表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の髭  作者: 富樫 聖
5/15

第五話 蒼き森での夜~前編~

 蒼き森は、この国のほぼ中央に位置している。

 誰も中心部まで行き着けたことのない、不可侵の森には、何時、誰が言いはじめたのか、ドラゴンが住んでいると噂されるようになった。

 なぜ、蒼き森という名称がついているのかといえば、時々、不意に、夜でも昼でも森全体が青く仄かに光るためである。どうして光るのか、今まで誰も説明出来たものはなく、蒼き森は、この国最大の謎とされ、その存在そのものが神秘に包まれている所だった。

 豪胆なおじいちゃんでさえも、この森には近づかなかったそうだ。

 その森の入口に、今孫のあたしがいる。なんだか、妙な気分だ。

 森は、今は青く光らない。ただ、静かで、空と溶け合うような、闇色に包まれている。

 空と森の高くそびえ立つ木々を分ける唯一のものが、星だった。

 あたしは、ボーッと空と真っ黒な森を眺めた。

 こうして見ると、普通の森と変わらない。ドラゴンがいたり、青く光ったりするなんて、信じられない……。


「ちょっと、あなた。邪魔よっ」

 不意に鋭い声で怒鳴られて、あたしはハッとした。

 キャンプ地の入口近くで、ボーッと突っ立っていたあたしの横で、大きな荷物を抱えている女の子が、あたしを睨みつけている。

 いけない。ボーッとしちゃった。

 あたしは首をすくめて、その場からそそくさと逃げだした。

 明日になれば、いくらでも見れるのだから、今は場所を確保してテントを張ることの方が先決だ。

 キャンプ地の中心には大きなテントがあった。

 誰に聞くまでもない、シオン王子のテントだ。

 おそらく中には、たくさんのランプがあるのだろう。 布地を通して、明るい光が辺りを照らしている。入口には、二人の見張り。

 ふんっ。いい身分だ。

 夜になって、辺りは真っ暗になってしまったが、キャンプ地には所々に篝火が燃えていて、間違って森に入ってしまうことはないし、火の近くなら、いろいろとものがよく見える。

 あたしは篝火を頼りに、程よい所を見つけ出した。

 近くには、キャンプ地を突っ切って森へ流れる小川があって、低い木が密集して出来た草むらもあった。

 これは、薪にぴったりなのだ。

 篝火も近く、王子の明るい大きなテントからも、そう距離があるわけではない。

 あたしはその場所に、小さな一人用のテントを張った。

 あたしが持ってきたのは、高さの低いテントだった。

 座高よりやや高いというくらいで、這って入らなければならないものだったけれど、あたし一人にはこれで充分だ。

 寝場所を確保したあたしは、次に食事の支度を始めた。

 昼食もとってないから、お腹はぺこぺこだった。

 近くの草むらから薪にする分だけを切り取り、近くの小川から水を汲む。急いで支度したから、持ってこれたのは、すぐに食べられるようなものばかりだった。羊の干肉と固いライ麦のパンを袋から取り出す。今日の食事は、これらにお茶だけ。

 火に水をくべて、お茶を沸かす。

 と、そこで、あたしは、このキャンプ地に異様な緊張が漂っているのに気づいたのだった。


 確かに、今はどこでも食事を用意をしていて、人があっちこっちへ移動してはいるけれど、その忙しさの中に、何だか、得体の知れない雰囲気が流れているのだ。

 何かの先触れにも思えるそれは、今までになくあたしの肌にぴりっと来た。

 そう、まるで、獲物がくるのを気配を消して息をひそめて、待っているような、そんな感じ。

 そんな緊張感が、このキャンプ地全体を押し包んでいた。

「?」

 表面的には、何も変わらない。なのに、何かが変なのだ。

 あたしは食事をしている間も辺りに気をくばり、その原因を突き止めようとしたけれど、駄目だった。

 人を呼び止めて聞いても、きっと答えてくれないだろうし……。

 夜も更けて、次々と焚き火が消えていっても、それは変わらなかった。それどころかもっとひどくなっているようにも感じる。

 いったい何だろう?

 テントに入って、毛布を被りながら、あたしはあれこれ考えた。

 本当は、明日のために早く寝たかったのに、不穏な空気のせいで意識が眠ってくれない。

 それにどうやら、外では何か、人の移動するような気配がしていた。

 足音を消して、そろそろと誰かが動いている。それも一人じゃない。

 行った、と思うと、また何処からか人がやってきては、あたしのテントの側を通っていくのだ。

 それも――どうやら、キャンプの中心地、つまり、王子のテントの方向へ行ってるようだった。

 何があるんだろう?

 と思わず上半身を起こした時、すぐ側の草むらからガサッという音が聞こえてきて、あたしははっとしてそばに置いておいた剣を手に取った。

 その気配は、テントを通り過ぎていくあの足音とは違って、気配を消し、キャンプの中を伺っているようだった。もちろん、獣じゃない。

 誰もいないはずの森の方角に、ランプの光が揺れているのが、テント越しに見えた。

 あたしは剣を握ったまま、テントの外に這って出た。

 盗賊かもしれない。女だらけのキャンプに目をつけて、やって来たのかもしれない。

 ごくん、息を一つのんで、あたしは意を決して、声を掛けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ