四度目、開始
更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
次話投稿は12時7分の予定です。
異世界・ステッピル。
この世界には二種の知的生命体がおり、日々生存圏を奪い合っていた。
二種の内、一種は人族。野生動物より肉体も感覚も退化した存在であるが、野生動物と違い、脳を発達させ、知性を獲得した、地球の人間とほぼ同じ種族。ただし、違うのは、地球の人間のように科学技術を発達させてはおらず、代わりに魔術という技術の発達に重きを置いていること。
魔術とは、一言で表すと、魔力という生命に宿る不可視のエネルギーを消費して、手で触れずに物を動かしたり、何も無い空間にいきなり爆発などを起こす技術のことだ。
ステッピルに存在する知的生命体の内、もう一種が魔族。人族のように二手二足で生活するも、皮膚の色がくすんだ赤・青・緑のどれかであったり、肩甲骨辺りから羽を生やしたものや、頭部が牛や馬のものだったりと、どこか人族とかけ離れた容姿のものがこれに分類される。
また、魔族は、繁殖能力を除く全ての能力が人族を上回っている。筋力は野生動物を上回り、知力も平均的に高い。魔術の技量ですら、人族を上回っている。
この二種が、常に生存圏拡大のため、争っていた。
これだけを聴くと、圧倒的に魔族優位にあるように思えるが、しかし、この二種の戦力は拮抗していた。それは何故か? ───それは、人族が優れた繁殖能力を持っていたからだ。
つまりは数の力。この世界では、いつの時代も、魔族の十倍の兵力を人族は有していた。
魔族は質で、人族は数で、常にお互いの強みを活かしながら二種は争っていた。
血に塗られた争乱の歴史。実に四百年もの間、この二種は争い続けていた。
しかし、最近になって、その均衡が崩された。
魔族に、魔王と呼ばれる唯一無二の個体と、大罪と呼ばれる強力な個体が複数産み落とされたのだ。
大罪は、一体で魔族百体分の戦力と同等と言われ、最早魔王にいたっては、人族の尺度では測れないとされるほどの強力な個。
魔族は、これまでにないほど強力な質の力で、人族を圧倒したのだ。
どんどんと生存圏を奪われていく人族。遂には、メーンレスという国一つしか残っていないという所まで追い詰められてしまった。
だが、人族もやられるだけではなかった。
そこまで追い詰められ、遂に人族は決心をしたのだ───勇者召喚の儀を行うことを。
異世界より強力な個を召喚する儀法。
つまりは、質で挑んでくる魔族で、質で対抗することを選んだのだ。
千年に一度しか使えぬ大博打。
失敗して、強者になれる素質を秘めただけの弱者を呼び寄せてしまっても、また千年使えなくなる儀法。
できれば、魔族以上の脅威が現れた時に備えて残しておきたかった奥の手。しかし、そんな場合ではなくなったのだ。
メーンレスの王は、自身の娘である王女に命じ、勇者召喚の儀を行わせた。
これまで何百年と溜めてきた魔力と、数十人の民の命を犠牲に、人族を救う勇者を、彼らは求めた。
そうして召喚されたのは───黒髪の青年。
「偉大なる勇者様。急な呼び出しにも関わらず、応じてくださってありがとうございます」
場所は、森に囲まれたとある建物の地下。
地面に刻まれた、魔法陣と呼ばれる不思議な文字文様の上に、その青年は座らされていた。
そして、その青年に向かって、姫を護衛する騎士複数名だけでなく、王女自身すらも土下座をし、召喚された勇者に向かって頭を下げていた。
「どうか、貴方様の力で、我々人族をお救いください。そのためならば、この身、差し出すことも厭いません」
王女から放たれた自己犠牲の言葉に、護衛全員驚いたが、しかし、誰一人として咎めるどころか、顔を上げる様子はない。
状況が掴めない黒髪の青年は、その光景をどうでもよさそうに眺めていた。
「……状況は?」
「───!」
黒髪の青年の言葉に、姫はは明らかに表情を明るくし、顔を上げた。勇者として呼ばれた黒髪の青年が力を貸すことに了承してくれるかもしれない、という期待を込めた表情だ。
「現在、我々人族は敵対種族である魔族に攻め入られております。魔王と大罪と呼ばれる者の出現で、戦争は一気に魔族優位へと傾き、六つあった人族の国は、我が国を残すのみとなりました。現在も、大罪の内、【憤怒】の称号を与えられた上位魔族・アングの率いる軍が、この王都に向かって進行してきております。このままでは、我ら人族は絶滅です。どうか、どうかッ……! 貴方様のお力をお貸しくださいッ……!!」
再び頭を地に着け、懇願する国の王女。
それに対し、黒髪の青年はというと───。
「………」
無言のまま立ち上がり、歩き始めると、王女達の横を通り過ぎていった。
「……ッ」
どんどんと遠ざかっていく足音に「この方は我々をお救いくださらないのではないか」と不安を抱き、どんどんと顔色を悪くしていく王女御一行。
青年は、少し歩いた所で足を止める。
「おい、何をしている」
青年が、王女達に対して声をかけた。
「とっとと、その魔族とやらが進行している所まで案内しろ」
その「お前ら人族を救ってやる」とも取れる青年の言葉に、最初、王女達は目を見開いて驚き、頭を上げ───そして、喜びの感情をあらわにした。
□□□
馬車に揺られること一時間。
青年を連れた王女御一行は、王都から一番近くにある砦・メレス砦に足を運んでいた。
ここが戦争の最前線。後数十分もすれば、天然の地形を利用した罠全てを掻い潜って、魔族の軍が到達する。
青年は、馬車に揺られている間、目を閉じ、ひたすら瞑想をしていた。護衛や王女に話しかけられようが、その全てを無視し、何かに集中していた。
そして、それは砦に着いてからも続いていた。
それから、数十分が過ぎ───。
『───!!』
砦全体に警報の鐘の音が響き始める。
「魔族だ! 魔族の軍勢が、遂に姿を現しました!!」
見張りの言葉により、慌ただしく動き始める兵士達。
皆、緊張で顔を強ばらせ、汗を流していた。これから自分は死ぬかもしれない、そういった恐怖もあるだろう。
兵士達は皆、事前に決められていた配置へとつく。
そして、自分達がこれから戦う相手に視線を向けた。
砦の前に広がる平野。
そこにいるのは魔族の軍。数にして、数百といったところか。
魔族の先頭集団から取手までは後五百メートル前後。
魔族達は皆、自分達の優位を疑わず、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。
そんな中、砦の一番上で胡座をかいていた青年が、ゆっくりと瞼を上げ、のっそりと立ち上がる。
『うぜぇ』
砦にいる人族全員が、それを耳にした。
『うぜぇ……うぜぇ、うぜぇッッ。何故降伏しないッ。何故抗うッ? 何故無駄に進軍させ、蹂躙させることを望むッッ!? 楽しいか!? この俺の手を煩わせて!? 苦しくないのか!? こんな無駄な抵抗をすることに!? なぁぜこの俺がァ……このような無駄なことを……ッ』
大きな声ではない。しかし、しっかりと耳に残る、重くて低い声。
生きている者ならば誰も聞いたことがないその不気味な声には謎の重圧があり、砦にいる人族全員に恐怖を覚えさせた。
皆、勝手に身体が震え、歯をガチガチと鳴らし始める。
『うぜぇ……うぜぇ、うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ!! うぜぇうぜぇうぜうぜうぜぇ!!! うぜうぜうせうぜうぜうぜUゼうぜウぜウゼウぜうZえウZEウゼウゼUゼウゼゼZEぜゼゼぜZEぜぜぜぜぜぜぜぜぜゼゼゼぜぜゼZEZEZEZEゼゼゼぁぁぁああ゛ああ゛あ゛あ゛!!!!』
砦にいる人族全員に純粋な悪意だけがぶつけられる。
この世界に住む人族は全員分かっていた。こんな凶声を響かせられる存在は一つしかない。
───【憤怒】のアング。
人族は声だけで理解させられた。───こんな存在に勝てる訳ない、と。アングの圧は、それだけ冷たく、それだけ鋭く、それだけ重たいものだった。
『じゅジュJUじゅぅぅぅりぃIイいイイイ───』
「うぜぇ」
砦にて、すでに立ち上がり、右手を前に突き出し、中指を魔族の方に向けていた青年が、その一言を放った。
───瞬間、砦の前の地面から、何本、何十本という木の幹が生え始め、どんどんと伸び、魔族の軍へ襲い始めた。
どの幹も太さ直径三メートルを越えており、まるでワームの群れが地面を覆い尽くすがごとく、大量の木の幹が魔族の軍へと迫る。
けっこうな速度で伸びていることから、ある魔族は半身を抉られ、確かな質量を持っていることから、ある魔族は身体を押し潰され。
先ほどまで余裕の笑みを浮かべていたのが噓のように、魔族軍は阿鼻叫喚に包まれた。
いつの間にか同族が殺られ、さらには自分の体を欠損させられる現場に、魔族達は混乱と焦燥と憤怒の声を複雑に絡み合わせ、歪な音を奏でるしかできなかった。
瞬く間に、砦の前にある平野を覆い尽くさんとしていた魔族の軍は、逆に平野を覆った大量の木の幹によって壊滅させられた。
これまで、大罪の名を有する魔族が圧を放っている最中に動けた人族は一人としていなかった。
また、植物を自在に操る魔術も存在していない。
そして、魔族は、まだ人族が大規模な魔術の準備に入っていないのと、自軍の真下に罠が無いことを確認していた。
魔族は、人よりも魔力の動きに敏感である。数十メートル離れた相手の魔術の使用なら簡単に感知できるし、魔術を使用した後に残る魔力の残滓にさえ反応できる。
大規模な魔術ともなれば、それ相応の魔力が渦巻くため、感知できない筈がないのだ。
それに、地面に埋まっているとはいえ、真下に設置された魔力に気づかぬほど鈍感でもない。
以上の理由から、魔族は油断していたのだ。
まだ人族からの攻撃は来ない、と高を括っていたのだ。
木の幹によって蹂躙される魔族───だったが、【憤怒】のアングだけは違った。
軍の最後尾にいたことが幸いして、迫ってくる木の幹に反応。
何も無い空間を殴ったと思うと、急に腕から直径五メートルを越える熱砲が放たれ、木の幹を焼き、砕きながら直進していく。
まだアングから砦までは一キロもあるというのに、アングの熱砲は木の幹を焼きながら難なく砦近くまで到達した。
後少しで砦にぶつかる───という所まで熱砲が来た瞬間。
凄まじい爆発音と共に、何かによって熱砲が阻まれた。
不可視の壁。砦に設置された自動防御システムだ。
このシステムの正体はとある魔道具である。何かが砦近くまで来た瞬間に起動し、内包した魔力を扱って、砦を覆う不可視の壁を出現させる。その強度は五キロのC4爆弾でも破壊できないほど。この砦が誇る最強防御システムである。
しかし、それでも、アングの攻撃が防げるかと言えば、否である。
本来なら、アングの熱砲が当たった瞬間、壁は貫かれ、砦諸共焼き消えていた筈だった。
それほどまでに、アングの力は凄まじいもの。
今回、アングの攻撃を防ぐことができたのは、距離がまだ一キロも離れていたことと、熱砲の進行方向に青年が発生させた木の幹が大量にあったことが関係している。
青年が発生させた木の幹とて普通の樹木ではない。その硬度は並の樹木の比ではない。
それを破壊しながら進んだのだ。難なく進んでいるように見えて、その実、それなりに威力は割かれていた。
だから、防げた。青年が発生させた樹木があったからこそ、防げた。
───しかし、次は防げない。
「チッ」
アングは、魔力の流れから自分の攻撃が防がれたことを察知し、元々歪んでいた表情をさらに怒りで歪める。
その彼の両側から、複数の木の幹が迫った。
一部の木の幹が破壊されたからといって、それで樹木の進撃が止まる訳ではない。
むしろ、一部が破壊されている間に、他の樹木はさらに伸びて魔族の残党を潰し、アングまでも潰そうと迫っていた。
攻撃の後で完全に油断していたアングはそれに呆気なく飲まれる。
見事樹木は、魔族の軍全てを押し潰して魅せたのだ。
だが、この軍の将たるアングが、この一手で終わる筈がなく。
凄まじい爆発と共に樹木の上に這い上がるアング。
アングの両腕は樹木の攻撃によってもっていかれている。しかし、その傷口には青色の炎が灯っており、流血の様子は見られない。また、両腕だけでなく、口の端や背中、片方の膝からも青色の炎が漏れていた。
アングは魔族の中でも屍肉鬼と呼ばれる個体で、他の個体に比べ柔らかく壊れやすい身体をしてはいるが、肉体に埋め込まれた核となる紅い宝珠が壊されない限り死ぬことはない特別な個体なのだ。また、他の生命の肉を喰らうことで肉体を再生できる。
つまり、アングにとって、肉体の損傷など、大したことではないのだ。
『がぁぁああ゛ぁあああ゛ぁあぁあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! ゴロ゛す!! ころ゛すコロスKOROす!! ころすコロすこROすころスこロスコロすこROSUころコロこROKOろころKOろごぉろぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ───』
青年は冷静だった。
樹木の波がアングに致命打を与える一撃になり得ないと見るや、すぐに次の手に移っていた。
右手に握られているのは大量の種子。
細く長い茎によってギチギチに縛られ、一つの球体のように固められた大量の種子を掴み、少年は右手を後ろに持っていく。
そして、勢いよく、天に向かって種子を投げた。
丁度、アングが木の幹から這い上がった所で、雲に覆われた空に変化が生じ始める。
何かの落下音。それが近くなるに連れ、アングがいる辺りに濃い影が塗られ始めた。
異変を感じ、上を向くアング。
その瞬間───
「はっ?」
雲を搔き分け現れたそれに、アングは言葉を失った。
上空から現れたのは───丸太だ。
ただの丸太ではない。いくつもの太い木の幹が重なり合い、一つに固まった特大の丸太だ。
およそ、半径三百メートル、高さ二千メートル。
野生の象何千頭……いや、何万頭分にも及ぶ超異常質量物体。
常軌を逸した重さを持つ物体が、上空から自由落下によって加速しながら、アングの下に落とされた。
アングの核は、この世界で最硬と評される好物よりも硬い。
しかし、所詮は小さな一物体。
アングの核の硬さは、圧倒的大きさと重さを誇る丸太の前ではなんの意味も成さず。
呆気なく、本当に呆気なく、アングの核は潰されてしまった。
丸太が地面と衝突───瞬間、砦にいる人族が立っていられないほどの地震に見舞われれた。
丸太が衝突した地面は異常なほど陥没し、辺りの地面には本当に細かくひびを入れていく。
ひびによって細かく裂かれた大地は、さらにバラバラに隆起し始め。
丸太と地面の衝突は強烈な衝撃を引き起こし、辺りの草花を吹き飛ばし───
平野だった地は、一瞬で荒地と化してしまった。
地形が変わるほどの攻撃。しかし、そんな揺れや衝撃に見舞われながらも、砦とその周りの地面の被害は軽微だった。
それは、丸太が姿を現すと同時に、青年が大量の植物の根を伸ばして、地面と砦を固定したからだ。
青年は、あの二つの攻撃を用意すると同時に、この根の準備までしていた、というわけだ。
やっと地震も収まり、なんとか立ち上がる人族達。
彼らは、自身の目に映った光景に絶句するしかなかった。
最早、天変地異でも起きたのかと言いたくなるような光景。
これだけの被害が、一人の青年によって───それも、植物だけを操って行われた。
凄いとただ感嘆する者。
これだけの被害を出せる男に畏怖する者。
これが勇者なのかと驚愕する者。
人族の反応は十人十色。
植物を操って、天変地異を引き起こしたこの勇者のことを、彼らはこう評した───『大自然の王』と。
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