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マリオネットの輪舞曲 finale  作者: 紫宮月音
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序夜 過ぎ去りし記憶

怒声と、罵声と、破砕音と、湿った音と何かが潰れる音。

何もない真っ暗闇の空間に私はいた。

ゆらゆらと、漂っているような感覚。

それはいつもと同じ、眠りの中の暗闇で。

朝がくるまで、このままなのだろうと私は思っていた。

でもそうではなかった。

暗闇の中に、ゆっくりとある映像が浮かんできた。

その映像には見覚えがあって。ずいぶんと昔のものだった……


私は、夢を見ているのだと思った。

私の中に記憶された過去を、夢という形で再生しているのだと。

夢を見る人形だなんて、ひどくおかしいと理解しつつ。

懐かしさを感じる映像に意識を集中する。

今はいない、主に会うことができるのだから――

これはそう……私が作られてから、少し後のこと――


その日私は、主に身体のメンテナンスをしてもらっていた。

たしか、腕の関節の具合が悪かったのだ。

動かし方も加減もわからずに、無茶をしたのだろう。

主は了承してくれ手早く、けれどもしっかりと行ってくれた。


その時初めて、私は主を美しいと思ったのだ。この機械人形の私ですら、

そう思うことがあるのだと知った。

白く長い指先が器用に動き、私の中の有色の歯車に触れて。

アトリエの中にある薄汚れたランプに照らされてもなお、その銀色の髪は光を反射して輝いていた。

私は整備してもらっている間、主をただ眺めていた。

無事にメンテナンスも終わり……

作業台の上で動作確認をしていると、主から不思議なことを聞かれた。

その低い声で私の名を呼び、その蒼い瞳で私を見ながら。


「ねえルナ。僕がどうして君を作ったかわかるかい?  答えてごらん」

それは、作られてから何度か聞かれた質問。その度に私は同じような答えを返す。

私は、人形ごときに主の考えは理解できません、と答えた。

私のその答えを聞いて、主は困ったように笑っていた。

「君は少し頭が硬いのかな……せっかく自我があるのに」

もったいない、と主は続けた。

確かに私の思考は硬いのかもしれない……

そう思いながら、 私は主にひとつ尋ねた。

「主、ひとつ聞いてもよろしいですか?」

主はとても簡単に了承してくださった。

だから、私は気になっていたことを尋ねた。

どうして……私に自我を持たせたのか、と。

命令を履行するだけなら、物言わぬ人形の方が扱いやすいだろうに。

そして主は答えたのだ、とても当たり前のように。

「君に、しあわせになって欲しいからだよ? 決まってるだろう」

私には、幸福がいったいどういうものなのか、理解できなかった。

機械人形が、幸福になれるのですか? 主よ。

私達は、人間に使われる道具として作られたに過ぎないというのに。

「私は幸福の定義がどのようなものか、理解できません」

「今すぐに理解できなくてもいい。きっと、いつかわかるときがくるから。

そうしたら君が僕に教えてくれればいい」

人は変われども、人形は変わらない可能性のほうが大きいのに。

それでも私は、主が言うのだから変わらなければならないのだろう。

たとえ今、理解できていないとしても。

作業台の上で無言のまま座っている私に、主は言った。

「ルナ、君は僕に見せてくれるかい? 人形が、人間へと変わっていく様を」

作られた私に、もとより選択肢などはない。

「はい。主のお望みのままに。約束はできかねますが……」

私がそう返答すると、主は楽しそうに笑った。

何かおかしいことを私はいってしまったのだろうか。

「約束してくれないの? ひどいなぁ……言ってみただけなんだけれどもね。

 あぁ、それじゃあ一つだけ他のことを、約束してくれるかい?」


もちろんです、と私は即答した。迷う必要など何処にもありはしない。


「君達機械人形にはとても簡単で、

僕ら人間にはとても難しいこと。僕を裏切らないで――絶対に」


どうして主がそんなことを言うのか、私はわからなかった。


「私は主が作った、主のための人形なのです。

 裏切ることなど……ありえません。理由も意味も」


「そう。忘れてはいけないよ、ルナ」


そういうと主は私の髪を撫でてくださった。私の……赤い髪を。

いつまでも、髪を撫でるその感触だけが、残っていた。

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