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龍の髭  作者: 富樫 聖
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第四話 蒼き森へ

 お城の前は若い女達で埋めつくされていた。

 大体貴族の娘は馬に乗っていて、従者も連れているから、人数は倍増だ。

 でもあたしを含め、ただの庶民は馬を割く余裕なんて無いから、もちろん徒歩だった。

 正午ぴったりに、あたし達は城を出発した。目指すは、蒼き森。

 この国最大の森は、城をはさんで、都とは正反対の所を約半日行った所にあり、来た道とは反対へ、なだらかな丘を下っていくのだ。

 でも何しろ人数が多いので、恐ろしく長い行列になってしまっている。後ろの方へついたあたしは、先頭が丘を下りきった時に、ようやく歩きはじめることが出来たのだった。

 この行列に、王子様本人はいない。

 彼は、先に森の入口の広場にキャンプを張って、待っている、ということだった。つまり、あたしが井戸で会った時、あの王子様は森へ行く途中だったわけだ。

 でも、判らないのが、どうして反対の道――都にいたのか、ということだ。しかも、従者はあの灰色のフードの男一人。その彼とも別行動を取ってしまって、いったい何を考えているんだろう?

 なにか、あるような気がするのは、果たして気のせいだろうか?

 それに、今さらだけど、どうもあたしは王子様とあの男にうまくノセられたような感じがする。

「……ま、いいか」

 あたしはようするに、おばあちゃんのボケを治せる薬を取れればいいんだ。

 王子にもあの男にも、あたしを騙す必然はない。だとすると、薬の件もそれなりに信用できるってことだ。

 ―――龍の髭。あの男は、そう言った。

 あたしは、初め、それは嘘だと思った。だって、どの本を見ても、ドラゴンに髭があるなんて描写は出ていない。

 その時、あたしは髭、というから鼻の下にある髭を思い浮かべていたのだけれど、彼が言ったのは、その髭ではなく、顎の下、つまり、喉の所にある髭のことだった。

 その髭を煎じて飲めば、何の病気でも治せるだそうで、試しにあたしはボケでも治せるか、と聞いたら、彼は『もちろん』と答えた。

 これこそまさに、天の助けってやつだ。だいたい、竜の鱗とか角だとかは良薬として有名だから、その髭だったら、ボケだって治せるかもしれない。

 あたしはもう、水汲みどころじゃなく、家へ走り返って、慌ただしく支度をした。

 約三日分の食料、簡素な調理器具、一人用のテント、毛布。そして、武器も忘れてはいけない。

 ドラゴン退治をするなら、弓も必要だけど、今回あたしはそれに関しては傍観を決め込むつもりだったから、あたしが手に取ったのは、長さが一メートル程の、おじいちゃんの形見の剣だけだった。

 おじいちゃんは狩人だった。

 お父さんが、剣や弓を嫌って、宿屋を始めてしまったけれど、病気になるまでは、よく近くの森へ行って、鹿やら兎やらを捕ってきたりしていた。

 おじいちゃんはよくあたしに、剣の使い方やら弓の打ち方などを教えてくれた。

 タオはまだ小さかったし、お父さんはアレだったから、あたしに教えるしかなかったみたい。でも教える時のおじいちゃんはとても楽しそうで、あたしも、教わるのが楽しみだった。

 だから、こんなになってしまったのかしらね。

 喧嘩だって一度も負けたことはないし、前にゴロツキから助けてあげた商人さんたちに冗談だか『護衛に雇いたい』と依頼されたこともあるくらいだ。

 自慢じゃないけど、この花嫁候補のお方々よりは、遙かに剣は使えるハズ。

 まぁ、そもそも普通の娘は、剣なんて持たないけどね。

 持つのはせいぜい包丁ぐらいなもの。一般の年頃の女の子は、糸を紡いだり、布を織ったり、料理をしたり……。ともかくも、畑仕事をしない限り、家のことをやるのが普通なのだ。

 もちろん、あたしも家のことはやる。料理もとりあえず出来る。

 ところが、残念なことに、裁縫関係はあたしは一切駄目な女の子だった。それよりも、剣を振っている方が得意。でも、これって、女戦士とか冒険者になるならともかく、お嫁にいくのには全く不利。

 まだ十六歳だから、それほど問題にされていないけれど、両親も家族も皆心の中では、このままでは絶対売れ残るに違いない、と思ってるようだ。

 今朝、タオが失礼にも、あたしに王子様の花嫁になれる可能性がある、なんてことを言って、しきりに勧めていたのは、剣が扱えるという以外に、この機を逃したら誰もあたしなんて貰ってくれない、と思ったからに違いないんだ。

 結局、来てしまったし、両親もタオも、玄関でバンザイ三唱までして送ってくれたけれど、あたしには王子様の花嫁になる気はこれっぽっちもありはしない。

 あたしはドラゴン退治は見るけれど、決して手は出さないつもりだ。

 だってあくまであたしの目的は、龍の髭なのだ。誰か、玉の輿希望の女の子でも、隠れた王子の相手でも、とにかく誰かが龍を討ち取ったら、あたしはこっそりと髭を取ってくる。そうして、すぐ家へ取って返して、おばあちゃんに飲ませるのだ。


 ―――おばあちゃん。


 てくてくと重たい荷物を背負って歩きながら、あたしはおばあちゃんのことを思い返していた。

 行く前、物置からおじいちゃんの形見の剣を持ち出し、あたしはおばあちゃんの所へ行った。

 水汲みに行く時と同じく、眠っていたおばあちゃんだったけれど、あたしが椅子に近づくと、フッと目を開けて、

「おや、シア。また剣の稽古かい」

 といつもの、おばあちゃんの口調で言ったのだ。もちろん、ボケが治ったわけじゃあ、なかったけれど。

 でも、あたしの顔も名前も思い出してくれた。出掛けてくる、と言ったあたしの言葉に目を細めて笑いながら、『気をつけて言ってくるんだよ』とも言ってくれた。

 あたしは、嬉しくて、つい泣きそうになってしまった。

 ―――おばあちゃん。

 あたしの、おばあちゃん。大切な、おばあちゃん。

 待ってて、絶対治してあげるから。龍の髭を取って、絶対、元のおばあちゃんに戻してあげるから………。

 あたしは心の中で、何度も何度も繰り返し繰り返し、つぶやいていた。



 王都から蒼き森までは、のどかな田園風景が広がっていて、道の脇の畑では何人かの人が鍬を持って、立ち働いていた。

 けれど、あたし達が通っている間は、さすがに手を休めて好奇の目で若い女の行列を眺めている。畑仕事の人達ばかりではない。家の中にいた人も、なぜかわざわざ道の脇まで出てきて、しきりにあたし達をはやし立てた。

 若い男たちは、あからさまに羨まし気にあたし達を見ている。

「これ全部が、王子の花嫁候補かよ……ちくしょー」

 という声がたまーに耳に入ってきて、そのたびにあたしは笑ってしまった。

 代々の王が、民衆の中からいつも王妃を選んでいるせいなのか、王や王子の人柄なのか、この国の王族は驚くほど国民に人気がある。シオン王子だって、女だけじゃなく男からも結構好かれているようだ。

 だけど、この日だけは違った。若い適齢期の女の子が目の前に山ほどいるのに、その全部が(というわけじゃ、本当はないけど)王子様の花嫁志願なのだから。

 この日ほど、人望厚い王子が男達に憎まれた日はなかっただろう。

 うらやまし気な(あるいは恨みがましい)視線を受けつつ、あたし達は黙々と蒼き森目指して歩いていったが、行程の半分を行った辺りから、次々と脱落者が現れ始めた。

 その女の子は、殆どが重たい荷物を背負って歩いていた平民の娘達だった。道端でヘタリと座り込む人、近くの農家にお世話になりに行く人や何かで、夕方、赤い夕日が大地を血の色に染める頃には、あっとびっくり徒歩の人は初めの半分まで減ってしまっていた。

 もともと貴族より平民の方が参加人数が多いから、実に三分の一以上が棄権してしまったことになる。

 現地集合にしないで、半日歩きづめにするあたり、もしかしてもう選考会は始まっているのかもしれない。

 まさしく体力勝負。気力勝負。あの妙な王子様が考えそうなことだ。

 棒のようになった足を、ただ前へ進ませることだけに専念していたあたしの脳裏に、やわらかな金の髪と、紫の瞳が浮かんだ。

 その中で王子は、人なつこい――でもどこか含みのある笑みを浮かべていて、あたしは何だか、とても……なぜかとても憎たらしくなってしまったのだった。

 あたしに気軽に来い、だなんて言って。なのに、自分だけさっさと馬で蒼き森まで行ってしまって。くやしい……くやしい。

 絶対行き着いてやる。そして、竜の髭を手に入れていやるんだから。

 だから――。

 おばあちゃんの為という目的の中に、王子に対する意地まで加わってしまった後は、あたしに怖いものなんて無かった。

 足の疲れも気にならなくなってしまって、ずんずんと進んでいく。

 人間、気力次第でどうなるものだなぁ、としみじみ思いつつ、道端の脱落者を避けながら進んでいくと、その前方に見えた脱落者の中に見知った顔があって、あたしはぎくっとしてしまった。

 友達のアゼリアだった。あたしが気がついたのとほぼ同時にあたしに気づいたアゼリアは、息が切れているにも係わらず、大きな声であたしの名を叫んだ。

 どうしてあたしがここにいるのか、さぞ聞きたいだろうし、きっと文句とかも言いたいだろうけど、ここでアゼリアに係わっていたら、あたしまで脱落してしまう。

 あたしは心を鬼にして、アゼリアの前を笑って手を振りながら通り過ぎた。

「シアの裏切り者ぉ~!」

 怒っているのか、夕日のせいか、真っ赤な顔をして叫ぶアゼリア。

 でもあたしは耳を塞いで知らんぷりを決め込んだ。

 やがて、アゼリアの声も聞こえなくなり、日が遠くの山並みの向こうに消えて、空も闇色に染まりはじめた頃、ようやくあたしたちは、蒼き森の入口のキャンプ地に着いたのだった。

シアは実は美人。

腕っ節もいいし、世話好き&姉御肌なので女の子にモテまくりです。

こうしていつも女の子に囲まれているので、実は男の子はシアに近づけることができないでいるだけ……だったりします(笑)

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