第一章 二話 馬車内での
─午前5時。
ちょん。ちょん。
「んー」
指の感触がする。
硬い机にうつ伏せの俺。
あぁ。
結局寝る場所がないからギルドで一夜を過ごしたんだった。
いててて。体中が痛い。机にうつ伏せになって寝ていたからだ。
ていうか、今の誰だ。
「あ、起きた。おはよう。あなたは今日参加するメンバーで合っている?」
午前5時なのにも関わらず明るい声。
だけど、決して騒がしくないくらい透明な声。
長年アニメを見てきた俺の勘が言っている。
きっと声の主はとてつもなく綺麗だろう。
「ビンゴだ」
机からゆっくりと顔を上げた子音はそう呟いた。
長い赤い髪。そして透き通るかのような水色の目、碧眼。
顔は美人だが、どこか幼さが混在している。
そしてユリの花飾りをつけている。
言うまでもなく、とても綺麗な人だ。
やっぱ声が良い人って、かわいいよなー。
はっ。見とれている場合ではない。
「あ。いや。えー、おはようございます。本日参加させて頂く結希子音です。よろしくお願いします」
「うん。よろしく。私はルナ・エルリル。これでメンバーは全員揃ったわね」
ルナ・エルリルと名乗った彼女は。かわいらしい笑顔でそう答える。
今回集まったメンバーは、俺含めて男女2人ずつ。
そして、見た感じこのルナって人が経験者の方か。
「よし!全員揃ったので早速馬車に乗りましょう。ギルドの前に馬車を用意してあるから皆乗ってね。自己紹介と今回の任務の詳細説明は移動中にやるから」
さあ。寝起き早々異世界初イベント。気合を入れて頑張るか。
***
─馬車内
「さて、任務の説明の前に自己紹介からしよっか。私はルナ・エルリル。今回みんなの引率を任されました。みんなよろしくね」
「おお」
この歓声も頷ける。この人は冒険者の中では結構有名らしい。ルナ・エルリルさんを含む二人の少ないパーティーメンバーなのにも関わらず、パーティーとしてかなりの強さを誇るらしい。
と、さっき馬車に乗る途中、他の初心冒険者から聞かせてもらった。
「じゃー次は私から。私は─」
***
この女性がナヤで、隣に座っている男の人がハルトか。そして今日の引率の女性がルナ・エルリルさん。意外と全員覚えやすい名前で助かったな。長かったり、複雑な名前だったりすると、すぐ人の名前忘れるからよかった。
「よし。一通り自己紹介を終えたわけだし、任務の説明をするね。今回の任務は商人さんの護衛。道中に魔物がいたら討伐するのと、商人さんが洞窟内の魔鉱石を採るからそこでの護衛。これが今回の任務内容よ」
「とは言っても、あなた達はまだ初心冒険者。右も左も分からない状態だと思うから、私が全力でサポートするからね!」
「あのー。俺たち武器も何もないんだが」
ハルトさんの言う通りだ。俺たちはほぼ手ぶらで来た。何なら俺はガチの手ぶらだ。
武器もなければ、能力も使えない。こんな状態で護衛は無理がある。
「いけない。忘れてた。ごめんね。剣とかの武器は後ろの荷物の中にあるの。みんな好きな武器を試しながら使ってみてね。あとその武器はギルドからの貸し出しものなので、大事に使ってください」
なるほど。武器の貸し借りか。無難に剣でも使ってみようかな。
「説明は以上です。護衛対象の商人は後ろの馬車だから、一応警戒心は解かないように」
まずい。説明が終わってしまった。これから地獄の雑談タイムだ。沈黙が一番きつい。誰か何か話してくれ。
「みんなはどうして冒険者になったの?」
沈黙状態が起きる間もなく、ルナさんによって新たな会話が切り出される。
「俺は家庭が貧しくて、だから冒険者になってお金稼いで、妹に不自由なく暮らして欲しいんだ。俺ってバカだからよ。だけど、力だけはあるから働き口が冒険者しかなかったって訳」
「とっても立派ね。妹さんもいいお兄さんがいて、羨ましいわ」
ハルトさんの冒険者になった動機に対して、ルナさんは感心する。
「私はえーと、ルナさんに憧れていて。それで」
「ふふ。ありがとう」
一瞬驚いた顔をしたルナさんは、笑顔でそう答える。
「あなたは?」
やべ。なにも考えてなかった。なんて言おう。異世界に来たらまず冒険者だろ!って、答えたら意味わかんないだろうし。
「えーと。特にないですけど、強いて言うならお金ですかね。今お金にとても困っているので」
「そう。お金に困っているのね。今後何か困っていることがあれば、私に言って頂戴。絶対力になるから」
そう言い、ルナさんは微笑んだ。
絶対。絶対か。頼もしい人なんだな。頼もしくて、美人で、コミュ力抜群。場を明るくする人間性。俺とは正反対の人間だ。
その後も馬車での会話は続き、何事もなく洞窟と到着した。
***
「人との会話が楽しいなんているぶりだろう」
商人との挨拶を終えた子音は、自分に使いやすそうな武器を選びながら呟く。
子音にとって、人との会話は至極つまらないことだ。相手のことを考えて慎重に言葉を選ぶ。
そんなことを考えている内に、場に沈黙が訪れ、人が離れていくのだ。
だが、1時間弱ルナさんと一緒にいて、言葉を交えて、本当に会話が楽しかった。
会話しているときの彼女の表情が、言葉がとても魅力的に明るく感じた。
「やっぱ冒険者といったら剣だよな」
長い剣は重たくて持てないもんな。このくらいの短剣が丁度いい。
「冒険者さん方、そろそろ洞窟にはいってもええかい?」
準備がおわったのだろうか今回護衛対象の4人の商人が居ても立っても居られない様子で待っている。
「この洞窟の中には、魔鉱石がたくさんあって街からかなりの距離はあるけど、商人さんから人気の場所なの。ただ中には魔物もいるわ。ここからが本番よ。くれぐれも気を抜かず頑張りましょ」
ルナさんの呼びかけと共に洞窟の深い暗闇へと身を投じてゆく。