第三話【殺したい女】
「罪人はいるかー!居たら元気に返事をしろ!!」
ある日突然、石階段を踏みしめる音と共に上階から大きな声が聞こえて来た。
【愛するヒト・モノ・コト】以外にあまり関心がない俺はその声をただボケーっと聞いていたのだが……謎のお面男は違ったらしい。
「あちゃ!こりゃいけない!ヤバい奴が来たぞ!」
床に寝そべりのんびり絵を描いていた男は、声を聞いた途端に慌てて立ち上がった。俺の背後へと移動し、身を隠す様に小さく縮こまらせている。
その姿を見て俺は内心驚いた。
だっていつも飄々とした態度の男がこんなにも焦っているんだからね。一体どんな奴が来たのかと、俺は音がする方向を見た。
そこに居たのは一人の若い女性。茶髪の長いツインテールをドリルのような縦ロールに仕上げた、いわゆる異世界作品での悪役令嬢のような髪型に服装は膝下丈の黒いドレス。そして……驚く事に彼女もお面をつけていた。
白い光沢のあるお面には緑の茨蔦がびっしりと描かれている。謎のお面男とは少し違って、彼女のお面は鼻から下の口元部分が露わになっている。
(久しぶりに人の顔を見たな)
今更ながら気づいた事実に俺は少し驚いた。
だって思い返せば不思議なことに、俺がこの世界に来てから人の素顔を見ていない。
最初に見たのは鎧兜でしょ?召喚場所にはベールを被った人達。そんで地下牢に来たら今度は……お面。これどう考えてもおかしいだろう。え?考え過ぎ?いやいや、やっぱ異常でしょ!
拡がっていく変な違和感。なんで皆顔を隠す?テレビ関東で夕方四時から放映していた【僕は推理ができない】の主人公ばりに俺は謎解きが苦手だって言うのに!んもう!!あんなでたらめな設定で、まさかの「探偵もの」枠としての確立!第二期まで制作された上に劇場版まで出ちゃったんだからね。尋常じゃない人気が出たキャラの勝利ということか……。
一人考え込む俺をよそにツインテール女子は闊歩しながら鉄格子の前にやってきて大きな声で牢屋内の人数を確認し始めた。
「今週の罪人をカウントするっ!いーち!にー……って、またお前かーー!!!!」
「え?!俺?ま、また?」
いきなり指をさされてツインテール女子に怒鳴られる俺!って、人生で牢屋に入るのも初めてだし、アナタに会ったのも初めてですけど?!
混乱する俺をよそに、ツインテール女子は見張り番に解錠させると早歩きで俺の元へやってきた。ほっそりとした白い手が伸びて俺の首元……を通り過ぎ……、
「いでででで!痛い!痛いですムンムン様〜!」
「隠れているつもりか面屋ァア!お前のその独特な面が隠し切れずにはみ出ておるわ!もうここには来るなと再三言っておるだろうがあぁーー!!」
……俺ではなく、俺の後ろに隠れていた謎のお面男の頭をムンズと掴んで怒鳴り始めたではないか!
ツインテール女子の猛攻に観念したのか、謎のお面男は俺の背後からぴょこんと出て来ると女に対して恭しく一礼をした。それに続くのは謎のお面男お得意の弾丸トークである。
「いやぁ〜この間ぶりでございますね、ムンムン様。いつお会いしても本当にお美しくていらっしゃる。あっしもね、牢屋に来たい訳じゃないんですよ?ですが街から人は減る一方。そんなもんでお面を買う人はとんとおりません。稼ぎが乏しくその日の食い扶持すらままない状況でして……。すると思い出すのはこの地下牢!ここの美味しいおまんまが無性に食いたくなるってもんですよ……えへへ」
「え、謎のお面男ってお面を作ってる職人さんなの?!」
「へぇ、そうですよぅ。あれ?ダンナに言ってませんでしたっけ?あっしはこういったお面を作って…、って謎のお面男??」
チーン。俺の推理タイムはあっと言う間に終了した。
謎のお面男……じゃなくて!面屋の男が言うには、この世界でお面は生活必需品なのだとか。全国民必ず一つは持っている物らしい。……【不死の面】について詳しく知っていたのも同業の話だから、かな?
(装いや挙動から、曲者ワケありキャラなのかな?とか考えていたけれども……。お面を作っては販売している、どこにでもいる一般市民だったのかぁ……)
「全く!仕事が無いと嘆くなら他の仕事を探せと言っておるだろうに!無いものに固執をするな!男も女も兵士ならいつでも募集しているぞ!その方が国への貢献も……って、何だお前。新入りか?」
ツインテール女子の視線が俺に移る。ここでようやく面屋以外の存在に気がついたらしい。目の前にずっと居たんだけどもね!
「おまえ……その面は………っ!」
「まぁこのお面見たらそうなるよねぇ。あ~あ~ダンナ、目ぇつけられちゃったよぉ?」
ツインテール女子のお面で唯一隠れていない薄い唇が弧を描く。彼女は気味の悪い笑みを浮かべながら、鼻先が当たってしまいそうな距離まで俺に近づいてきた。因みに言っておくと、俺は三次元の女性にはもう興味が無いため動揺は皆無である!
「あらあらおいおい……我が一族の敵である【不死の面】じゃあないか!殺せなくなるなんてふざけた伝説!こんな時にお目にかかれるなんて……嬉しくって今直ぐブチ殺してやりたいわぁあ〜!」
俺のことを全身上から下まで舐める様に見る仕草。口を大きく開けながら無言で笑い、そのまま舌を口内全体に擦り付けて笑っている。興味は無いが、これは怖い、怖すぎる。こんな怖い仕草をする女性は日本でも相手にした事は無い。
曰く付きのヤバイお面だと言われても最初はピンとこなかった俺だけど……ここまで食い気味に興味を持たれると納得してしまいそうだ。
内心ビクビクしながら始終無言の俺と距離を前のめりにグイグイ詰めてくるツインテール女子。すると、そんな状況を助けるかのように面屋の男が俺達二人の間に割って入って来た。
「なんのつもりだ。退け、面屋」
「いや〜この面屋、ムンムン様にお伝えしたい事が一つございまして。この男ですがね、しょうもない理由で収容されたそうですよ?あっしもね、聞いたときはそれは驚きましたもの。別に人様に迷惑かけて地下牢に来たって訳じゃねぇんですから。最初は色々勘繰りましたよ。何か裏があるってね。でも一緒に過ごす内にその考えはどこかに消えちまいました。こいつはただの絵が下手な太っちょなだけですからね。だからそこまで張り切って殺す価値は……ええ、あまり無い男かと思いますけども……。もし殺すのであれば酒場をうろついている骸の面の男が良いですよ。実はあいつは元脱走兵でして……」
ぺらぺらぺらぺらぺらぺら。
お喋りな面屋の口は止まらない。おそらく誰かが止めなければ延々に喋りつづけるだろう。事の成行きに興味が無い俺は黙って目の前の光景を見ていたのだが、ここで再びツインテール女子がブチ切れた。
「ッチィ〜〜ッ!黙っとけぇええええーーーー面屋ァアアア!!」
「うぐっ!」
ツインテール女子は不快感マックスといった感じの大きな舌打ちをした後、面屋の腹部を容赦なく蹴り上げた!床に蹲って痛みにもがく面屋。その様子をツインテール女子は全く気にする様子もなく冷たい声色で言葉を放つ。
「おい、私に指図するなんて何様のつもりだ。不敬罪でお前も殺してやろうかァ!」
「うぅ……すみません、すみません。どうかご勘弁を」
「しょうもない収監理由だから殺す価値が無い、だと?馬鹿め!罪に大なり小なりは関係無い!と言うかどうでも良い!私は処刑出来ればなんだって良いんだからな!おいっ【不死の面】の男!!」
「…………え?あ、俺?」
ツインテール女子が怒鳴り散らしながら視線を再び俺の方へと向けてくる。
「私の名はムンムン!この国で一番の死刑執行人であるっ!」
「じ、自己紹介をどうも……」
「そんな私がお前を殺すと決めたんだ!だからお前は絶対に死ぬ!どんな手を使ってでも殺してやる!!フフッ、早ければ今日がお前の命日となるやもしれ……」
「ええええええっ!その話、本当ですか?!俺っ、死ぬのはいつでも大丈夫なんで!是非とも宜しくお願いしまあぁあすっっ!!」
「は?」
なんという女神の申し出……!!俺は彼女の宣言に狂喜乱舞し、大声で叫んでしまった!
だってこの【不死の面】を着けているせいで、死にたいのに死ねない俺だよ?!彼女の申し出は願ったり叶ったりなのであるる!
あれ?ツインテール女子ムンムンの口が大きく開いている。まるで何かに驚いているみたいだけど、殺したい人と死にたい人の需要と供給が合った……って話だよね?うん、何もおかしい所は無いはずだ。
床で蹲ったままの面屋の男から「ダンナのその死にたがりはブレませんねぇ……」と溜息混じりな呟きが聞こえてきたので、俺は面屋に向けて応えるようにサムズアップをする。そうだぞ!忘れるなかれ、俺は死にたいのだエッヘン!
「【不死の面】の男!お前のその気持ち、しかと受け取ったぞ!」
「ぶぉっ!!」
突然がっぷり前からの衝撃!何かと思ったらムンムンが感極まったといった感じで叫びながら俺に抱きついて来たのである!だが俺は三次元の女にはもう興味がないために以下略!!
「安心しろ、私は必ず地下牢へ戻ってくる!絶対にお前を殺してやるからな!久しぶりに忙しくなるぞ〜。ひとまず刑を執行出来るように書類の偽造でもしに行くか!忙しくなるぞぉ〜〜!!」
ムンムンは大きな声で不正を宣言すると、嵐のように牢屋から去っていった。恐らく地下牢に滞在した時間は十分も無かっただろう。
今度は俺が呆気にとられる番だったが、いつの間にか床から起き上がっていた面屋から「あれ、いつものムンムン様ですから」と、彼女が至って通常運転だった事を知らされる。そうか、いつも通りなら……良い……のか?
「それにしても大変な御仁に目を付けられちゃいましたね、ダンナぁ。ありゃあ明日から毎日来ますぜ」
「別に良いんじゃない?さっきも言ったけど、この【不死の面】のせいで自殺できないのなら代わりに殺してくれるのってありがたいからね」
そうだよ、あのツインテール女子は【死にたいのに死ねない俺】にとって救世主みたいな存在じゃないか。
「最初は怖いと思ったけれど、彼女は良い人だな」
「…………ダンナは本当におかしな人ですねぇ〜」
。
。
。
面屋の読み通り、ムンムンは毎日地下牢へとやって来るようになった。
だが最初の威勢はどこへやら。俺を殺すと宣言した割には全く手を出してくる気配が無い。地下牢に来てはただキャンキャン喚いて帰っていくを繰り返す彼女。それはまるで何か我慢を強いられている肉食獣の様だった。……う〜ん、期待をしていたんだけどなぁ。
そしてもう一つ変わった事、いや変わらなかった事がある。面屋の男の勾留期間が終了したのだ……が、男は何故か牢屋から出ていかなかったのだ。
俺と居るとインスピレーションが湧くとかナントカで牢屋に留まり次に作るお面のデザインをせっせと考えているらしい。
俺はと言うと、残念ながら未だ生きている。
栄養を一切接種しない身体は……日本に居た時より少し痩せかな?思わず口に出して呟いたら、面屋の男に「少しじゃねぇってダンナぁ。だいぶ変わりましたよぉ」と呆れられてしまった。
死ねない日々。生きている日々。総じて変わらない日々。そんな今ある【変わらない日々】に、またしても新しい嵐がやってきた。
女性の力強い声が地下牢全体に響き渡ったんだ。
「救世主様は居られるか!!」
ってね
後で訂正して再掲するかもしれません……。
次回更新日は3/16です。