「水曜日の憂鬱」


そんな噂話が、僕たちが通う日和見高校の間で流行っていた。

毎週水曜日に必ず日和見生の誰かが不幸な目に遭うという話。

共通点があるとしたら、日和見高校の生徒だということ。

ただ、それだけなのである。


この水曜日の憂鬱へ僕の友達も巻き込まれ、命を落とした。

こんな憂鬱な日々は、次の被害者が出る前に終わりにしなければならない。


霞先輩から預かった調査資料をぼんやり眺めつつ、僕は信号が変わるのを待つ。

彼が死んだ事件をきっかけに、僕は水曜日の憂鬱を調査していた新聞部の門を叩いた。

まだ何も分からないことばかり。だけど…少しずつ調査は進んでいる。そう、思いたい。

そう、思いたい。


「ふぁあ…」


昨日も夜遅くまで、素人の手が届く範疇ではあるが事件の事を調べていた。

おかげで眠いのなんの。それでも学校が噂を理由に休校になるわけではない。

勿論だが、水曜日の憂鬱が急に終わってくれるなんて保証もない。

…霞先輩みたいに、授業を放棄することもそろそろ考えるか。

いや、あれは成績が良い人間の愚行だ。僕みたいな中の下に位置する人間がしたら「二回目の二年生」をやる羽目にもなりかねない。


…休校にならないか。

あの時は、そんなことばかり考えていた。


信号が青に変わる前、トンッ…と背中を押される。

優しく前へ押し出すように、そっと背中に触れた手が誘うのは———車が行き交う車道。


そういえば。今日は水曜日。

———今週の被害者は、どうやら僕らしい。


「何をしている…!」

「痛っ」

「君!」


覚悟して目を閉じる前、視界が紺色に覆われた。

どこかで聞いた覚えのある優しくて、どこかうざったい声の主は、僕の身体を抱き寄せ…それから。


それから、どうなったのだろうか。

意識は途切れた僕には、わからない。



◇◇


やってくる痛みに備えて目を閉じた。

そこまでは覚えている。

けれど、痛みは僕に襲うことはなかった。

身体の節々に痛みがあるどころか、傷一つすら無い。


「…どうなっている?」


身体の至る所に触れても、四肢は変な方向に曲がっていないし…なんなら足はちゃんとついている。

そう、何もないのだ。

怪我も、異常も、痛みも…何もない。


少しだけ思案して、すぐに答えへ行き当たる。


———ああ、僕死んだっぽいな!


あんな交通事故だ。無傷で済むわけがない。

とりあえず、近似の記憶をきちんと整理しておこう。

僕は背中を押されて死んだ。押した相手は誰か分からない。

分からないことをいくら考えてもわからない。その前提さえ抑えておけばいいだろう。


次に…気にかかるのは、僕を庇ってくれた人の事。

僕がここにいると言うことは、彼も間違いなく…。


思い返せば、僕を庇ったのは———うちの学校の校長先生だ。

声だけは何となく覚えている。うざったく感じたのは、集会の度に長い挨拶をしてきたからだ。

…ここ最近、水曜日の憂鬱で被害者が出るものだから緊急集会が多かった。特にそう感じるのだろう。

名前は確かととえだ。下の名前は知らない。先生の名前なんて興味は無いからね。


現状、自分の身に降りかかったことで分かるのはこれぐらいか。


「さて、次は…自分がいる場所か」


自分でも、酷く落ち着いていると思う。

しかし狼狽えたところで状況は覆らない。

できることをやらなければ。

僕が今まで寝ていたのは教室らしい。

僕のクラスと同じ作り。机の配置も同様。

掲示物はなし。

黒板には、奇妙な文面。


「…僕宛のメッセージで良いのかな」


とりあえず、黒板の文字を持っていた手帳に書き写す。

鞄の類いはないけれど…制服のポケットの中に入っていたものはここに持ち込めているらしい。

「水曜日の憂鬱」関係の事を記録した手帳とペンがあったのは幸いだ。

こうして、些細な事さえ記録に取れるのだから。


『ようこそ、想定外の被害者。私は常世の管理者』

『お詫びと言ってはなんだが、この学校にいる生徒全員の生死を暴く事ができたのならば、お前が望む存在を現へ戻そう』

『ただ、戻せるのは一人だけだ』

『お前が追う「水曜日の憂鬱」を引き起こした存在もここにいる。核心にナイフを突き刺したならば、同様の処置を施そう』

『ただ、現状ではお前が不利だろう。七不思議の力を借りる術を用意した。存分に活用してくれたまえ』


「…」


なるほど。さっぱりわからん。

普通の高校生相手に、突然ファンタジーをされても困る。なんだ常世の管理者って。

…しかしまあ、いるのか。

偶然だと思われていた「水曜日の憂鬱」は必然。

———それを引き起こしていた存在が、背後にいる。

それさえ分かれば、後は。


「…ここから現に帰る為には、ここにいる生徒の生死を暴けばいいってことか」


ここにはきっと、これまでの水曜日の憂鬱で被害者となった生徒が集っているはずだ。

僕を除いて九人と言ったところだろう。事件は九回。僕の事件で十回目なのだから。

八番目の被害者となった西間虎太郎にしまこたろうと、四番目の被害者となった穂上譲司ほがみじょうじの死は分かっている。


虎太郎は僕がこの水曜日の憂鬱を追うきっかけになった存在だ。

…葬式だって出た。


穂上先輩の遺体は目撃している。

彼が自分の教室の窓から飛び降りたのは放課後が始まった直後だったからな…。

僕を含め、下校していたほとんどの生徒が彼の「頭が潰れた死体」を目撃している。流石にここで生きているなんてどんでん返しはあってほしくない。


後の六人は情報が伏せられており、不明のままだ。

誰が被害者となったのか、どんな目に遭ったのかも、謎のまま。

きっと困難な道のりになるだろう。

それでも、進んだ先に光がある。

現に、生きている世界に帰れる方法がある。

黒板の文字を書き写した手帳を、胸ポケットの中に。

やるべき事は分かった。

後は、進むだけだ。


意気揚々と教室を出る。

廊下の作りも日和見高校と変わらない。

一緒と考えて良いのだろう。


とりあえず、学校全体を探索するところから始めてみよう。

手始めに虎太郎を…他の生徒を探すんだ。

調査は足が基本。そうですよね、かすみ先輩。


誰がいるか、把握するところから始める為に歩き出す。

———常世に作られた、生者と死者が入り交じる、この場所を。

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