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龍の髭  作者: 富樫 聖
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第十二話 王子の花嫁

 そうして、あたし達は、龍のいる森の中心地を後にした。

 行きに来た道はすっかり消えていて、代わりに今度は蛇行しないで真っ直ぐ続く道がいつの間にか出来ていた。

 これも龍の力なのだろう。

 森にいたはずの女の子たちの行方が気にはなったけど、あの龍のことだから、きちんと迷わず森の外まで出してくれるだろう。

 あたしは思い出したのだ。

 不可侵の森と言われているこの森には多くの冒険者が入っていったけれど、龍の居場所に着けなかっただけで、迷って死んだという話しは未だ無かったことを。


 王子の馬に一緒に乗せてもらって、道を行くあたしの耳に、歌が聞こえた。

 その歌に反応するように、木が、そして大地が青く光る。

 龍の色だ。

 森全体が、歓喜して、喜びを歌い上げていた。

 龍の機嫌は、すこぶる良いようだ。

 あたしはしばし、その歌に耳を傾けた。

 そして、王子に尋ねる。

「どうして、龍は、一人であそこに住んでいるの? 他にも、六体いるんでしょう?」

 王子は、あたしの後ろで手綱を取りながらしばらく考えて、そして、口を開いた。

「うん。……僕は、彼に初めて会った時からずっと考えていたんだけど。ドラゴンには二つ種族があるだろう? 竜は、この世界にたくさんいるけれど、龍の方は世界に六体しかいなくて、しかも増えないし、死なない。形態も違う。……聞いたところによると、この世界には、海を挟んで六つの大陸があるそうなんだよ。僕たちのいるこの大陸を含めて。これって、龍の数と一致するだろう? だから僕は思ったんだ。竜は、生物が進化していった一つの過程である存在だけど、龍は、大地の創造と共に生まれた、その……大地の意思や力そのものが、龍という形態を取っているんじゃないかって。だから、一つの大陸に龍は一体しかいないんだ。大地そのものなんだから。……ね、シア」

 王子は、急に声を落として、つぶやくように言った。

「僕はね、他の所はどうだか判らないけど、あの龍が、僕達人間に好意的であることを心から感謝しているんだ。だってそれって、人間が、大地に見放されてないってことだもの。……龍。神の龍。僕は、その龍から祝福を受けたことを、心から誇りに思うよ……」

 その誇らしげな顔を見、あたしは手の中にしっかり握っている龍の髭――蒼い石――を見た。

 龍が大地そのものなら、これは、大地の贈り物だ。

「あたしも、誇りに思うわ。……おばあちゃんの病気を、完全に直せないのがちょっと残念だけどね」

 もう一人の従者リュウイに言われて、すっかり化粧を落としたロイが、馬を並べてきて言った。

「少しずつ直していけばいいんです。やることが無いから、ボケていってしまったのでしょう? ボーとしている暇もないくらいにいろいろとさせてあげればいいんです。幸い、もうボケている暇もなくなりそうですよ。何しろ、かわいい孫娘が王子様の花嫁になるんだから」

 にやにや。化粧を落としても相変わらず端正で奇麗な顔に、からかうような笑みを浮かべるロイ。

 あたしは「はぁ?」とまぬけた声をだしてから、ハタっと思い当った。

 龍に会ってその後いろいろあったもんだから、このドラゴン退治のそもそもの目的をすっかり忘れた。

 王子様の花嫁を決めるコンテストだったっけ。

 ……でも。

「あたし……花嫁になるつもりで、来たんじゃないわよ。それに、ドラゴンを退治してないわよ?」

「ドラゴン退治をなし遂げた人が花嫁、だなんて誰も言ってないですよ。もともとの目的が、アレなんですから。……それに龍に立ち向かっていけたのは、あなた一人だけですし、その龍に祝福まで受けた。これ以上の資格なんてありませんよ」

 女装をして、他の花嫁候補達を追っ払った甲斐がありました。と、ロイは龍に負けないくらい上機嫌で言った。

 後日談になるが、ロイが女装をした理由を彼の友人リュウイに尋ねたところ、

『建前は、王子目当てで何も考えていない女共の出鼻を挫くため、と言っていたけれど……絶対あいつは楽しんでいた』

 と苦々しく答えてくれたのだった。

 本音はともかく、彼の女装は、確かに威力があったと思う。

 近くに行かない限り男には見えなかったし、むかつくくらい美女だったし!

 王子様目当てだった娘さんたちにはさぞかし脅威に見えたことだろう。

 それはともかくとして、あたしは、ロイの言葉に「王子の花嫁」という現実がのしかかってきたような気がして、急に落ち着かない気分になった。


 王子の花嫁。

 ということはこのシオン王子と結婚するってことだよね。

 そして……将来はこの国の王妃?

 あたしが?

 小さな宿屋の娘であるあたしが?

 ――そんな自分、ちっとも思い浮かばない!!

 それに、これは自分一人の問題じゃないし。


 あたしはもう一人の当事者である王子を恐る恐る振り仰いだ。

「ええと……シオン王子?」

「何だい?」

 彼はさっきからあたしとロイのやり取りをやさしげな笑みを浮かべて見守っていた。

 その表情からはあたしが王子の花嫁になるのには異存なさそうで―――。

 いや、でも分からないぞ。

 王子を慕っている女の子はたくさんいる。

 こんなあたしみたいな庶民で、王族のことなんて分からなくい、剣を振りましているのが得意だっていう女らしくない人はもしかしたら花嫁にしたくないかもしれない。

 だって王子の横に立つのに相応しいものを、あたしは何一つ持ってないんだもの。

「……あ、あたしでいいの…かな? 花嫁になるのに、もっと相応しい人がいるんじゃ……」

「シアがいい」

 即答すると王子は手綱を掴んでる手を離し、あたしを背後からふわっと抱きしめた。

 わわわ!

「他に相応しい人間なんていない。僕はシアがいい。共に人生を歩んで欲しいと思うのは……シアだけだ」


 耳元で真剣にささやかれて。 

 あたしの心拍数は急上昇した。

 顔や耳までが一気に赤くなるのが自分でもわかった。


 こんな場面生まれて初めてで。

 この後どうしたらいいのか、どう反応したらいいのかさっぱり分からない……。

 でも―――。


 不意に龍に切りかかろうと岩場にいた時のことを思い出した。

 あの岩場の天辺で、あたしをまっすぐ見上げていた彼の姿をみて想ったこと―――。

 大変だろうということは分かっている。

 嫌なこともあるかもしれない。

 でも、この人の傍に居て、何を成すのか見てみたい。

 この人の横に立って。

 いつまでも。


 あたしは自分の身体にまわされた腕を両手でぎゅっと握り締めた。

「あたしも……」

 そっとささやく。

 王子にしか聞こえないくらいの声で。

「あたしも、貴方の傍に居たいです」

 

 そんなあたしたちを祝福するように、龍の歌が頭上に響いていた―――。

昔書いた原稿では、シアはもっと淡白でした。

王子の花嫁にってロイに言われたときも「まぁ、王子の傍にいるのも楽しいからいいか」というノリで引き受けていたし(笑)。

それじゃあんまりだろうと思って今回、改稿しました。

シオン王子にプロポーズらしきことを言わせて、糖度も上げてみましたけど……ど、どうでしょうか?

ちょっとは甘々になってるといいな。


次回はエピローグです。

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