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龍の髭  作者: 富樫 聖
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第六話 王子と女従者

 次の日、あたし達と、そして王子は、蒼き森にドラゴン退治に出発した。

 あたしのテントのすぐ側から、王子を先頭に入っていったわけだけど、そこであたしは一つどうしても怪訝に思ったことがある。

 それは、道だ。

 朝、支度を終えて、時間の余ったあたしは昨日暗くて出来なかった、キャンプ地の散策に出掛けたのだ。

 キャンプ地は一部が森に食い込む形であり、その三分の一が実に森に面していた。

 あたしがテントを張った所もそういった場所だったわけだけど、その側にも、そして森に面した所のどこにも、道、というものが存在してはいなかったのだ。

 これは確かだ。はっきり言って絶対。

 だからあたしは木と木の間を縫って進んでいくものだと思っていたのだけれど、今、あたしが歩いているのは、確かに土の道だ。

 あんなに乱立していたはずの木は左右に別れていて、ゆうに二人は並んで歩いていけるだけの広さがある。

 あたしは、今日は列の真ん中あたりを歩いていて、先は見えなかったけれど、滞りなく進んでいるってことは、でも間違いなく道が存在していることで……。

 あたしは怪訝そうに歩きながら、周囲をキョロキョロと見回してしまった。

 誰か、その事に気づく人がいるかな、とも思ったけれど、皆平然と歩いている所を見ると、誰も気づいてないみたい。

 皆、前から回ってくる王子様の情報を伝えたり、話したりで、とてもじゃないけど、森を堪能している人なんていなかった。


 これは、龍の仕業かしら?

 この突然出来た(らしい)道をずっと行けば、龍のいる場所に着けるのかしら。

 王子は、絶対着けるようなことを言っていたけれど―――。

 あたしはできれば王子に事の真相を尋ねたかった。けれど、王子は先頭にいて、聞きたくてもそこまで行けない。

 というのも、貴族の娘さんたちが争って、争って、馬で王子の側を埋めてしまっているからである。王子様のお顔が拝見出来るのも、近くを行く貴族だけ。ついでに声を掛けてもらうのも。ってやつだ。

 けれど、王子様の情報はちゃんと伝わってきている。

 顔も声も姿も見えないけれど、前から人づてで伝わってくる情報のおかげで、みんな今日の王子様の様子を知っているのだ。

 情報といっても、王子様の今日のお召し物がどうとか、どういう馬に乗っているとか、従者はたった二人だとか、機嫌がとても良さそうだ、とか、そんなものだけど。

 そして、その前から伝わってくる情報の中で、一つだけあたしの心に止めるものがあった。みんなもそうらしい。

 何故なら、その王子の二人の従者のうち一人は、女性らしいのだ。

 それって、つまり……あの可能性が高い。


 ―――王子の想い人。


 従者にわざわざ女を選んでくるなんて、どうしたって、王子の恋愛の相手かもって思えるじゃない?

 皆の話題はさっきからそれでもちきりだった。

 あたしは首を傾げた。

 だって、王子はどう見たって、花嫁を選ぶつもりはなさそうだった。

 誰も、退治出来なくていい、とも言っていた。

 なのに―――女を連れてるわけ?

 ……もしかして、王子は、その女性なら退治出来て、他の人間は出来なくていい、といった意味で言ったのかもしれない。

 だって、王子本人の口から、花嫁を選ばない、って聞いたわけじゃないし、花嫁選考にわざわざ女の人を連れてくるんだもの。

 そうとしか考えられないじゃない?

 あたしは、ぽりぽりと頬を掻いた。

 何だ、という気分になる。

 何だ……ちゃんと、好きな人、いるんじゃないの。なら、ちゃんと言ってくれればいいのに。

 そんなに信用ないわけ。あたしって。

 憤慨しかけたけれど、それもさっと消えて、そのかわり、何とも形容しがたい気分に襲われた。

 落胆というわけじゃないけど、寂しいような、哀しいような、悔しいような。とにかく妙な気分。

 どっと心が重くなったようにも感じられる。

 変よ。変――。

 別に王子なんて関係ないのに……。


「………」

 ぶんぶん、とあたしは勢いよく頭を振って、王子のことを頭から振り払った。

 あたしの目的は、龍の髭を持って帰って、おばあちゃんの病気を治すこと。それ以外には何もないもの。

 次から次ぎへと耳に飛び込んでくる、王子の噂から意識を逸らすように、あたしは周りを見渡した。

 森は、どこといって変わった所はなかった。

 どこにでもあるような、普通の森だ。

 龍の機嫌が悪いのか、青く光りもしない。

 そのかわりに、葉と葉の間から差し込んでくる木漏れ日が、緑の見事なコントラストを作っていた。

 どこかぼんやりとした、やわらかな薄い光りが、あたし達の足元を仄かに照らしている。

 左右のどちらを見渡しても、ずっとそんな風景が続いていて、この森がどんなに広くて深いのか、物語っているようだった。

 今の森は、神秘さも畏敬も感じさせず、ただ自然の奏でる調べが混ざり合い、調和し、生命のざわめきさえもが、荘厳で静かな空気に融けているように感じられた。

 それは都では決して味わえない感覚だった。

 昨日のような気負いがないせいかもしれないけれど、ふっと肩の力が抜けていって、落ち着くような、そんな感じ。足も妙に軽い。

 森に来るまでの田園風景が続く道より、ずっとこっちの方が楽しいのは、別にあたしだけじゃないようだ。

 みんな、何だか和やかな、ハイキング気分で歩いている。

 お喋りして、笑って、土の道を歩いて――。

 とにかくみんな、これがどこへ通じる道なのか、あたし達が何しにいくのか、すっかり忘れてしまっていた。


 皆が、というよりあたしが、この旅がハイキングでも観光の旅でもないことを、思い知ったのは、このすぐ後のことだった。

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