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「話を戻しましょう」


 もろもろの騒ぎにひと段落付き、話は始めに戻った。


「それで、今日は何故わざわざこんな所まで……」

「単刀直入に言いましょう。あなたにはもう一度騎士団長の任に就いてほしいのです」

「……つまりこれまでと用件は変わらないのですね?」

「ええ、そうですね」

「それではお断りさせていただきます」


 詳しい話を聞く前から、ディノはキッパリと断る。王女直々のお誘いという何とも名誉なことだが、ディノの意思はそんなことでは揺るがない。


「何故ですか?」

「そもそも、なんで俺なんかに固執するんですか?何度も使者を寄越したり、果ては姫様自ら……」

「あなたが、私達に必要だからです」

「……それが分からないんですよ。確かに俺は一時期騎士団を率いていました。けど、所詮俺は魔法が使えないんですよ。それなのに――」

「まさか、私が何も知らないあの頃のままだとでも思っているのですか?私が昔のよしみだけであなたに固執しているとでも?」

「……」


 図星であった。

 目の前の少女は何も知らないあの頃のままだと思い込み、適当に煙に巻こうとした。

 だが、彼女は八年前とは違ったのだ。あの日からずっと停滞したままの自分と違い……


「この八年で、少しだけおじ様について調べました。聞いてみますか?」


 ディノはゆっくりとうなずき、ソシーナは話し出す。


「本来の入隊制限は十五歳ですが、戦争中における特例として十三歳で入隊。演習の一環として古代遺跡の発掘チームに同行し、そこで古代の魔道具に触れました」


 ソシーナが、ディノの腰元にたたずむ剣に鋭い視線を向ける。


「それが、生贄の剣。あらゆる生贄(モノ)を喰らい力に変え、所有者に厄災を呼ぶ剣です」

「――こいつを、そんな物騒な呼び方しないでもらえますか?その厄災は、俺の弱さが招いたものです」

「……おじ様がそれで良いと言うのであれば、私は何も言いませんが……」


 ソシーナは明らかに納得していない様子であったが、話を続ける。


「おじ様は強力な魔道具であるその剣に選ばれたことによって、本格的な戦場に送られる運びとなり、そこで一年間の実戦の後、疲労した心身の療養のために一度クスワに里帰りをしました。そこで運悪く魔物に遭遇し命を落としかけますが、生贄の剣の()()()使()()()に気づき何とか生き残りました」


 本当の使い方、という言葉にまたディノは口を挟もうとして、やめた。

 気に入らない話だが、()()()()名前である以上確かにその使い方が本来のものなのだろう。


「それは人を生贄として使うこと。そして最初に生贄となったのは、あなたの母親でした」


 普通、生贄の剣といえば真っ先に()()()()使い方を想像するだろう。ディノが死にかけるまでそれに思い至らなかったのは、またその時に思い至れたのは、剣のおかげに他ならない。


 初めて会った時、剣は自らの能力を偽り、人間には使えないことにしていた。

 だがディノを救うためには、その嘘を暴くしかなかった。


「……」

「今更気にしてんじゃねえよ、何十年前の話だ?」

「じゃが……」

「確かにお前を恨んだこともあったが……昨日お前も言ってたとおり、お前は腰から動けもしねえんだ。なら俺が何をしようがお前に責任はねえよ」


 押し黙る剣にディノはぶっきらぼうに声をかける。

 剣は未だにその時のことを気にしていたが、ディノの気遣いを受けてそれ以上は気にしないことにした。


「剣の本当の力に気づいた軍上層部によって、あなたは多くの味方を生贄にすることを強要されました。記録には、自ら進んで、とありますがまあこれは都合のいいうそでしょうね。しかし、その力のすさまじさは戦績を見ただけでわかります。二十を超える戦場において最前線で軍を率い、確認されただけでも百以上の魔法使いを撃破している。噂だけの話をするのならば、七日間飲まず食わずで戦い続けた、十を超える魔法使いを一度に倒した、なんて突拍子もないものもありますけど」


 その言葉にディノは苦笑いを浮かべる。ソシーナの言う“突拍子もないもの”は多少脚色されているとはいえほとんど事実だったからだ。

 ディノの剣の特性上、食料などの物資は剣の生贄になることが多く、物資がないまま補給部隊のいる陣地まで何日も歩かなければいけないこともあったし、帝国の罠にかかって十人以上の魔法使いに囲まれたこともあった。


 そんな苦い思い出を思い出しているディノの顔が、次のソシーナの言葉で引き締まる。


「けれど、そんな華々しい戦績とは裏腹にあなたは孤独でした。なぜなら、あなたに近づくものはみんな生贄となってしまうから。あなた自身も、もう生贄を作らないように他者から距離を置いていた」


 ディノの脳裏によみがえったのは、先ほどとは比べ物にならないほどに苦しい思い出だ。

 大事な仲間たちが光となって消えていく。そんないやな記憶。


「そんな中、おじ様はリアと出会った。孤独と絶望を癒してくれる存在に出会った。おじ様の中でどんな心境の変化があったのかはわかりませんけど、あなたはそれ以来人を生贄にしていない。ただの、一度を除いて」


 その後、ディノが十八歳の時に戦争は終わり、娘のアリシアも生まれた。

 戦争の活躍によりフリスターという姓ももらった。

 二十二歳で史上最年少の騎士団長にも任命され、まさに順風満帆な人生を送っていたといえるだろう。


「すべてが変わったのは八年前のあの事件、『魔鎖解放軍』の乱の時。いえ、もっと前から何かが狂っていたのかもしれませんね」

「俺が騎士団長になったあたりからでしょうね。変わったのは」

「――あの事件に関しては、詳しいことは私もあまり知りません。調べようにも、情報がかなり秘匿されているのです」

「そりゃあ、そうでしょうね。何せあの事件の首謀者は、俺と同じ終戦の三英雄の一人だ。事件の当時ならともかく、姫様がまともに調べ事ができるようになった頃には、もうほとんどの情報が破棄されてたでしょう?」


 終戦の三英雄とは、その名の通りダーム帝国との戦争を終わらせる大きな要因となった三人の英雄のことだ。

 死神ディノ、白氷リア・フロリア・グラトニー、魔鎖バルヘル・ロースタニア。


 そして八年前、バルヘルは『魔鎖解放軍』という今の政権の打倒を目指した組織を率いて、反乱を起こそうとしていた。そう、終戦の英雄が国に仇なすテロリストになり下がったのである。厳重に秘匿されるのも当然の話だった。


「一体あの日、何が起こったのですか?確かにバルヘルは魔法使いの中では最強とも呼べる強者でしたし、『魔鎖解放軍』には多くの魔法使いがいました。それでも、あのディノとリアが負けるとは到底思えないのです」


 死神ディノといえば、魔法使いの天敵として知らぬ者はいないほどに有名であった。

 疾風のごとき速さで戦場を駆け抜け、その剣を捉えることは何者にもできなかったという。状況次第では千の雑兵と同等の力を発揮するとすら言われる魔法使いを、一人で百人以上も殺しているのだ。当時においては、まさしく最強の存在であったといっていいだろう。


 そして白氷リアといえば、王国内では飛びぬけて最高の威力を持つ氷の魔法使いとして有名だった。

 戦場すべてを凍り付かせ、ただの一度の魔法で数百、いや数千を超える敵兵を氷の彫刻に変えたという。魔法使いながら白兵戦もこなし、時に体を張って味方を守った。その見るものすべてを魅了する美貌も相まって、戦場では神聖視されていたほどだ。


 そんな二人が、剣の力を使わなければいけないほどに追いつめられる姿が、ソシーナには想像ができなかった。


 そんなソシーナにディノは言う。


「運の悪いことに、ゴーレムが出たんですよ。これまで出会った中でも飛びぬけて強い奴が。それで俺は死にかけてリアに命を救ってもらった。それだけですよ」


 リアの死に様を話すにしては妙にあっさりとしているディノに、ソシーナは疑いの目を向けて再度尋ねる。


「本当に、それだけですか?」

「ええ、もちろんです」


 その言葉で、ソシーナは確信する。

 ディノは何かを隠している。だが、それを話すつもりは全くない。

 おそらくはディノも、自分が隠し事をしていることは見抜かれていると分かっているのだろうとソシーナは推察する。


「互いに知りたいことも知れたことですし、俺の話はもういいでしょう?」


 たとえ旧知の仲であろうと、知られたくないことはある。

 言外にそう伝えるディノに、ソシーナはため息をつく。

 このまま問い詰めても無駄だろうと、ソシーナは話を切り変えようとするディノに乗る。


「そう、ですね。では次に、私の話をしましょう」



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