表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の髭  作者: 富樫 聖
11/15

第九話 蒼き森の龍 2

 その声に、あたしは顔を上げた。

 王子が、振り返って、あたしを見ていた。

 龍のすさまじい咆哮の中で、どういうわけか、あたしは王子の声で聞こえて――――。


 おばあちゃんのことが、なぜか思い出された。


 おばあちゃん。

 優しくて、明るくて、毅然としていた、おばあちゃん。

 あたしのおばあちゃん―――。


 いつの間にか、震えが止まっていた。

 あんなに、止めても止まらなかったのに。足も動いた。

 ―――大丈夫。

 あたしは自分に言い聞かせる。

 大丈夫よ。大丈夫――――。

 あたしに怖いなんてものは、ない。

 おばあちゃんが、ボケで戻らなくなることに比べれば、このくらいどうってことない、もの。


 そして、何より――――。


 あたしはキッと龍を見上げた。

 とらなくちゃ。何があっても、龍の髭だけは―――。

 あたしは冷静になってじっと龍を見つめた。

 観察すること。それが大事。

 龍は、巨大な岩を間に身を横たえていた。

 少し頭を上げ、あたし達を見下ろしている。

 そのために、私が必要とする龍の髭を見ることはできなかった。

 あたしはそれでも考えた。

 あの巨大な龍から、髭を取る方法を―――。

 大きな岩。

 カーマイン色した龍の瞳。


 やるしかない。


 あたしは自分に対して大きくうなずくと、剣を手に取り、背中に背負っていた余計な荷物をその場に放り投げた。

 そして、王子のいる方ではなく、道から外れた林の中に飛び込んだ。

 入り組んだ木と木を巧みにすり抜ける。

 こうして林の中に入ったのは、龍に見つからずにその龍の傍に立つ岩に近づく為だ。

 大きく迂回をして、龍の視界に入らない所まで走ると、あたしは林から出た。


 王子が、あたしに気づいた。何か、言おうとする。

 けれど、あたしは唇に人指し指を当てて、それを制した。

 大丈夫とばかりに、ぎこちなく、だけど微笑む。

 ここまで来たら、やる以外にない。

 結局、王子の言葉通りになってしまったようだ。

 剣を邪魔にならないように背中にくくりつけると、あたしは龍のいる側の反対から、岩に足をかけて登り始めた。

 この岩は山のように巨大だけど、幸い、急斜面ではないし、ごつごつしてて足場もある。

 きっと上まで登り着けるはずだった。


 龍が咆哮する。

 地面が揺れる。


 さっきより一層近くなったため、そのすごさは岩を隔てても、身に沁みた。

 何度かすべりそうになるし、足を踏み外した。

 だけど、だけど、あたしは四苦八苦して、時間をかけて、ようやく大きな岩の頂上にたどり着くことが出来たのだった――。 


 比較的足場の安定した所に足を掛けて、あたしは岩の上から見下ろした。

 森が見えた。

 龍の住む、この場所を中心として放射状に伸びた森が。

 そして、その中心に座する龍の姿も。

 龍の胴体は、岩と岩の間に出来た隙間に蛇行するように伸びていて、高い所からでも大きく、長く、そして巨大だった。

 岩の上からは、龍の頭部も見えた。鱗と同じ色の角もあった。

 背中に括りつけた、剣を手に取る。

 大丈夫。龍は、まだあたしに気づいていない。

 すうっ、と息を吸い、吐き出すと、あたしは眼下に王子の姿を探した。すぐに判った。馬上から、真っ直ぐあたしを見ていたから。

 残念なことに、顔は遠すぎて見えない。

 従者もいた。

 龍の姿を見つけても、一歩も動こうとしなかった、あの人の姿もあった。


 ここにきて、あたしは、ようやくわかった。

 王子の姿を、遠くから見下ろして、初めて気づいた。

 自分が思っている以上に、あの王子様のことを、気に入っていたことに―――。

 初めて会ったのは、昨日。話したのも、昨日が初めて。

 なのに、いつの間にかすっかり気になってしまっていた―――。

 とらえどころがなくて、でもとても惹かれる人。


 あの人、怒っているかもしれない。こんな無茶をしてって。

 でも、もし無事に戻れたら、可能性のない告白ってやつを、してみてもいいかもしれない――――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ