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「そう、ですね。では次に、私の話をしましょう」
騎士団に勧誘する前に、まずは現状を知っておいてもらおうとソシーナは語り始める。
ディノも先ほどのように話をうやむやにしようとせず、聞く姿勢をとる。
「十五年前、アチェスタはダーム帝国と休戦協定を結びました。その期限は二十年、つまりあと五年で切れてしまいます」
もちろん休戦協定が切れたからといって、必ずしもダームが攻めてくるとは限らない。だがほとんどのアチェスタ国民は、ダームは攻めてくるだろうと考えていた。
それはソシーナも、そしてディノも同様であった。それほどまでに、両国の溝は大きい。
「今、この国はダームを巡って二つの勢力に別れています。一つは第一王子率いる親帝国派。これは帝国に歩みより、魔法使いの地位向上を目指す派閥です。もう一つは国王陛下を筆頭とした反帝国派。これは従来通り、王族によって国を治めようとする派閥です」
親帝国派は戦争が起きても徹底抗戦する構えを見せており、反帝国派はなるべく戦争を回避しようとしているので、戦争派と非戦派とも呼ばれることがあった。
親帝国派の望む通りに再び戦争が起きてしまったら、また泥沼の戦いが続いき、国として崩壊してしまう可能性がある。だが反帝国派の言うとおりに帝国に歩み寄ろうとしても、行きつく先は帝国の植民地だろう。
「私は反帝国派ですが、陛下とは考えが少し違います。私はこの国にもう王は必要ないと考えています」
「……共和制にするってことですか?」
「最終的にはそうですね。さすがに突然王がいなくなってしまっては、混乱の方が大きいと思うので、徐々にですけど」
「……今のままでは駄目だと」
「はい、君主政ではいずれ必ず立ち行かなくなります」
人間は、自分の立場を自ら進んでドブに捨てるような真似はしない。
王族が君主制の撤廃を主張するなど疑わしさ満載の話だが、ソシーナの目には不思議な説得力があった。
「あなたは、この国の現状をどう認識していますか?」
「……戦争も終結して、概ね平和なんじゃないですかね」
「本当にそうでしょうか?確かに目立った争いこそないですが、国境付近で戦禍を被った町の治安は酷いものですよ。復興しようにも、帝国から逃げてきた非魔法使いで溢れ、地元住民はどんどん町を離れていき、魔物対策すらまともにできていません」
いつ戦争が始まるともわからないダームとの国境線は、基本的に通行など不可能だ。アチェスタ・ダーム両国の魔法使いがうじゃうじゃいるからだ。
だがそれでもダームから逃れてくる難民は後を絶たない。
国境を渡ろうとした者の八割は死亡すると分かっていても、一縷の希望をかけてアチェスタにやってくる。それだけダームの非魔法使い差別は酷いものだった。
しかし、逃げた先では差別がないというだけで仕事があるわけではない。その為、難民たちは食料を求めて暴徒と化す危険性がある。
その対処に追われて、国境付近の街の復興は全く進んでいなかった。
「魔法使いへの差別も酷いものです。戦時に真っ先に徴兵される割には、その報酬は微々たるものです。軍からどうにか離れても、常に監視が付きまとう人生です。職業も、住む場所も、結婚相手を選ぶ権利すらありません」
ダームにおいて非魔法使い差別が横行しているように、アチェスタには魔法使い差別がある。アチェスタにおいて魔法使いは戦士として使いつぶされる。生まれた時から死んだ後まで、戦士として生きる以外の道は用意されてない。
例えば、それを象徴するかのような制度に、魔法使いの家制度がある。
魔法は、基本的に血によって受け継がれる。両親が魔法使いなら確実に、片親ならほぼ半々の確率で魔法使いは生まれてくる。非魔法使いの両親から魔法使いが生まれてくることもないわけではないが、その確率はとても低い。
その為、魔法使いは魔法使いと結婚することが推奨されており、それはほとんど義務のようなものだ。
リアがディノと結婚できたのは、二人が終戦の立役者だからという数少ない例外である。
そして、魔法使いの魔法は大体十歳前後で目覚め、十五歳になると軍に所属することになる。そして、一度軍に入ると、もう二度と家族には会えない。魔法使いの家が大きくなり、力を待ってしまうことを防ぐためだ。
あらゆる魔法使いには監視がついており、無理に会うことはほぼ不可能だ。
そのほかにも、魔法使いには様々な制約があり、細かいことを上げだせばきりがない。
「父は時間が解決してくれると思っています。兄は帝国と同盟を結べれば改善すると思っています。しかし、私はそうは思いません。このままではいずれ革命が起きます」
「革命……まあそうでしょうね。『魔鎖解放軍』のほかにも、似たような組織はそれなりにありましたし」
「ええ。この国の制度上、魔法使いは戦士として扱われ、為政者となることは決してありません。なので、魔法使いがこの国を変えようと思えば、武力に頼らざるを得ません」
魔法使いと非魔法使いが対立を始め、ダームと戦争をすれば高確率で国は崩壊し、回避してもダームの属国となるしかなく、それ以前に内乱で国が滅びかねない。
今は一見平和だが、一歩間違えればすぐに滅亡しかねない。
それが、アチェスタという国だった。
「私はこの現状を変える為に王にならなくてはいけません。私達にはその為の力がまったく足りていないのです。どうか、私達に力を貸していただけませんか?」
ディノにも愛国心はある。滅びの一途をたどるこの国を守りたいと思っている。
ディノの答えは決まっていた。
「申し訳ありませんが、私はその誘いは受けられません」
頭を下げ、申し訳なさそうにしながらも、はっきりと言い切るディノ。
「今度こそ、理由をキッチリ話してもらいますよ」
「ええ、もちろんです」
ディノは先ほどのように煙に巻いたりはせず、自分の意見をしっかりと話した。
「そもそも、バルヘルの野郎があんな組織を作った原因は、俺が騎士団長になったせいです」
バルヘル・ロースタニアは、愛国心あふれる男だった。
アチェスタという国を愛し、アチェスタのために人生のすべてを捧げていた。
魔法使いの名門の家系と成り上がりの剣士ということで、ディノとは反発し合うことも多かったが、それでも互いの力を認め合い、時には協力し合うこともあった。
そんな男がテロリストに身を堕とし、ディノと殺し合いを演じることとなったのは、ディノが騎士団長となったことが原因だった。
「魔法使いは、良くも悪くもこの国の武力の象徴です。そのことがこの国の魔法使い差別に歯止めをかけている。それが、この国の武における一種の頂点である騎士団長の座に、非魔法使いが就いたらどうなるか」
「アチェスタは、魔法使いとの決別を図ろうとしている、そう捉えられても不思議はありませんね」
そして、ほとんどの国民はそう捉えた。憎きダームを支配する魔法使いたちの時代はもう終わった。この国にはもう、魔法使いなど必要ないのだと。
「現王ロベルトは、根っからの魔法使い嫌いです。おそらくはそういう意図をもっておじ様を騎士団長にしたのでしょうね」
「俺はもう、そんな風に政治に利用されて痛い目を見るのはごめんです」
それが、ディノが騎士団長にならない理由……ではなかった。
「私はおじ様相手にそんなことはしませんよ。それに、それはあくまで建前でしょう?」
そう、建前。決して嘘でもごまかしでもないが、本当の理由は別にある。
一拍置いて、ディノが語り始める。
「……この町は、俺の故郷です。兄がいて、旧友がいて、幼馴染がいて、そうして、娘がいる。だから俺は、この町を守らなくちゃならないんですよ。もう二度と、大事なモノを失いたくはないですから」
その言葉に、半ば置物と化していたビルヘイムが何か言いたげな表情を見せたが、すぐに引っ込めた。今言っても意味はないと、そう判断したからだ。
ソシーナは一瞬残念そうな顔を見せたが、しかしそれも予想していたことだった。
なにせもう四年以上も勧誘し続けているのだ。今回の勧誘も、もしかしたらという淡い期待のもとで行われたものであり、ほとんど期待はしていなかった。
そして、ソシーナは今回のこれで最後の勧誘にするつもりだった。
これから政戦は激化する。成果の期待できない事に、いつまでも構っている暇はなかった。
「そう、ですか。そこまで言うのならば私も無理にとは言いません」
「すいません、わざわざここまで来ていただいたのに」
「いえいえ、何もあなたのためだけに来たわけではありませんよ。そうだ、せっかくなので久しぶりにお茶でもしませんか?おじ様に話したいことが――」