エピローグ
ようやく完結です!
―――こうして。
あたしは、王子と婚約してしまったわけだけど―――。
でも大団円までには、ほど遠かった。
親は喜んだ。タオも喜んだ。
王様も王妃様も、大臣たちも諸手を挙げてあたしを受け入れてくれた。
だけど友人一同は大反対した。
アゼリアは王室情報をこまめに知らせるという条件のもとに祝福してくれたけど。
その他の女の子たちは号泣した――何故か。
「シア、お嫁になんか行っちゃ、嫌!!」
「あたしたちの傍から居なくならないで!」
あたしなんかが王子様と結婚するのは似合わないから反対するのかと思ったけど、どうもみんなの言動を聞いてみると、王子様とかは全く関係なくて、あたしが居なくなるのが反対のようだった。
「姉さんは女の子だちに好かれているからねぇ」
弟のタオはなぜか遠い目をして言った。
「相手がシオン王子じゃなくったって、大反対するよ。たとえ王様だろうと神様だろうとね。……ああ、でも王子でほんっとよかった! ……さすがに彼をリンチすることはできないだろうしね……ボソ」
タオの後半は言葉はなぜか聞き取れなかった。
友人の反対にあいながらも、着々と周りの準備は進んでいく。
痴呆症だったおばあちゃんも、龍から貰った髭を身に付け始めてから、少しずつよくなっているようだった。
あたしのこともちゃんと認識してくれる。
シオン王子をエルセリオ王と間違えることもなくなった。
これこそ大団円。ハッピーエンドだ。
――だけど。
あたしはそれと引換えに、地獄のような毎日に追われていた。
というのも、王子妃として覚えなければならないことが山程あったため、城に住み込んで一日中お勉強をさせられて。
毎日毎日頭の中にいろんなことを詰め込みさせられて。
ああ、気が狂いそう!
言葉遣い。作法。法律。あたしにそんなの出来っこないわよ!
―――と、嘆きたいのはヤマヤマだったけれど、もう後には引けない……んだよねぇ。
なんであたし王子のプロポーズにOKしちゃったんだろうか。
そう思うことが一日に数回はある。
本人を目の前にして言ったこともあるけど、
「もうシアはOKしちゃったんだから、今さら撤回はできないよ。だから、諦めて?」
とにこやかに言われるだけだった。
そんなあたしの唯一の慰めは、王子の諸国漫遊の旅についていってる間はお勉強をしなくてすむ、ということだった。
それにあたしは王都の周辺から出たことがない。
いつか他の街や村、はたまた別の国に行ってみたいと思っていたので、ものすごーく楽しみにしていたのだ。
だけど。
どういうわけか王子は、いつ出発するとか言わないどころか、あたしの前では一切旅の事は口にしない。
もしかして旅に出るには無しになったのかな?
あたしが旅のことについて口にするたびに話題を変える王子を見てそう思っていたのだけれど。
―――その日、あたしは妙な胸騒ぎがして日が昇り始める前に目を覚ました。
城の中に与えられた豪華な部屋の窓から、新鮮な空気を吸おうと外を見たあたしは目をパチクリ。
城の裏門が開いていて、その近くに三つの人影と馬の影があったのだ。
その人数といい、背格好といい、どっかで見たことがあるような……。
ま、まさか!!
あたしは慌てて着替えもせずに部屋を飛びだした。
外はまだ群青色をしていて、ようやく門の遙か向こうに、薄ぼんやりと光りが見えはじめたばかりだった。
「どういうことよっ。あたしを置いていくつもりっ!?」
走りながらそう叫ぶと、あたしの姿を認めた王子は、明らかにヤバイという表情をした。
馬には、鐙も鞍も、そして必要な荷物ももう乗っていて、あとは騎乗するだけの態勢だった。
ようやく走り寄ったあたしに、王子は白々しくも笑って、
「そんな格好でいちゃ、駄目だよ。明け方はまだ寒いんだから」
などとトボけたことを言った。
――その言葉に、あたしはブチ切れた。
王子の服の襟をぐいぐい締め上げ、
「いったいどういうつもりよっ!」
「……いや。よく考えたんだけどね。やっぱり女の子には危険だよ。だから君は大人しく留守番していて欲しいんだ」
「ちょ、冗談じゃないわよ。今さらっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつけるあたしに、
「まあまあ」
となだめるように笑って王子ってば、やんわりとあたしの手を外してのたまった。
「いや、本当は連れて行くつもりだったけど、シアってば、無茶するし無謀すぎるから心配になってね。君が無茶する度に僕は胃に穴が空きそうな思いをしなくちゃならない。でもこれから行く場所に龍は居ないから痛みを和らげてくれないし、こればっかりは龍の髭でも直せそうにないから」
だから今回は諦めてくれ。あっさりそう言うと、王子は再度怒鳴りつけようとしたあたしの顎をつかんでそのままぐいっと引き寄せた。
王子の唇とあたしの唇が触れ合う。
な、な、何事!?
がっちり両手で頬をホールドしてぎゅうぎゅう押し付けられる口付けに、あたしは声にならない悲鳴を上げた。
「んーっ、んーっ!!」
ちょっと、いきなりこんな人前で何するのよっ!
そう言いたかったけど、もちろん口が塞がれていて声にならなかった。
唇がようやく離れ、あたしが顔を真っ赤にして深呼吸を繰り返している間に、王子はさっさと馬に乗ってしまっていた。
ムキーーッ!
キスでごまかそうとしたわね!!
あたしはいつの間にか準備し終えて、主のラブシーンに遠慮してあさってを向いていたロイとリュウイに矛先を向けた。
「二人とも何とか言ってよっ」
「え? 今のキスシーンについてですか?」
とバカな事を言ったのはもちろんロイだ。
「ち、違うわよ! 私をのけ者にして旅に行くことについてよ! ロイ、あなた、男だけの旅は嫌なんでしょっ?」
あたしのその言葉に、従者二人は困ったように顔を見合わせた。
「……王子の意向ですから」
そう答えたのは、リュウイだ。
「……う、裏切り者ぉ……」
あたしが拳を握ってプルプル震えていると、王子がすぐ傍に馬を寄せてきた。
「じゃあ、シア、大人しく待っててね。僕が居ないからって、街のゴロツキに喧嘩を売ったり、泥棒を追いかけたり、不良と立ち回りを演じたりしないようにね」
「え? なんでそんなこと知って……」
あたしが全部を言わないうちに、馬が勢いよく走りだした。その後に二つの蹄が続く。
「ちょっ……!」
止める隙もなく、三人は開いた門から金色の光りの差す広大な大地に向かって―――行ってしまった。
あたしは呆然と、その後ろ姿を見送った。
こんなのあり?
酷いよ、裏切り者!
あたしの事心配して神経性胃炎になってしまうのは、王子の勝手。
あたしのせいじゃないじゃない!
太陽が昇りはじめ、明るい日差しが東の方角から伸びてくる。
その日が昇る方角に行った王子達の姿は、もう金色の光りに融けて見えない。
あたしはぶつぶつ呟きながら、その場に立ち尽くしていた。
空は暁色からだんだん青色へと変わっていていく。
……青。森に住む、龍の色だ。
そう、頭のどこかで考えた時。
―――勇気ある娘よ。
という、どこか笑いを含んだ楽しげな龍の声が響いてきた。
それは立っている大地からのようでもあり、頭上に広がる空からのようでもあった。
あたしは、俯き―――そして、次に顔を上げた時には、心は決まっていた。
待っているなんて、あたしらしくない。
彼らがあたしを置いていくなら、追っていけばいい―――。
あたしは踵を返した。
今から支度して、王様に許可を貰って、家まで行って、事情を話して。
そうすると、半日くらい差が出来てしまう。
追いつけないかもしれない。
でも。きっと追いつける。
追いついてみせる。
昇り始めた陽の光りが、城の壁を金色に染め上げている。
眩しい、その光りの中へ、あたしは走っていった。
そして、冒険は始まる―――。
ようやく本編が完結しました!
次回からは亀更新で番外編を何本か書きたいと思います。




