第一話 熱烈デビュー編
君子危うきに近寄らず
これは、借金のカタに
会社を乗っ取ろうとするブラック銀行と、
それを阻止しようとする、ブラウン商事との
戦いの物語である。
<ブラウン商事 財務部 事務所>
事務所内の電話が鳴る。
入社3年目の土田花子が電話を取る。
[土田花子]
はい、ブラウン商事 財務部です。
あっ、黒田部長、
いつもお世話になっております。
運野ですか。
運野、花子に向かって
顔の前で手のひらを振る。
[花子]
あいにく、運野は
只今、席を外しておりまして、
さあ、それはどうですか。
はい、はい、・・・・・。
かしこまりました。
運野に申し伝えておきます。
失礼します。
(電話を切る)
[花子]
運野部長。
ブラック銀行の黒田融資部長からです。
明日の返済期限までに
借入金全額を返済しなければ、契約どおり
ブラウン商事を乗っ取るとのことです。
[運野良夫]
マズイなぁ。
[花子]
ブラック銀行に乗っ取られると
うちの会社、どうなっちゃうんですか?
[運野]
ブラック銀行の植民地になる。
給料は下がり、勤務時間は長くなる。
奴隷のように、こき使われる。
文句を言う者は、即刻首を切られる。
[花子]
本当ですかぁ〜?
[運野]
明日までに、借入金全額を返済
するのは、100%無理だ。
何か、別の解決策を考えないと。
土田花子と同期入社の
土山盛男が発言する。
[土山盛男]
何か、黒田の弱点を見つけて
それをネタに
返済期限を先延ばししてもらう
というのは、どうでしょうか?
[運野]
その弱点を見つけないと。
[土山]
部長、何か知っていること
ないんですか?
なにせ、うちの社員の中で
運野部長が、一番長い時間、黒田部長と
接しているのですから。
[運野]
そうだけど。
でも、俺と黒田部長とは
対等な関係ではないからねぇ。
黒田は、我々を
完全に見下している。
例えて言えば、我々のことを、
いくら躾をしても、
家の中のあちこちで、
ウンチやオシッコをしてしまう
バカな犬猫のようにしか
思っていない。
[花子]
それなら、私が、体を張って
会社を守ります。
[運野]
えっ?
[花子]
黒田部長に
ハニートラップを仕掛けます。
[土山]
ブー(吹き出す)
[花子]
なによ、そのリアクション。
セクハラで、訴えるわよ。
[土山]
えー、俺、なにも言ってないよ。
[花子]
本人にその気がなくても、
相手が不快に感じたら
セクハラになるんです。
[運野]
いや、それはセクハラじゃない。
アニハラだ。
[土山]
アニハラ?
兄? アニメ?
[運野]
アニマルハラスメントだ。
[花子]
部長ー!
ちょっとそれ、どういう意味ですかぁ〜?
[運野]
すまん、すまん。冗談だよ。
[花子]
もぅー。私は真剣なのにぃ。
[運野]
冗談言っている場合じゃないよなぁ。
誰か、この際、どんなことでもいい。
黒田に関して、何かないか?
[花子]
そういえば、いつも黒田さんに、電話で
運野部長が席にいないことを伝えると、
必ず
「もしかして、ウンコですかぁ〜?」
て、ふざけて言うんですよ。
最初、私がウケちゃったもんですから、
それ以降、毎回、必ず言うんです。
[土山]
プー。
[花子]
なによぉー。
部長が、なんでもいいって言うから
言ったんじゃない。
[土山]
だからって、お前なあー。
[運野]
ちょっと待て。
それは、使えるかもしれない。
一か八か、やってみよう。
<翌日、ブラウン商事 財務部 事務所>
AM9:30
事務所の電話が鳴る。
事務所内に、緊張感が走る。
いつものように、土田花子が電話を取る。
[花子]
はい、ブラウン商事、財務部です。
[黒田宅家部長]
あっ、ハナちゃ〜ん。
運野部長いる〜?
[花子]
只今、あいにく、
席を外しておりまして。
[黒田]
また、ウンコですかぁ〜?
花子が運野に、指でOKサインを出す。
[花子]
あっ、只今、運野が戻りましたので、
今、代わります。
少々、お待ちください。
(運野に受話器を渡す)
[運野]
お待たせしました。運野です。
突然ですが、
あなたはいつも、うちの社員に、
私が、ウンコをしているようなことを
おっしゃっておられるようですね。
今も、「また、ウンコ」と
言っていましたよね。
断っておきますが、私は入社以来、
これまで、一度たりとも、勤務中に
ウンコをしたことは、ありません。
毎朝、快便生活を送っております。
あなたのせいで、
私は勤務中にトイレにしょっちゅう
行ってばかりいるという
あらぬ噂が社内に広まり
大変迷惑しております。
つきましては、あなた個人を
名誉毀損で訴える所存であります。
[黒田]
バカバカしい。
やれるものなら、やってみろ。
[運野]
いいんですかぁ?
仮に私が裁判で負けたとしても、
融資先の社員と、裁判沙汰となっては、
あなたの、その輝かしい経歴に
多少なりとも、キズがつくんじゃ
ないですかねぇ。
[黒田]
(アホすぎて、話にならん。
こんなのに付き合っていたら
こっちまで、バカになりそうだ。
ちょっと危険な程のバカさ加減だ。
「君子危うきに近寄らず」だ。
ここは、早々に退散しよう。)
[黒田]
ちょっと不適切な表現だった
かもしれない。
申し訳なかった。
[運野]
ゴメンで済むなら
警察はいらないですよ。
返済期限を先延ばししてください。
[黒田]
わかった。じゃあ、1ヶ月だ。
[運野]
6ヶ月にしてください。
[黒田]
6ヶ月だと、頭取の許可が要る。
[運野]
頭取に、絶大な信頼を置かれている
黒田さんなら、たやすいことでしょう。
[黒田]
なんとか、やってみよう。
[運野]
よろしくお願いします。
(電話を切る)
[黒田]
ワッハッハー。
本当に、バカなヤツだ。
こっちは、最初から
6ヶ月延長するつもりでいたのだ。
頭取の許可も、既に取ってある。
どうせ、6ヶ月延長したところで
あの会社に、完済など出来るはずがない。
だったら、少しでも多く
借金を返済させた上で、
会社を乗っ取った方が、得だ。
利息も増えるしね。
しかし、今回、延長の件を、あの運野に
恩着せがましく、ネチネチと
やってやるつもりでいたのに、
それができなかったのは
ちょっと残念だったが。
3日後、
ブラウン商事に、ブラック銀行から
借入金返済期限6ヶ月延長の
正式な通知が届く。
<ブラウン商事 財務部 事務所>
[花子]
運野部長、
土屋敷社長が、お呼びです。
今すぐ、社長室へお願いします。
[運野]
わかった。
[花子]
今回の件で、栄転ですかね?
[運野]
だと、いいけどね。
<社長室>
[運野]
失礼します。
[土屋敷建社長]
どうぞ。
運野、社長室に入る。
[土屋敷社長]
今回は、会社存亡の危機を救ってくれて
本当にありがとう。
礼を言うよ。
[運野]
いえ、とんでもありません。
[土屋敷社長]
運野君、君に伝えなければ
ならないことがある。
これから、私の言うことを
よく、聞いてくれ。
[運野]
はい。
[土屋敷社長]
運野 良夫
本日付きで
ブラック銀行への出向を命じる。
[運野]
えっー!
(第一話 熱烈デビュー編 完)