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龍の髭  作者: 富樫 聖
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第八話 蒼き森の龍 1

 始めの予兆は、地震だった。

 進んでいくごとに、地鳴りが響く。立っていられなくなる。

龍の居場所に近づいている証拠だ。

 ふと気づいてみると、あたしの周りの女の子たちが、さっきより、半分以下に減っていた。

 見込みがないと、少しずつ帰り始めていたところに、龍の凄さを表すコレだ。

 森の様子も違ってきている。

 光りを浴びた、緑の濃い森ではなくて、なんだかうす暗い、蒼色の様子に変わっていた。

 空もあんなに天気がよかったのに、今では灰色の厚い雲に覆われていた。

 緊張しているのか、それとも、カンが龍の凄さを教えているのか、さっきから鳥肌が立っている。悪寒もする。

 グオゥゥゥ。と遠くで、獣のような咆哮が聞こえてきた。

 でも、獣じゃない。

 もっと地面から、空から全身に響いてくる感じ。

 これはきっと、龍の咆哮に違いなかった。

 ゾッとした。先程の熊には、全然そんなのなかったのに、声を聞くだけで、全身が萎縮してしまう。


「キャアアアッ!」

 ドドドッ。

 悲鳴と、何かが駆けてくる音が地面に響いた。

 何事かと見ると、前方から女の子たちや馬が、物凄い勢いで来た道を駆け戻ってくるのだ。

 どの女の子の表情も恐怖に歪み、青ざめている。

 馬も同様で、乗っている子を振り落とさんばかりだ。

 地鳴りと悲鳴が響く中、慌てて彼らを避けて、その怒濤のような嵐を過ごすと、あたしは人のまばらになってしまった道を走り出した。

 あれは先頭の方にいた人達だった。きっと龍の居る所に着いたに違いない。


 走る毎に、森の様子は違ってくる。

 木が少なくなる。

 動物の気配が全くしなくなる。

 その上、暗い色をした木と木の影から見え隠れするソレが、どんどんはっきりしてくるのだった。

 岩だった。

 灰色をした、巨大な岩。

 それが―――どうやらいくつもあるらしい。

 女の子達が走る方とは反対に走っていったあたしは、そして、とうとう、道の開ける境にいる王子達の姿を発見したのだった。


その傍には、もう誰もいなかった。

居るのは、王子たち三人だけで、彼らは何故か、恐怖に怯える女の子達とは対照的に、静かな表情を浮かべて、何かを一心に見上げているみたいだった。

 あたしは更に走った。

 走って、走って、龍の姿が見える所、王子達がいる近くまで来た時、その足は不意に止まった。

 止めたのではない。止まってしまったのだ。

 龍は、居た。

 到底森にはあり得ないような、絶壁にも似た岩と岩の間に、その身を横たえながら。

 あたしは息をのんだ。

 その姿は、物語で読む竜とは、違っていた。

 王子の言っていた通り恐竜型ではなく、蛇にも似た長い胴体をしていて、そこから、鋭い爪のある手足が突き出ていた。

 本に出ているドラゴンのような、羽はないようだ。

 色は、青をもっと暗くしたような、蒼。

 森の色をそのまま具象化したような色だった。

 大きな口、尖った鋭い歯。

 つり上がった鋭い目は、血のようなカーマイン色をしていて、その瞳が、まっ直ぐ、あたし達を見下ろしていた。

 

 あたしは―――恐怖した。

 心の底から、怖いと思った。


 今まで、こんなことはなかったのに、あたしは今、生まれて一番の恐怖を味わっていた。

 止めようとしているのに、全身の震えが止まらない。

 足ががくがくと揺れる。歯が噛み合わない。

 あたしは思わず、数歩引いた。


 グオゥゥゥゥ。

 龍の咆哮が響きわたる。

 耳に、全身に。地鳴りのように身体を貫く。

「きゃあああ!」

 悲鳴を上げて、女の子たちが来た道を逃げ惑う。

 もうほとんど、道には居なかった。

 いるのは、辛うじて立っているあたしと、腰を抜かして放心している女の子たちだけだった。

 あたしも出来れば、逃げ出してしまいたかった。

 でも、足が、吸いついたように、地面から離すことが出来なかった。

 なんだろうこの恐怖は。

 おじいちゃんから剣や武芸を一通り習ったおかげで、お城の騎士とまではいかなくてもそこそこ戦えると自分では思っていた。

 実際、友達に乱暴を働こうとした男や、束になってかかってきた不良たちを難なく撃退できたし。

 街で私にかなう男はいないと思っていた。

 でもそれはあくまで人間に対してのこと。

 獣やドラゴンと対峙したことなんてない。

 どんな力を持っているか分からない未知の相手を前に、あたしは本気で恐怖した。


 王子は――あたしに勇気があると言った。

 でも、こうして、龍に対面してみたあたしには、勇気なんてなかった。ありはしなかった。

 立っているだけがやっとなのに、逃げだす勇気さえもないのに。

 あたしは、哀しくなった。

 あたしに勇気なんてありはしない。

 あると思っていたけれど、いざ蓋を開けてみると、あたしはどうしようもなく意気地のない女で―――くやしかった。

 そして悲しい。自分が情けない。

 だって、龍を前にして、向かっていくだけの勇気もないだなんて。

 手も足も出ないなんて―――。

 あたしは震える手で顔を覆った。

 怖い。怖い。どうしよう。

 なのに、逃げることもできない。

 おばあちゃん。おばあちゃん。

 御免。せっかくここまで、来たのに。

 治して、あげたかったのに―――。


「シア?」

 地鳴りのする中、不意に声が聞こえた。

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