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第一話【盆と正月と地獄が来た日】

初投稿です。一話目はかなり長めの文字数となっておりますのでご注意下さい。



心の中に鬼が居る


その鬼は"わたし"の顔をしていて



「お前は愛されない人間だ」と

しつこく"わたし"に言ってくる。


そんな鬼に対して"わたし"は毎回こう言い返すの



「知っている」ってね。



1つ、求めてはいけない。

(じぶんの ものに なることは なかった!)


2つ、期待をしてはいけない。

(しても するだけ そんだった!)


3つ、自分が出来ることだけをすれば良い。

(がんばっても いみ なんかない!)


だから"わたし"は……、


俺は…………、





「本日発売の限定グッズセットって残ってます?え?ある?本当?嘘でしょ。最後の1個?……………買いまずっ!下ざぁぁあーーーーーーいッッ!!」


人様に迷惑をかけず、見返りを求めない。全てが俺の一方通行で完結する……そんな【愛】を貫き生きていくと決めたんだ。





二☓☓☓年八月☓日、某所。


暴力的な日差しが降り注ぐ夏真っ盛り。俺は自らの巨体と大量の荷物を揺らしながら人波を急ぎ歩いていた。


くそ暑い状況下でも、すれ違う人々の顔は幸せそうで心からの笑みが浮かんでいる。何故ならその手には戦利品と呼ばれる宝がしっかりと抱えられているからだ。そう……本日はオタクが毎年心待ちにしているビッグイベントの日!いわゆる夏の祭典が開催されている日なのであーる!


時刻は正午。本来ならまだまだイベントを楽しむ時間帯。だが俺は会場から飛び出してある人達の元へと向かっていた。


約束の時間に少し遅れてしまっている。有り得ない失態。もしかしたら、もう居ないかもしれない。帰ってしまったかもしれない。そんな不安を抱えながら待ち合わせ場所を視界に捉える。


(居た!居てくれた!)


「本田殿、こちら!こちらですぞ!!」

「そんなに焦らないで。私達も今来ましたからね」


会場から少し離れた木陰に立つ二人の男性。武士のような話し方をするスラリとした体躯のイケメン若人【えるふ君】と、物腰柔らかく見るからに癒やしオーラを出している短髪眼鏡の男性【敬語さん】だ。


「ハァっ!ハァっ!おっ、おまたぜじまじたぁあああお久しぶりでずぅうううーーーー!!!」


荒い呼吸に汗だくで汚く興奮する俺。そんな汚物に対して優しく微笑み、俺の息が整うまで待ちますよと声をかけてくれる大天使・彼等。


俺達三人がどんな関係なのかと言うと、数年前にネットで知り合ったオタク仲間である。


知り合って間もない頃に何故か一度だけオフ会で会ったのだが、普段はSNSを主として電子の世界でのみ交流をさせてもらっている間柄だ。


だから……何というか、面と向かってはほぼ初対面と言っても過言ではないわけで……。


(こんな俺にも優しく接してくれる奇跡の様な人達とのオンでの対面!緊張しすぎて更に息が荒くなっちゃうよ!)


当初このイベントで二人と会う予定は無かった。だが俺が血眼になって買い物をしている最中に……突然通知(それ)は来たんだ。


えるふ君と敬語さんそれぞれから、


『『帰る前に会いませんか?』』


と、突然DMをが送られてきたのだ。……まぁ見た瞬間悲鳴をあげたよね。


そして気がつく己の状態。早朝から参戦していた俺の身なりはボロボロだった。


こんな状態で好きな人達に会う?……ありえない。嫌われたくないもの。俺は静かに天を仰ぎ、申し訳無さを感じながら素早く二人に返信をした。


『是非!!お会いしたいですっっつ!!』


答えは勿論「はい」一択、だっつーーのッ!!


臭いがなんだ!汚いがなんだ!!

汚物は近寄るなって言われたら、100メートル離れてやり取りしましょうって懇願するさ!好きな人達に会える機会を蹴るなんてのは俺の選択肢にないんだよっ!!


約束を取り付けた後の買い物は始終ソワソワしっぱなし浮かれっぱなし。一応会う前に汗ふきシートで身を清めてみたりもしたけども、待ち合わせ場所に全力疾走した時点でそれは無意味な行為だったと痛感した。むしろ悪手でしか無かった。シートのフローラルな香りに再び汗臭さが混ざり……放たれる薫りと言ったらもう……ものスンゴイことになっていたからね。


でもそんなしょっぱくて香ばしい俺の事を優しい二人は距離をとることなく迎え入れてくれたんだ。


「敬語さん!えるふ君〜っ!グスッ、お久しぶりでずぅ本田でずぅうう〜〜!!!!」

「本当にお久しぶりですね〜!【初参加!限定グッズ買えた〜!!うひ〜!!】……って呟きを本田さんしたなぁと思っていたら今回参加しているだなんて!!」

「そうでござるよ!参加する予定でしたら予め言ってくれないと困りますぞっ!こちらも危うく会えずに帰るところで御座った〜」

「きゅっ、きゅ、急遽、行けるごとになっででずねぇ〜っ!今回っ、この、憧れのイベンド、初参加なんでずよっ!初めでのイベントでっ、限定グッズゲットっ!最後に御二人と会えるだなんてフルコースっ!!あぁあああ帰らなくてヨガったですぅぁあああぁあ〜!!」


男三人でキャッキャあははウフフ。俺はいつもだったら周囲への配慮をしてこんな往来ではしゃぐ事は先ずしない。


(でもぉ!今回は来れるはずがなかったこのイベントに訳あって一般参加する事が出来たの!しかも初参加なのよ!それだけでもテンションが上がるのに、限定グッズの入手や敬愛してやまない人達との再会ときたら、もう、ねぇ?!)


周りの人達に申し訳なさを感じつつも、今日だけは許して欲しいと内心許しを請うてしまう。だって今日は……人生の中で一番幸せな日だ。



「……………………それで、呟いていた【例のブツ】は?」



一通りキャッキャした後に鋭く光る敬語さんの眼鏡。普段は柔らかいイメージを持つ彼と相反したクールで真剣な表情にドキッとする。敬語さん、なんてカッコイイんだ!一瞬どころか数分見惚れてしまったよ!!


……俺は頷き、肩にかかっているソレを二人の前に差し出した。


「じゃじゃーん!!こ!れ!でーすっ!!今回のイベント限定百個のグッズセットォオ〜〜!!!!」

「「うおわぁああ〜〜!!レアぁ〜〜〜〜っ!!」」

「ダメ元で並んだんですよ?でも…まさかの!」

「ズルもせず……本田さん、これ本当に凄い事ですからね?!」

「へへへへ。ビギナーズ・ラックですよ……って何を仰いますやら敬語さん!俺だって敬語さんの呟き見ましたからね!?サークルチェック数が半端なく多かったのに、買いたいもの全部ゲットしたって!」

「おぉ!全てとはこれまた偉業なり!敬語さんはきっと現代の忍者でござるな」

「フフフ、そんなに褒められたら照れちゃうなぁ。えるふ君はどうだったの?」

「うむ、拙者は本日代行業務でござる。……いやしかし……ちぃと気になる文字書き先生を発見してしまいまして……爆買い。これから沢山応援させてもらう所存!」

「「推し増え〜〜〜〜!!超幸せ〜〜!!」」

「我らは立場違えどそれぞれが励み、楽しんだ。それ即ち完全勝利。実に天晴でござるなぁ!」


やんややんや。わいわわい。

俺達は弾丸トークを気の済むまで繰り広げた。そして今度はお互いの顔を見合って軽く頷き合い……、




「「「帰りますか」」」




即刻帰宅することにした。


各々が予め用意しておいたシンプルで大きめなバッグ。そこへ大事な戦利品を的確に移し収めて行く。


言葉を交わさずともシンクロする我々の行動。黙々と荷造りを終えた後はこれまた速やかに駅の方向へと足を向けた。三人とも使用する路線が同じだったようで、電車に乗るまではこのまま一緒にいれるとの事。え、超嬉しいんですけどぉおおぉお〜〜っ!!


こうしたイベント後はアフターと称して気の合う人達と食事をする事もあるそうだ。でも今回初参加の俺は、アフターよりも早く帰って戦利品を眺めたかった。敬語さんやえるふ君もどうやら同じ思いだったらしく駅に向かう足に迷いが無い。


好きな人達が自分と同じ事を考えているのって、何だか嬉しくて心がムズムズする。気持ちがマックス高まってしまった俺は、辛抱堪らず二人に対して思いの丈をぶち撒けてしまった。


「今日、会えた時間は少しでしたけど……本っ当に幸せ過ぎました。恋愛とかそういうカテゴリーじゃなくて、俺、御二人の事が大好きなんです。人として大好きなんです。いや、これは大好きなんて言葉じゃ足りないですね。愛です。愛。俺は、えるふ君と敬語さんを……心から……愛してるんだよなぁ……」


普通の人だったら、こんな発言は完全確実ドン引き案件だろう。気持ち悪いと嫌われて、もう会いたくないとブロックされること間違い無しだ。


……でもえるふ君と敬語さんは違う。


「始まったでござるな〜、本田さんの必殺技【愛の告白】」

「ふふふ。それ、今日は聞けないかと思っていましたよ。いやぁ〜いつも通りで何よりです」


そう……二人は俺の本気の愛の告白を普通に受け止めてくれるのだ。どうしてかって?それは俺が日々SNSでもメールでも、えるふ君と敬語さんの素敵な所や素晴らしい所をめちゃくちゃ褒めまくり好きだ好きだ大好きだ~って言ってるからなんだけどね!!


俺は【愛しているヒト・モノ・コト】にはいつだって全力投球したいんだ。だって愛は伝えなければ意味が無いんだもの。


逆を言うと、そうじゃないヒト・モノ・コトに関しては俺は全く興味関心が無い。俺の世界は愛しているか、いないかの二種類だけなんだ。


昔は好きでも無い事に労力を使っては一人モヤモヤと落ち込んでばかり居た。でもそれは無駄な事だってある時に気がついちゃったんだよね……。そんな事するくらいなら愛している人達に、物に全力を尽くしたほうが絶対に良いもの!


(でも行き過ぎてはいけない。迷惑にならない程度にしなくちゃね。だって過ぎた愛は害でしかないんだから)


そんなこんなで喋っていたらあっという間に駅に到着。さて、ここから先は絶対に大声で喋ってはいけません。駅を利用するのは夏のオタク戦士以外も居るからです。


カップル、夏休みの家族連れ、遠方からきた観光客。俺達みたいな趣味嗜好を得意としない人も沢山いる。棲み分けってとっても大事。自分の愛を見ず知らずの他人に強要するのは本当に良くないからね。


駅改札前の上り階段に到着した途端、人の流れがピタっと止まった。


前に居る人達の会話が聞こえてきたのだが、どうやら安全確保のために入場規制を行っているらしい。ここに居る大半の帰宅者は慣れたもんだと、駅員からの指示を待つ体制に入っている模様。俺達三人も前へ倣えで立ち止まって待機をすることにした。


そんな時に、えるふ君が突然「そういえば」と呟き思い出した様に小声で話しかけてきた。


「先のやり取りで少し引っかかっていたのでござるが……本田殿、今回よくぞ休みが取れましたなぁ。毎年代行を頼んだり通販を利用するほど忙しい身でありますのに」


ギクリ。


「確かに。えるふ君の言う通りですね。今季は仕事の受け持ちが増えたと以前SNSで呟いていたような……?」


ギクギクリ。


……疑問顔もイケメンのえるふ君と、素晴らしい記憶力の持ち主である敬語さん。二人は俺の事をじーっと凝視して問いの答えを待っている。


(……うーん、どうしよう)


えるふ君の言う通り、俺が今日こうやってイベントに参加できたのには理由がある。


(ワタクシゴトだし誰にも言わないつもりだったけれども……二人になら……言ってみよう、かな……?)


俺は意を決して二人に【理由】を説明する事にした。


「……えーっとですね。実は俺、会社辞めたんです」


「「えっ?」」


二人は驚くほど大きな声をあげた。


同時に周りの人達がこちらをジロリと見てきたので三人揃って軽く頭を下げて謝罪をする。そう、ここはお静かに推奨の待機列……って、えるふ君も敬語さんも凄い形相なんですけれどどどどどうしてだ?


「辞めたって……いつ?どうして?何があったんですか?」

「全部言うでござる。最初から最後まで全部でござるよ!」

「いやぁ〜たいして面白い話じゃナイノデスケレドモ……」

「「茶化さない!」」

「ヒィッ!!」


二人は何故こんなにも凄い形相で問い詰めてくるのだろう?不思議に思った俺だったが、直ぐに大事な事(こころあたり)を思い出した。


それは……俺が転職する際に、掲示板サイトで親身にアドバイスをくれたのがこの二人だった、って事だ。


「そ、そうですよね。勝手に辞めたらムカつきますよね。その節は本当にありがとうございました。見ず知らずな俺のくだらない転職相談にのって頂き……、」

「「くだらなくなんかない!!!!」」


一際大きな叫び声が響く。


周囲がざわつき、先程よりも多くの責める視線が俺達に突き刺さる。それでもえるふ君と敬語さんはピクリとも動かない。二人は周りを気にすることなく、俺の事をジッと見続けていた。





俺、本田哀はつい先日までアニメ業界で働いていた。


アニメーションに心を救われ、それに常に触れていたいと願うようになった俺。とは言ってもその時点での勤め先はアニメと全く関連がない職種だったし、学生の頃の授業でしか絵を描いた事も無いような人間だった。


それでも!何が何でも!アニメ業界で働きたい!


相談出来る人が一人も居なかった俺は、SNSでがむしゃらに転職相談をした。その時に出会ったのが敬語さんとえるふ君だ。二人からの的確なアドバイスに助けられ、中途採用枠で小さなアニメ制作会社に入社。望み通り憧れの業界へ飛び込めた訳である。それは二十五歳の時だった。


自分が好きな……愛しているモノ達が生み出される職場は天国だった。そして地獄だった。


ありとあらゆる不調が身体を蝕み、寝てるんだが起きているんだか分からない日々が終わりなく続いた。上手く笑えなくなって口元が歪み、泣いてるみたいに笑うようになった。


業務内容の過酷さも堪えたが、それよりも作品が不本意のまま形作られていく過程を見るのがとんでもなく辛かった。


俺はアニメーションというもの全般が好きだが、そこには勿論原作へのリスペクトも入っている。


……()()発生する【皆に愛され大事にされている作品】が違う方向に向かってしまう事態。


過酷な現場。

疲弊する人間。

仕方ない、分かっている。


丁寧に作りたいと思っていても、交錯する色んな思惑やしがらみ。人が関われば関わるほど、手をかければかけるほど壊れていくモノも沢山見てきた。そうじゃない現場の方が多かったけれど……だから良いってわけじゃない。


だってその他の【そうなってしまった作品】はどうなってしまうんだって話だ。


そういう事柄は、アニメーションに人生を救われた俺にとって特にキツかったんだ。アニメとなる原作もだけれど、アニメを作ってくれる沢山の人達も同時に俺の人生の恩人だったしね。どっちも、嫌いになんてなれない。なりたくなかった。


「お、お二人に転職相談させて貰った時に、俺が生きる為、俺が俺で居られる為にアニメの会社に入りたいって……説明させてもらいましたよね。えるふ君と敬語さんの二人だけが俺の気持ちを茶化さないで寄り添ってくれた。話の意味を芯まで理解しようとしてくれました。だからこの説明で分かると思うんですけれど……俺、生きるために辞めました。寄す処に絶望したくなくて。昔から理想と現実を混同してはいけないって分かっていたはずなのに、業界で働き始めてからまたそれをやってしまったんです。理想と現実は違う。全て綺麗に上手くいくなんて絶対に無いのに……」


そう、現場は【愛】だけでは務まらない。


どの職業でも言える事だが、仕事をしていたら踏ん張らなくてはいけない時や譲歩しなければならない時が沢山ある。


俺としては身体はどうなっても良かった。

でも心は駄目だった。


これ以上心が壊れたら俺は……俺は……。


「好きなモノを……愛するモノを守る為に辞めたんです」

「「……」」


二人からは一切反応がない。


「っ……それでっ!先日辞表を出しまして!だから暇というか、時間があるというか?前からの夢だったイベントに初参加してみようかな〜……とか…………アハ、ハハハハハ……」


そこからは下を向きながらどうでも良い話をペラペラと喋りまくった。二人の無言が怖いから。


きっと二人は呆れているんだ。俺の事、情けない奴だって軽蔑しているだろう。


相談して、巻き込んで。勝手に理想を押し付けながら業界に入って。理想と現実が違うから辞めます?普通に考えて三十代の男がやる事じゃない。あぁ、今回の件で遂に二人は俺に愛想を尽かしてしまうかもしれな……、


「……それで大丈夫なのですか?」

「え?」

「辞めてから、本田さんの心は楽になりましたか?今、辛くはありませんか?」


敬語さんが、ゆっくりと掠れた声で俺に問うてくる。俺は伏せていた顔を上げて二人の事を見た。


(どうして……?)


二人の目は真剣だった。

心から心配してくれているのが、卑屈な俺でも分かる程に。


愛しい人達はじっと俺の言葉を待ってくれている。目の奥が熱い。心が幸せな気持ちで溢れていく。


自分の大切な一部を頭ごなしに否定しないで見守ってくれる二人に対して、真摯に向き合いたい。俺は背筋を伸ばして二人の顔をきちんと見ながら問いに答える事にした。


「大丈夫です。俺にとってはファンと供給側……それが一番良い関わり合いだったんです。ですからもうあちらの世界には足を踏み入れません。考えが甘過ぎましたから。今後、同じ職業に就く事は……絶対にないです」


一瞬の沈黙の後……、


「……本田殿が幸せなら、良いのでござる」


えるふ君がポツリと呟いた。


「うん、そうだね。えるふ君の言うとおりだ……。君が幸せならそれで良いよ。……君が幸せなら、僕らはなんだって良いんだから」


敬語さんも微笑みながら優しい言葉をかけてくれる。


二人の気持ちに胸がいっぱいになってしまった俺はまたしても俯いてしまった。顔をあげてられない。だって俺、今すっごい気持ち悪い顔をしていると思うんだ。


俺の容姿は整っていない。吊り上がった眉毛に細くて小さな目。低い鼻に尖った唇。


何か良くないことを企んでいそうな顔だと言われ、小学生時代のアダ名は【悪人】だったし中学生時代は【犯人】だった。そんな悪人顔の男がモジモジしながら赤面って一種のホラーだ。しかも太って息も荒いときたら尚更顔面見せられない。


軽いパニック状態に陥った俺は何でもいいからと再び弾丸トークを一人で始めてしまう。


「えっと……そう、色々ありましたけれど、でもでも基本的に仕事は好きでした!特にね、回収に行っている時間が大好きで。俺は絵が描けないから、描ける人を本当に尊敬しているんです。回収鞄に皆さんの原稿がどんどん収まっていくのが好きで。それは技術と努力と時間の結晶です。尊いんです。俺にとっては紙に描かれた細かな線一本も尊敬できて、その、なんていうか、とにかくこの世の物と思えなくて。原稿が詰まった回収鞄がまるで神様みたいな錯覚に陥ったりもしました。本当に尊敬しているんです、皆さんを。だから仕事を辞めたって一人のファンとして作品を応援していきたいですし、アニメ制作に関わっている全ての人を……これからも、尊敬していきたい、です!」


聞かれてもいないことをベラベラ勝手に喋りまくった俺。謎の決意表明を叫んだと同時に駅に入る為の待機列が動いた。列は上り階段をゆっくり、ゆっくりと進んでいく。


「…………ということは、本日の本田さんは……無職」

「へ?」


敬語さんがニヤリと笑って俺を見る。


一瞬、間が空いてしまったがその言葉が敬語さんなりの愛ある茶化しなのだと気がつく。この話はこれでオシマイ!いつもの三人に戻りましょう……ということなのだろう。


…………なんだろう、グッと来た。


俺は下手くそな笑み浮かべてから流れる涙を乱暴に拭いた。


「……ふふふ、そうなんですよ!現在は無職で無収入、そして絶賛就活中です!早く次見つけないとっ!」


俺が元気よくそう返せば、えるふ君もホッとした表情で話にのってきた。


「ふふ。そうてござったか本田殿。しかしその買い物量は無職の者がする量ではござらん。石油王がする量でござる!周りから石油王だと思われているかもしれないでござるよ!」

「いやいやいや、えるふ君。俺はこういう日の為に働いていましたからね。石油王じゃなくても推しに注ぐお金はあるんですよ。今日使わずしていつ使うのかと!あとマジレス石油王なら電車で帰りませんよね絶対ね」


いまだ牛歩な歩みで登る激混みの駅の階段。隣に居る女性が横目でジロリと睨んできた。興奮から思わず大きくなってしまった話し声に対してだろう。


慌てて謝罪の会釈をしたがそれは受け取ってもらえなかった。何故なら女性は、俺のことなんか視界から外して俺越し後ろのえるふ君に見惚れていたからだ。って、あれ?えるふ君の鞄からはみ出してしまっている戦利品を見た途端、顔色を変えて俺達の横から後ろへとフェードアウトしていったけども。あれあれどうしてあれあれあれ?


「えるふ君って面白いよね。明らかに現代のイケメンで高身長なのに、喋り方が古風で歴史オタクなんだから。あ、褒め言葉だよ?」


一部始終を見ていた敬語さんがクツクツと小さく笑いながら言う。


「そうですよね、敬語さん!どちらにせよ素敵ですよね。きっとそのギャップにも世の女性は惚れちゃうんですよね〜」

「いやいやいや、さっきの見たでしょ本田さん。ゴホンッ…………冷静に考えて逆しかないでござる……」

「マジレスしちゃったね、えるふ君(笑)あ、本田さん。もう一つ面白い事を教えてあげるよ。えるふ君はね、顔がハイスペックすぎて一部界隈からは転生者ってアダ名で呼ばれているそうですよプププ。元はエルフで人間に化けているとかなんとか……ブフッ!」

「転っww生ぇww者ぁwww」

「うむ。異世界ジャンルも嗜む我輩にとっては名誉ある異名でござるなww」

「「ござるエルフwwwwww」」


大きな声は出せなかったけれど、三人で腹を抱えて馬鹿みたいに笑ってしまった。途中、後ろから軽く背中を押されて前を見る。ゆっくり進んでいた列も、気がつけばあと少しで階段を登り切ろうとしていた。幸せな時間もあと少し。


「異世界といえば。今季のアニメもまた転生ものが多く出ていますよね。……一人のオタクとして、本田さんはどう見ますか?」

「んー……異世界ものは飽和状態と言われてますけど、市場としてはまだまだ需要ありますよね。一応アニメ化する作品は毎回チェックしていますけど……俺自身その【異世界ジャンル】には少し思うところがありまして……」

「思うところでござるか?」

「はい。異世界転生や召喚って、ある意味オタクの夢と言われていますけど、俺としては…………」



オ モ シ ロ イ



「え?」



セ ン ノ



「本田さんどうかしましたか?」



イ ッ ポ ン  



「いや、何か今聞こえた様な……」



テ ン ノ ヒ ト ツ マ デ 



「御二人は聞こえませんか?なんかさっきから楽しそうな、」



オ ナ ジ ヨ ウ ニ ア イ シ テ ア ゲ テ


         

次の瞬間、襟元を物凄い力で引っ張られた。


ん?先程俺達を見て嫌そうに後ろに下って行った女性と目が合ったぞ。零れ落ちそうな程に目を見開いていて、その表情は恐怖に染まっている。どうしたの?なんでそんな顔をしているの?


ああ、そうか。


俺、いま階段から落ちている途中なのか。




ドンッッッ!!!!!!!!








「きゃあああああああああああああああ!!!!」


甲高い女性の悲鳴。それを皮切りに沢山の悲鳴と叫び声が場に広がっていく。


沢山の目が俺を見下ろしている気がするのだが、それは感覚的なもので今は眼球一つ思うように動かせない。


(これ、俺、死ぬやつだな)



遠のく意識の中で、えるふ君と敬語さん二人の声を聞いた気がした。目から涙がボロボロこぼれ落ちる。怖いからじゃない。嬉しいからだ。死ぬ前に聞けたのが二人の声で本当に良かった。


狭まる視界の端で今日買った大事なグッズが地面に散乱しているのが見える。


「さい、ご、限定……神絵師イラスト……接種……出来、て……良かっ…………」



その後のことは、俺は何も知らない。



■■

■■■

■■■■










〈お前死ぬのか?〉









真っ暗なところに鬼がいる。

俺の顔をした鬼。

俺の中の弱い心。



「……分からない。俺は死ぬのか?」




〈死にたくない、のか?〉




「……そう、なのかもしれない。だって心残りがある」




〈心残り?〉




「【愛】って何かやっと分かった所だったんだ。俺達の中にもあったんだよ!驚くほど沢山の【愛】が!」




〈……〉




「俺はもっと愛を捧げたい、伝えたい。まだまだ足りない全然足りない。俺の中にはもっと沢山あるんだからもっともっともっともっともっともっともっともっともっと」



〈一方通行。しかも終わりのない愛か。お前って本当に虚しい奴〉



「黙れ!虚しくなんかないさ!」



〈虚しいさ。少なくとも、俺は虚しいと思うぜ〉



ガチャガチャガチャ



「なぁ、お前は俺のはずなのに、どうして俺を否定する?」



ガチャガガチャガチャガチャガチャ



〈逆に何故否定しちゃいけない?俺はお前の一部だと分か……てい……のなら……、〉



ガチャガチャガチャガチャガチャ


〈お前が……げ……る、〉



ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ


ガチャ……


ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ



「ガチャガチャ何なの!もぅ、うるっさぁあぁあああああーーーーーーーーーーーーーーーい!!」


怒声と共に目を見開く。


「あれ?俺、階段から落ちて………………………って、どこよ……此処」


意識を取り戻した俺が最初に目にしたのは……全身鎧の人達が俺を囲むようにして見下ろしている光景だった。


「……………………………………こすぷれ広場?」


……自分でも驚くほど間抜けな声が出た。


いや、だっておかしい。最後の記憶、砕けた身体。アレは明らかに病院直行案件の筈だ。つまり此処は病院の可能性が高いはずなのだが……何故に鎧?


(こ、コスプレイヤーさん達が助けてくれて病院まで連れてきてくれたとか?はたまた俺はもう既に死んでいて、ちょっと変わった死後の世界に来たのかもってその割には凄く身体は生きてる感が……)


「召喚成功!対象、意識あります!衛生魔兵は対象の損傷確認を!召喚術者は代理破損部位の確認と治療を急いで!」


えええええええいせいまへい って なによ?

そんしょう って なななななな。

しかも さいしょに しょうかん って いったきがするんだけどぉあががががががー。


脳内では非常にスローリーなボイスが流れているが、内心めちゃくちゃ焦っている。


鎧に……召喚……?

これって、もしかしなくとも、


「異世界」


でもなんだこの違和感は?

仮にココが異世界確定だとして。なんか俺の知っている異世界導入とは一味違う気がするぞ?


壁際に居る鎧兵達は怯える様にガチャガチャと動き回るだけだし、その他の人達もドタバタと処置だなんだ叫んで慌ただしくしているんだよ。肝心の「召喚された俺」は床に仰向けで放置されたままなんですけれども……扱われ方が解せぬ。


そんな絶賛放置プレイをされている最中、金色の鎧を着けた奴が急に俺の顔を覗き込んできた。


「フンっ!お前っ、名誉に思うが良い!!」

「あっ!ゴニサウス様、説明は後でミライア様がしますゆえ……!」


周囲が慌ててこいつの言動を止めようとするも、この金ピカ鎧野郎は止まらない。


他の兵士と比べて鎧に傷が一つもついていないから……さてはソレ新品下ろしたてだな?おそらく普段は現場から離れてふんぞり返っているタイプ…………って、コイツ今なんて言った?


「名……誉、だと?」

「そうだ。お前は我々の駒になるべく選ばれてこの世界に来たのだからな。どうだ?ん?幸せであろう!」

「しあ、わせ?俺の??」


しあわせ?

えっと……しあわせって……なんだっけ?

そうだよ、おれのしあわせはアレだよ。

……あれ?

あれあれ?

あれあれあれあれあれあれあれあれあれ?


「おい、外から来た馬鹿面。耳がないのか?見るからに下賤の者の様だが……まぁ良いだろう。お前はたった今から我々の為に身を粉にして……」


俺はのっそりと起き上がり、喋り続けていた金ピカ新品鎧の野郎の肩をガッツリと掴んだ。


「なっ、何をする!!無礼者が!我輩はこの国の上級貴族……!」

「無い……でしょうが……」

「はぁっ?」

「名誉とかね、ほんっっっっっと……心底クソ程にどうでも良いの……。ねぇ、ココさ、異世界なんでしょ?ちょっと動揺しちゃったからさ……絶望するのに遅れちゃったよ……」

「ヒィッ!!」


俺ご自慢の悪人面を見て、金ピカ新品鎧野郎が悲鳴を上げる。


「なに?俺の幸せをお前は知っているワケ?異世界(ここ)にはさ、俺の大好きなアニメ作品も、推してる配給会社も、神絵師もテレビもネット環境もイベントもコラボカフェもあれもこれもそれもどれも全部無いよね?!大っ好きな友人達も居ないよねぇ?そうですよねそうなんですよねぇ?!?答えろよぉおおおおおおお〜〜〜〜!!!!!!」

「アヒィィィ〜~~〜!!なっ、無いっ!ていうか、そんなもの、知らんんんんんんんんんっ!!!!」







チーン。





終わった。



膝を付き、天を仰ぐ。


「ッ……ここが地獄だったかっ……!!!!」


ねぇ、誰か。

異世界好きの、誰か。

お願いだから今の俺と立場を変わってはくれまいか。


イベント会場からの帰宅時に、えるふ君に言えなかった言葉の続きがぐるぐると頭の中でリフレインする。


それは……、


【俺としては、アニメが見れない世界に行くだなんて考えただけでゾッとします。それって、俺にとっては……死そのものだから】


つまりアレだアレなんだよ。


実は俺、異世界ジャンルは地雷なんだよぉおお!!


「ぢぐじょぉおおおーーーー!!いつ!俺が!異世界に飛ばしてくれなんて頼んだよぉおぉ〜〜!!帰せぇーーーー!!日本に帰してぐれぇええええええええ〜〜〜〜〜〜!!」


再び床に寝転んで、己の巨体をフルに活かしながらドッタンバッタン暴れまくる。


俺の鬼気迫るヤダヤダ攻撃に、周囲の奴等は怯えるか戸惑うだけしかできない模様。


「もういい、死のう」


俺がここ(異世界)に居る意味など無い。


ムクリと起き上がり一番近くに居た鎧兵の腰元に視線を定めてフラフラと手を伸ばした。剣に触れようとした瞬間、


「「「「救世主様!なりませぬ!!!」」」」


大きな叫びと共に、あれよあれよとあらゆる方向から鎧兵達に取り押さえられてしまう俺。


「お気を確かに!救世主様!」

「手荒な真似を申し訳ありません!救世主様!」

「クソっ太い……いえ、頼もしい身体をしていらっしゃいますね救世主様!」

「救世主様!!」

「「「救世主様っ!!」」」


舌を噛ませるな!

轡をさせろ!

死なせるな!

先ずは生かしておけばそれで良い!


飛び交う悲鳴と怒号と唾。


未だかつて、こんな扱いをされる救世主が居ただろうか。いや居ないだろう。


「うるさーーい!救世主って呼ぶなぁあああああァーーーーッ!!死なせろ〜〜!死なせてくれぇえええええええ!!」


こうして(?)俺は、俺が追い求める【愛】が皆無な世界にいきなり放り込まれ、死にたくても死ねない状況に身を委ねる事となったのだった……。

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次回更新日は3/14の予定です。

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