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「それで、領主のあんたが俺なんかに何の用だよ」


 不機嫌そうな様子でディノが目の前の男に尋ねる。

 長いひげが特徴的なその男の名はビルヘイム・オーラス・リコック。

 このオーラス領の領主である。


 貴族相手に、元騎士とは言え今はただの平民であるディノがこんな口を聞いてしまったら、不敬罪で牢屋にぶち込まれても文句は言えないのだが、ビルヘイムはそんなディノの様子をさして気にした様子もなく、むしろ申し訳なさすら感じられる声音で言った。


「私と君の仲じゃないか。そう不機嫌にならないでくれ」

「いきなり拉致同然に馬車に連れ込まれて、不機嫌にならねえ奴がいるんだったら見てみたいな」

「それはすまなかったと思っているよ。こちらも急な話でね。焦って性急な手段をとってしまったんだ。」


 ビルヘイムとディノは同じ町で育った幼馴染同士であった。

 ディノが王都に行ってからはしばらくの間疎遠になっていたのだが、帰ってきてからはたまに顔を合わせるようになっていた。


「勘弁してくれ。私もこの町の守り神に嫌われるわけにはいかないのだよ」

「おいおい、勘弁してくれはこっちのセリフだって。お前までそんな名前で呼ぶのかよ」

「何を言うか。七年前に君がこの町に戻ってきてから、クスワの魔物の被害はみるみる減っていった。それにともない、憲兵にも余裕ができ、犯罪率も低下した。先の戦争の影響が色濃く残るこの町で、君はまさに救世主だったのだよ」

「そんなこと言われてもな……」


 ディノは鍛錬を兼ねて魔物を狩っていただけであり、それを褒められると面映ゆいような気持になるのだ。


「ふむ、そう考えると変わったものだな。あのいつも私の後ろをひょこひょこついてきていた泣き虫が守り神とは……」

「ハッ、それを言うならお前の方もだろ。悪ガキの大将だったお前が、今や立派な領主様だ」

「ハッハッハ!まったくだな。あの頃からは考えられない」


 そんな軽口をたたき合って、二人は昔を思い出していた。


 いつも泣いてばかりだったディノと、いつも悪さばかりしていたビルヘイム。正反対の二人だったが、なぜか馬が合ってよく一緒にいた。主に、家から抜け出して悪さをするビルヘイムにディノが巻き込まれるという形だったが。


 そんな二人が明確に変わったのは二十五年前のことだろう。当時ディノは八歳で、ビルヘイムは十二歳だった。そのころ、ちょうどダーム帝国との戦争が勃発して、国境沿いのオーラス領は真っ先に狙われた。

 もちろん領主も対策はしていた。港には大量の軍艦を用意していたし、国境には兵が十分にいた。だが敵は、空から来た。帝国で開発された魔道飛行機によって、数十人の魔法使いが空から奇襲してきたのだ。

 そして領都でもあるクスワは、帝国の魔法使いの手によって落とされた。


 その時に、二人は父親を失っていた。二人が変わったのはそれからだ。

 ディノは自分とこの町を救ってくれた兵士に憧れ、もう二度と大事な人を失わないために訓練を始めた。ビルヘイムは偉大な父親の跡を継ぐため、屋敷にこもって学び続けた。


 それ以来、二人はしばらく疎遠になっていたのだが、何の因果かまたこうして二人笑いあっている。

 ディノがクスワに戻ってきた七年前から何度も繰り返してきた光景ではあるが、それでも未だにディノの胸にはこみあげてくるものがあった。


「まあ雑談はこれくらいにして、今回君を呼び立てた用件を話そう。実は君に客人が来ているのだよ」

「客?」

「ああ、君もよく知っているあの――」

「失礼します。ビルヘイム様、親衛隊の方々がお目見えになっております」

「通せ」


 ビルヘイムが客について話そうとしたとき、扉の奥から秘書らしき男の声がした。

 いったい何者だとディノが扉のほうに顔を向けると、音もたてずにその一団が入ってきた。ディノは彼らの顔を見た途端、嫌そうな顔をした。


「こんばんは、ディノ殿」

「なんだ、またあんたか。領主に呼び出されるから何事かと思ったぞ」


 扉から現れたのは一団の先頭にいるのは、ディノもよく知った黄金色の髪を短く切りそろえ、きらりと光る眼鏡をかけた優男。つい先日、二十二歳という若さで第三王女親衛隊隊長に任命された有望株、フェクト・オピニウス。

 そしてその後ろに続くのは親衛隊のメンバーの一部と、王室所属の侍女たち。

 ディノは後ろの人たちには覚えはないが、フェクトに関しては顔見知りだった。


「……まずは、隊長昇格おめでとう。そしてさようなら」

「ありがとうございます。そして相変わらず冷たいですね」

「当たり前だ。言っておくが俺は騎士団に戻る気はないぞ」


 フェクトの目的はスカウトだ。

 未だフェクトがただの騎士であったころから、第三王女の命を受けてディノをスカウトしてきた。それはかつての騎士団長ディノ・フリスターにもう一度騎士団長の座についてくれないかという話。

 だが、ディノはこの話を長年断り続けてきた。


「そんな大人数で押し掛けるどころかビルヘイムまで使いやがって。いい加減しつこいぞ」


 先ほどよりもさらに不機嫌さをにじませて、ディノは言う。

 フェクトはこれまで何度もディノのもとを訪ねてきた。これまでは一人か、多くとも三人ほどで家に押しかけてきていた。

 それが、今回はなぜか大人数で旧友のもとへと押しかけていた。

 自分一人ならともかく旧友にも迷惑をかけるとなると、さすがにディノの堪忍袋の緒も切れそうだった。


 だが、フェクトがこんなことをしたのにも理由がある。


「ディノよ、お主も気づいておるのじゃろう?」

「ああ」


 剣の問いに、ディノは短く答える。

 ディノはフェクトがこんなことをした理由に心当たりがあった。


 一介の騎士であったころならともかく、王族の最終防衛ラインである親衛隊の隊長にまでなった男がぞろぞろと部隊の人員を引き連れてくる理由。そんなものは一つしかない。

 ディノは、真珠のような耳飾りを付けた侍女を見付けるとその人のもとに歩み寄り、そして――跪いた。


「お久しぶりです。ソシーナ王女殿下」


 恭しく跪いたディノに、その侍女はフッと笑うと、その耳に着けた飾りを外した。


 すると、その侍女は見る間に姿を変え、すれ違った人すべてが振り向くような美貌を持った女性へと変貌した。

 彼女の持つブロンドヘアと意志の強い瞳は、一度見れば誰もが忘れられないような苛烈な美しさをもっている。それでいて少しばかり幼さの残る顔立ちは、見るものに親しみやすさを与えてくれる。


「わざわざ魔道具まで持ち出したというのに、おじ様には通じませんでしたか」

「昔、王城で見たことがありまして」


 気品のある笑みを見せる彼女の名は、ソシーナ・アチェスタ・フラペリウム。

 アチェスタ王国を治めるフラペリウム家の三女。すなわち正真正銘のお姫様である。


「相変わらずのおてんばじゃな。外見以外はたいして成長しとらんと見た!」

「聞こえてないからって堂々と失礼なこと言うなよ……」


 顔を下げながら小声でツッコむディノ。


「おじ様、頭を上げてく出さい」

「いえ、それは……」

「あなたは私の家臣ではないのですよ。それに今はこちらがお願いをしているのですから」

「……分かりました」

「というか、私としては初めて会った日の様に砕けた話し方でもよろしいのですが……」

「それはもう忘れてくださいよ」


 彼らの出会いはソシーナの住む王城、ではなく城下町の路地裏であった。

 よく王城を抜け出しては息抜きをしていたソシーナは、今の王政に不満を持つ魔法使いたちの組織によって誘拐されかけた。もちろんこっそり護衛はついていたのだが、護衛の魔法使いの中にその組織のシンパがおり、完全に情報が筒抜けだったために機能しなかった。


 そこでソシーナを助けたのが、当時ただの騎士であったディノだ。

 彼は最初ソシーナのことを王女だと気づかず、またソシーナも王城の人たちから怒られるのが嫌でしばらく帰りたくなかったために、自分が王女であることは黙っていた。


 ソシーナはその時のことを指して言ったのだ。

 自国の王族の名前と顔も知らないのかと、リアを含め色々な人に呆れられ、実は正体に気づいていた剣に散々からかわれたりもしたので、ディノにとっては軽い黒歴史である。


 ちなみにそのあと、ソシーナはたっぷり怒られて外出禁止令を出された上に、こっそり抜け出せないように監視の目も厳しくなった。

 そんなソシーナをディノやリアが外に連れだしたり、一緒に食事をしたりしていた。

 だが、八年前の事件以来ずっと疎遠になっていたのだ。


「では改めて……本日は突然お呼び立てしてしまい申し訳ありませんでした」

「いえ、そんな姫様が謝られることなんて……」


 頭を下げるソシーナに、ディノは恐縮する。確かに突然のことにイライラしていたが、それでも一国の王女が頭を下げている光景というのは落ち着かなかった。

 そこにフェクトが割って入る。


「いえ、ディノ殿が気になさる必要はありません。むしろこのいたずら好きをたっぷり叱ってもらいたいくらいです」


 ソシーナにいつも手を焼かされている苦労人フェクトは、真顔でディノに言う。

 苦笑いで返すディノにその気はないと見るや、ぐるりと回ってソシーナのほうを向いた。


「ソシーナ様はもっと周りの人に与える影響を考えるべきです。今回はこの程度で済みましたが、私が止めなかったらもっと派手なことしたでしょう?」

「そうでしたか?」

「自分に手を出したことにして強制的に味方に引き入れようとか、町で大々的にお別れパーティをやって戻るに戻れなくしようとか言ってたじゃないですか!」


 王女相手にこんなこと言って大丈夫なのかと剣が他の近衛や侍女たちをみると、彼らはその光景を温かく見守っている。彼らにとってはいつもの光景なのだ。

 一方ディノにとってはそんなことより聞き捨てならない言葉があった。


「ちょっと待ってください。姫様そんなこと考えてたんですか?」

「……ただの冗談ですよ」

「いえ、目が本気でした。私が止めなければ実行していたと思います」


 フェクトとソシーナで話が食い違っているので、意見を求めるように近衛たちを見ると、彼らは苦笑いを浮かべながらうなずいた。


「あなたたちはどちらの味方なのですか!?」

「我々はいつでもソシーナ様の味方ですよ」

「姫様、ちょっと話を聞かせていただきたいんですけど……」


 本格的な事情聴取に移行しようとするディノに、ソシーナは秘技・涙目&猫なで声で迎え撃つ。


「だって、おじ様が突然いなくなって、一度も会いに来てくれないから寂しくて……」

「う、それは悪かったと思ってますけど……」

「だから、おじさまに久しぶりに会えることになって舞い上がっちゃって……」

「まあ、それなら仕方ないですかね……」

「では、今回の件はこれで水に流すとしましょう!」

「あれ、なんか涙引っ込んでません!?ウソ泣きだったんですか!?」


 一瞬で笑顔に変わったソシーナを見て、ようやくウソ泣きに気づくディノ。


「内面は変わっとらんという先のセリフは取り消そう。いつの間にか妙な悪知恵を付けおって……」


 時が立つのは早いのうと年寄り臭いことを言う剣(実際この中では最年長なのだが)。


「一応ここ私の執務室なんだけど……。かなり時間が押してるんだけど……」


 突然の来訪で無理やり時間を空けたために、かなり予定を狂わされたビルヘイム。

 自分の部屋で完全に置いてけぼり食らっていることといい、扱いがかなり雑である。

 そしてそれらを温かく見守る近衛たち。


 本来静かな場所であるはずの執務室は、突然の喧騒に包まれていた。

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