一度目・二度目・三度目
なろうでは久しぶりの投稿です。
楽しんでいただけたら幸いです。
次話更新は深夜0時7分の予定です。
もし、突然、災害や凶悪な殺人犯によって、大切なものや人を奪われたら、どう思うだろう?
仕方ないと諦めるだろうか?
ふざけるなと怒るだろうか?
許さないと恨むのだろうか?
感じることは、人それぞれだと思う。
でも、理不尽に大切なものが奪われた時───俺が感じたのは 恐怖 だった。
□□□
順風満帆な人生だった。
よく想ってくれる両親がいて、ウマの合う友人がいて、自分の話をよく聴いてくれる先生がいて。
不満が無いと言えば嘘になるけど、それでも「幸せだった」と言えるぐらいには、俺の人生は素晴らしいものだった。
───高二の夏。
「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろぉ! にげろぉぉおおぁあぁあああ!!!!」
「どこぉ! おかぁさぁ〜ん!!」
「終わりだ……もう、終わりなんだ……」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
夜、太陽も沈み、闇の時間。
燃ゆる建物の火が、黒で染まった空に赤を塗ろうと火の粉を飛ばす。
世界は阿鼻叫喚の嵐だった。
自分の死が迫っていることを自覚した人達が、少しでも死を先延ばしにしようと逃げ惑っている。
逃げる───何から?
怪物からだ。
まるで映画の世界から出てきたような巨大な化け物。
黒い鱗に身を包んだ蜥蜴顔で、まばらに生やした牙がより醜悪さを強めている。
特筆すべき点はやはり───目がどこにも見当たらない所と、背中にある大きな口だろう。顔の所にある口とは他に、背中に特大な口を持っている。
突如として世界に産まれ落ちたそいつは、発見されてから僅か一ヶ月で、地球の文明のほとんどを破壊し尽くした。
水爆ですら傷つけられない鉄壁の鱗と、頭部と背中にある口から吐く炎で、こいつは全てを蹂躙していったのだ。
それが、とうとうこの国にもやってきた。
「……ハァッ……ハァッ……」
俺は、後ろから迫ってくる怪物をただ眺めていた。
さっきまでは走って逃げていたのだが、今はそれをやめ、突っ立っている。
頬に汗が伝う。
なぜ逃げないのか? ───逃げる意味がないからだ。
もう、何も無いんだ。
全て、火の中に還ってしまった。
集めていたコレクションも、愛着のあった品も。
大切だった家族も・親友も・先生も、皆みんな……火の中に消えてしまった。
「……はぁっ……はぁっ、はぁっはぁっはぁっ」
怪物との距離が縮まるごとに、どんどんと動悸が強くなる。
禍々しい見た目なのに、目が離せない。
周りは炎の海なのに、まるで身体の中が凍っているかのように体が動かせない。
ただただ、俺から全てを奪っていく『破壊の化身』が───怖い。
怪物が急に蹲り出す。
すると、丸めた背中に付いている口が強調される形になって。
大きな口が開かれる。
口の上に赤い光源が生まれ、どんどんと大きくなっていき───
「───」
───爆発。
光によって世界が覆われた瞬間、俺の地球での人生も幕を閉じた。
□□□
「本当に気の毒に思います」
気付いた時には、真っ白な世界にいた。
白色の絵の具で塗りつぶしたような真っ白な空間。
俺と、目の前の少女と、二人が座る木製の椅子しかない。
目の前にいる少女は俺を憐れむように見てた。
「あの化け物から唯一救い出せたのはアナタだけでした。 だからといって、アナタは運が良い、とは言いません。あれは本来、生まれる筈がないものでしたから」
少女が何か言っている。
しかし、何を言っているのか分からない。
反応する気も、起きない。
「あれは、言ってしまえば世界のバグ。世界を終わらせるための破壊プログラム。あれが生まれぬようにするのが、我々神の役目……だったのですが、力及ばず……申し訳が立ちません」
目の前の少女が俯く。
彼女の話が本当なら、彼女は『神』にあたるらしい。
そして、あの化け物が生まれた原因も───彼女。
「……」
でも、俺にはどうでもいい話だった。
というか、もうこの話はしたくない。
───あの恐怖を、思い出させるような話は……したくない。
死んでまで、あんな恐怖を覚えるのはごめんだった。
「……アナタを、これから別の世界に転生させます。もう二度と、このような理不尽に合わぬよう、慎重に転生先を選ばせていただきました。ですから、ご安心ください。これからは、その世界で与えられる普通の人生を謳歌することができますから 」
転、生……?
どうやら、死んだら天国や地獄のような世界に連れていかれる訳ではないらしい。
創作の世界にもある、異世界転生をするようだ。
「どうか、良きライフを」
少女が言い終わると、急に視界が白で埋め尽くされ始める。
視界が閉ざされていく中───少女が申し訳なさそうに微笑みなら、手を振っているのが見えた。
□□□
二度目の人生では、俺は『エルフ』という人種だった。
地球とは違い、科学がそこまで発展していない世界に転生。
しかし、科学の代わりに、魔術という力が発展しており、地球より劣っているかと言われたら、そうでもない世界であった。
魔術───言ってしまえば、何も無い所で火を起こしたり、いきなり強風を吹かせたりする、奇跡の力のことだ。力というより、技と言うべきか。
とにかく、地球とは全く異なる世界での人生───というより、エルフ生を、俺は送ることになった。
俺に、前世の記憶は無かった。
他の者と全く同じように学び、他の者と全く同じように育っていった。
所謂、普通だった。
前世の記憶がないのだから、他の者より変に大人びていたり、これまでにない発想で周りを驚かせたり、なんて展開も無い。
ただただ、普通に世界に馴染み、育っていった。
この世界では、森に住む者が多い。
それは俺も例外ではなく、とある森の中、様々な奴らに囲まれて、俺は育った。
「なぁ知ってっか? あの家の裏側には泉があってさ、夜遅くにその泉に物を投げると、冥界への門が開いて引きずり込まれるらしいぜ」
変な噂を作るのが好きな奴もいれば、
「ちょっと! これを使ったの君でしょ! 使ったのなら、最後、責任を持って元の場所に戻しない!」
規律やマナーに厳しい奴もいて、
「この後暇〜? 授業が終わったら一緒にご飯でも食べに行かなぁ〜ぃ?」
いろいろな奴に囲まれながら、俺は、なんだかんだで楽しいエルフ生活を送っていた。
でも、その世界で五十四年も過ごした頃───
厄災は、
再び、
なんの前触れもなく、
突然、
俺の目の前に現れた。
地球とは別の怪物の登場。
エルフ達は魔術や、魔術の力を増幅させる兵器───魔術兵器を駆使してその怪物を仕留めようとしたが、その力が効果を発揮することはなく、地球と同様、瞬く間に世界は怪物によって破壊されていった。
またしても怪物は、俺の大切なものを奪っていったのだ。
記憶はなくとも、心が───魂が、その絶望を覚えている。
怪物を前にした途端、俺の体は震え、上手く力を入れることができず、俺は膝から崩れ落ちていた。
───何故、奪われないといけないのか?
恐怖で心が埋め尽くされている中、以前とは違い、そのような疑問を抱えながら、化け物が吐く破壊の咆哮によって、俺の二度目の生は幕を閉じた。
□□□
「誠に申し訳ありません」
一度目の終わりと同じように、俺は再びあの真っ白な空間の中にいた。
以前、自分を『神』と言っていた少女が、また申し訳なさそうにこちらを見ている。
「まさかあの世界でも破壊種が現れるとは……本当になんと言ったらいいか」
どうやら、俺は運が悪いらしい。
一度ならず二度までも、世界が壊れるほどの災悪に直面するなんて。
「次は、次こそは、必ずアナタが最後まで生を謳歌できる世界へ転生させます。ですから、どうか……どうか生を諦めないで───」
そこから、少女は色々と話をしていたが、あの怪獣のことを思い出したくない俺は、やはり聴く気にはなれなくて。
気付いたら、俺の視界はまた白に埋め尽くされ、転生を始めていた。
□□□
三度目の生でも、俺はエルフだった。
二度目の世界と似たような感じで、ほとんどのエルフが森の中で生活をしていた。
ただし、二度目の世界よりも緑が深い。
木の大きさも、森の広さも、どれも平均的に、二度目の世界のそれを上回るだろう。
この世界のエルフは、自然と密接な関係を築いていた。
この世界では、科学や魔術の代わりに、仙術という力が発展していた。
この世界でいう仙術とは、簡単に言うと、植物からエネルギーを貰い、そのエネルギーを使って植物を操る力である。また、植物から貰ったエネルギーで、魔術のような現象も引き起こせる。まぁ、起こせる現象の幅は魔術より狭いが。
自然と繋がりが深い世界に合った技術と言える。
その力を使い、この世界は文明を発展させていた。
また、俺は俺で、一度目や二度目の人生とは違う所があった。
それは───前世の記憶を忘れていなかったこと。
おそらく、あの神が気でも遣ったのだろう。
以前の生活も、大切なものを奪われた記憶も、俺は覚えていた。
そんな記憶を持っていたからだろう。
この世界で育っていく内に、俺は力に固執するようになっていった。
大切なものを二度も奪われたからこそ、この世界では・この生では、奪われないように───そんな考えがどんどん強くなって、気付けば、俺は力を磨くことを一番に考えるようになっていた。
その結果、俺はこの世界で軍人になった。
前世の記憶も持っていたから、他の奴らよりも早く鍛錬を始めることができたし、守る力を磨くにはやはり軍に入る方が良い。そう思い、入軍した。
軍に入軍してからの生活はそれまでの訓練が比ではないほど厳しいものだったが、そのおかげか、実力が伸びている感覚をこれまで以上に感じることができた。
そうして月日は流れ───軍のトップにまでは行けなくとも、俺は分隊長を任せられるぐらいの実力は身に付けていた。
軍人となったことで、様々な奴らに出会った。
「どうしよ〜もねぇんだ。この衝動は誰にも止められないのさ。そう、止められねぇ……止められねぇんだ! 誰にも、誰にも、誰にも、俺は止められねぇ!」
快楽で他エルフを殺す凶悪犯。
「なぁんでそんなガチガチに頑張るかねぇ。そんな切羽詰めた所で、そう変わんねぇよ。世の中、気楽に行くのが一番よ。肩の力、抜いてこ〜ぜ〜」
鍛錬はよくサボるクセに、何故か強い上司。
「なるほど。そんな手もあるのか。了解した。早速試したい。相手をしろ」
俺よりも強さに固執する同僚。
「せぇ〜んぱいッ! 水、持ってきましたぁ〜!」
俺を慕ってくれる後輩に、
「………はぁ〜い。分かりましたぁ〜。今は従いまぁ〜ス。……………まっ、今だけですけどね」
指示には従いながらも、裏では何を考えてるかよく分からない奴。
二度目の人生以上に、いろいろな奴を見た。
でも、これまでと決定的に違ったのは、やはり───家庭を持った所だろうか。
結婚したのだ、この世界では。
「おかえりなさ〜い。もうッ、今日も遅くまで帰ってこないんだから心配したんですよぉ〜。……でも、私達のために頑張ってくれてることは知ってますから。だから、これで許してあげますッ。……いつもありがとう、お疲れ様」
帰ると、帰りが遅いことに拗ねながらも、抱擁して日頃の感謝を述べてくれる妻に、
「ワぁ〜イ! 今日はパパと遊べる! キャッハ〜!」
個性的な笑い方をする、妻と俺が大好きな娘。
断言できる───俺は、妻と娘が大好きだった。愛してると言ってもいい。
これほどまでに人を想ったのは、初めてのことだった。
この世界は、これまでのどの世界の生活よりも、順風満帆なものだった。
この幸せが続けば───何度それを願っただろう。
しかし、世界は、俺が人並みの幸せを手に入れることを、許しはしなかった。
この世界でも、突然、世界に破壊をもたらす化け物が、出現したのだ。
思い出される恐怖。
迫る破壊の足音。
今回出現した怪物は、冷気を纏う化け物だった。
辺りを凍らせ、命を止め、世界を凍てつかせる。
この世界のエルフ達も、為す術なく、怪物に蹂躙されていった。
俺は、これまで以上に奮闘した。
これまで化け物の前では怯えるだけだった俺が、化け物に抵抗したのだ。
三度目の生で得た、かけがいのないものを守るために。
そのために、震える脚を前に進めた。
でも、結果は───
「………はっ……はははッ……」
結果は───何も変わらなかった。
これまでと同様に、等しく、怪物は俺から大切なものを奪っていった。
「はははッ、はははは!」
俺の努力は、無意味だったのだ。
この怪物の前では、矮小な俺の小さな抵抗など、無いにも等しいものだったのだ。
───なんという、滑稽。
「ははははは! はははははははは!!」
下半身が凍り、身体の機能が壊れていく中で───俺は笑った。
自分の力の無さを、自分の情けなさを───これまでの自分を、嘲笑ってやった。
そして、笑いを止める。
笑いを止めて───唇を噛んだ。
唇から血が垂れる。その血も、すぐに凍ったが。
化け物は俺にトドメを刺さなかった───否、そもそも攻撃する素振りすら見せなかった。
何故なら───奴が通るだけで、どの生物も凍死してしまうほどの冷気が辺りに吹き荒れるから。
奴はもう遠くにいる。遠くに行ってしまっている。
奴からすれば、本当に蟻同然だったのだ……俺は、俺達は。
もう、恐怖なんてなかった。
あるのは、滑稽な自分を嘲笑う心と───怒り。
俺から毎回全てを奪っていく怪物と、理不尽な世界への、怒り。
「クソがッ」
体が凍り、死んでいく中で───俺の心には、現在進行形で、化け物の冷気でも消せない紅蓮の業火が猛々しく燃え上がっていた。自分でも驚くぐらいに、憤怒の業火が灯っていたのだ。
「ふざけんなッ」
□□□
「……なんと、お詫びすればいいか……」
一度目や二度目の終わり同様、真っ白な空間の中。
目の前にいる『神』と名乗った少女は、項垂れていた。
「まさかこんなことになるなんて……あの世界は特に厳格な神が管理していたのに……どうして」
少女は、どうして失敗したのか分かっていない様子だった。
どうしてあの怪物が出現するのか───それを分かっていないように感じた。
きっと、彼女は今、どうすれば怪物が出現しないのかを考えているのだろう。
三度の失敗。次の失敗は許されない、と危機感を持っているように窺える。
───だが、もうそれは、どうでもよかった。
「おい」
「───! は、はい!」
俺が初めて声をかけたことで、少女が肩を跳ね上がらせ、慌てて返事をする。慌てすぎたことで、返事が裏返っていた。
「もう、そんなことはどうでもいい」
「へ?」
「もう、怪物のいない世界とかはどうでもいい、と言ったんだ」
「ッ、……と言いますと」
少女は、俺が何を言いたいのか伝わっていない様子だった。
なら、懇切丁寧に伝えてやる。
「俺に、怪物のことを教えろ」
「───!」
「あの怪物の生態、特性───殺し方、その全てを教えろッ」
自分でもびっくりするぐらい、低い声が出た。
こんなにも相手を威圧する声が出せたのかと、自分で驚く。
でも、俺の気持ちは止められない。
「……殺す」
俺から大切なものを奪っていった奴らを、
俺から平穏を奪っていった奴らを、
俺に理不尽を与えてくる奴らを───!
「絶対に、殺す……!」
奴らが、俺から全てを奪っていったように。
今度は俺が───
「俺が、奴らを───絶滅させるッッッ」
俺はそれを、固く誓ったのだった。
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