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 最悪な景色が蘇り、思わず飛び起きる。ディノは自分の両手が血にまみれていないことを確認し、ここが戦場でないことを確認しなければ、落ち着くことができなかった。


「……また、悪い夢でもみたのか?」

「ああ……まあ、な」


 その夢を見始めたのは何年前からだっただろうか?少なくとも十五年は戦場の夢に苦しめられている。最近は特に酷く、今日の様にしばらく取り乱してしまう日が続いていた。


「今日の見回りはどうするんじゃ?体調が優れんのなら、午後からでも良いのではないか?」

「……いや、町周辺の魔物の対処は俺の仕事だからな。とっとと終わらせるに越したことはない」

「誰からも頼まれてないことを仕事とは呼ばん。お主がやっておるのはボランティアじゃ」

「……いいんだよ、仕事で」


 彼の仕事は町周辺を探索し、魔物を発見し次第狩ること。仕事とはいっても雇い主がいないため、給金はでない。


 このおかしな状況は、そもそもディノが魔物を狩り始めた理由に原因がある。

 子どもの頃から戦いばかりしていたディノが、騎士団を辞めた後の引きこもりの様な自堕落な生活に馴染めなかったのだ。あえて悪い言い方をするならば、暇潰しに魔物を狩り始めたのである。

 正式に警備隊として雇われるという話もあったのだが、国に仕えるということに抵抗のあったディノは断ってしまった。よって、無職なのにボランティアで危険な仕事をするという、おかしな状況ができあがってしまったのだ。


 町の外に出たディノは街道から少し逸れて歩き始めた。

 ディノの住んでいるオーラス領には山村が多く存在し、クスワはそれらの村と他の町との交易の中継地点として栄えている。その為、街道を通る馬車は決して少なくなく、それらを守るためにいつも街道近くから巡回を始めているのだ。

 ならば街道を歩けば良いのではと思うかもしれないが、舗装された道は衛兵が巡回しているのだ。ディノのおかげで魔物による被害が格段に減っているのは事実なのだが、ディノが衛兵の仕事を奪っているのもまた事実であり、彼らに会うのはなんとなく躊躇われた。


 しばらく歩いていると、前方におぼろ気な影が見えた。更に近づくと、それは荷馬車の後ろ姿だった。そこで、ディノはふと違和感を覚えた。

 馬車とディノの進行方向は一致しており、ディノはただ歩いているだけ。にも関わらず、馬車との距離は縮まっている。


「止まってんのか?こんな道の真ん中で?」

「……よく見ろ、ディノ。どうやら仕事のようじゃぞ」

「……魔物か!」


 その先には、一本の角と三つの目を持った狼型の魔物が馬車を襲っていた。

 その姿を見とめたディノは一気に加速し、あっという間に馬車へと近づく。走っている間に懐から常備している石を取り出して、生贄にしておく。


 今にもとびかかろうとしていた狼と商人らしき男の間に間一髪割り込む。

 角での攻撃を剣で受け、カウンターで蹴りをたたき込む。

 悲鳴を上げて吹き飛ぶ狼に、ディノが追撃する。が、しかし狼はすぐに立ち上がり、その場から消えた。


「なんだ?」


 驚くディノの前に、今度は三体のオオカミが現れる。


「幻術を使う魔物か。珍しいのう」


 三対はそれぞれタイミングをずらしてとびかかる。が、ディノは他二体には目もくれず、右前方に現れた狼のみを切る。

 常人であればどれが本体なのかは分からなかっただろう。だがある程度の実力があれば、足音や風圧から幻術を見破るのは容易だった。ディノにとっては、単純にパワーに特化された魔物よりもよほどやりやすかった。


 狼は首を切られ、光へと変わっていく。

 僅か数秒で魔物を退治するディノの手並みは、とても鮮やかだった。


 そんなことは気にも留めず、ディノはさっさと魔物狩りへと戻ろうとする。

 と、そこへ馬車の中から老人が近づいて来た。

「助けていただき、どうもありがとうございます。一時はどうなることかと」


 満面の笑みを浮かべる老人に、ディノはどこかよそよそしく答えた。


「いや、気にしなくていい」

「いえ、そういうわけにもいきません。ぜひお礼を」

「別に礼なんて……」

「いえいえ、命の恩人を手ぶらで返したとあっては商人の恥。さあ、こちらに」

「……いや」

「さあさあ、こちらにどうぞ」


 結局、押しの強い老人に根負けする形で馬車に乗り込むことになった。

 どうやら商人たちは隣町からクスワに向かう途中であり、クスワまで送るだけなら大した手間もかからないだろうとディノは自分に言い聞かせた。


 馬車の中で、お礼という名の押し売りをしてこようとする老人を何とか躱し、魔物と戦うのよりよっぽど疲れたと一息ついていた頃、誰かに話しかけられた。


「ひょっとして、あなたがクスワの守り神のディノ・フリスター?」


 それは明るい茶髪を大きめの帽子で隠した男だった。

 年配の者が多い商人たちの中ではかなり若い。おそらくアリシアより少し上くらいではなかろうか。人懐っこそうな笑みは、見るものに安心感と親しみやすさを感じさせる。


「あ、そうだお礼を言ってなかったね。さっきは助けてくれてありがとう。僕の名前はヨウム。守り神に会えて光栄だよ」

「頼むから守り神はやめてくれ」

「そう?じゃあディノさんって呼んでもいい?」

「……好きにしろ」

「やった!」


 ディノはヨウムのことをうるさそうなやつだな、と思った。

 馬車に揺られる間、しばらくヨウムと話をしていてもその印象は変わらなかった。


「――それでさー、その護衛達隣の町でなんか予定があるとか言って勝手に帰っちゃったんだよ?酷いと思はない?まあ、成功報酬を払う必要がなくなったのはよかったけどさ」

「そうか」

「それで新しく護衛を雇うのももったいないし、もう目的地の隣までついてたからさ、護衛はいなくてもいっかと思ってそのまま来たんだけど、まさか護衛がいなくなった途端に魔物に襲われるなんて」

「それは災難だったな」

「でしょ。そうそう、災難といえばさー、前にも似たようなことが――」


 とにかくヨウムはおしゃべりだった。マシンガントークを披露するヨウムに、ディノはしばらくの間ただうなづくだけのマシーンと化していた。


「ところで、なんでお礼断っちゃったの?もらえばよかったのに」

「……お礼受け取るついでに他の武器も押し売りされたから逃げてきた」

「あ~、うちのおじいがごめんね。けど理由はそれだけじゃないよね。ひょっとして、その剣が魔道具なことに関係してるんじゃない?」

「見てわかるのか?」

「そりゃあ武器商人だし」


 魔道具を魔道具であると判別するのは難しい。

 実際に、ディノは戦場で戦闘用の魔道具をもったものと交戦したことがあるが、普通の道具との違いは全く分からなかった。専門の知識をもった者ならば見分けも付くというが、ディノにはその方法はさっぱりわからない。


「魔道具っつってもそんなに面白いもんでもねえぞ」

「いやいや、面白いと思うよ。その剣に切られた石が、魔物みたいに消えたんだからさ」

「なんだ、そこも見てたのか」

「見られたくないんなら、切った石は捨てずに回収する事をオススメするよ」


 ディノは、自分の剣の性能のことをあまり人には話したがらない。

 自分の武器の詳しい情報が敵にわたるのを防ぐためという理由ももちろんあるが、大部分はディノの感情の問題だ。

 だが、少し隠して話せば問題ないだろうとディノは剣について話した。


「あ~、この剣は確かに魔道具だ。それもいわゆる呪いの品でな」

「呪い?」

「ああ、この剣は俺から一定範囲離れると戻ってくるんだ。大体一メートルくらいだな」

「なるほど。捨てることができない剣、か。確かに、お伽話の呪われた剣みたいだね」

「そうだな。それで、ほかの武器を使うこともできない」

「へ~、だからお礼の武器は断ったんだ」


 実は、他の武器を使おうとすると剣に怒られるだけであり、使うことは不可能ではない。


「儂という最高の剣を持っておるのに、別の武器に浮気するなんぞ有り得んじゃろ」


 ディノはツッコみたい気持ちをグッと我慢して、ヨウムとの話を続けた。


「それじゃあ、剣はどんな効果を持ってるの?」

「あれは切ったものを代償にして、一定時間剣の切れ味が増すんだ。効果は所有者にとって大切なもの程、上がる」

「へぇー、じゃあ石ころ切っただけだと全然切れないけど、金貨切ったら物凄く切れやすくなるってこと?」

「大体そんな感じだ。切るって言っても普段は刃がないから、沿わせるって感じだけど」


 剣には少なくとも見た目上は刃があるように見える。

 だが、剣が刃物として働くには生贄が必要であり、その刃が斬性を持つことは決してない。

 物理的に考えると意味不明だが、物理を超越しているからこそ"魔"道具なのである。


「その代償にするものって、何でも良いの?例えば、相手の鎧を切って消したりとかは……」

「ああ、生物じゃなければ何でも可能だ」

「魔法も?」

「いや、それは駄目だ」

「へー、そうなんだ。あ、生物じゃなければ何でもってことは、じゃあ生物は?」

「……それは出来ないな。この剣は生きてる奴には効かない」

「そうなんだ」


 ディノは嘘をついていた。

 実際には生物であっても相手の了承を得ていれば生贄にすることは可能だ。獣や虫や植物が了承することはまずないので、ほとんど人間限定のようなものだが。

 嘘をついている罪悪感から少し居心地の悪くなったディノは、話題を切り替えることにした。


「……魔道具で思ったんだが、お前のところには魔道具は売ってないのか?お礼を見てるときには見かけなかったんだが」

「あっはは。そりゃあ無理だよ、ディノさん。魔道具は国が管理してるんだから、大規模な商店ならまだしも、うちみたいな個人経営の店が扱えるわけないよ」

「そうなのか……あ、じゃあ銃とかは持ってないのか?」

「それも厳しいね。国内産の銃は高いくせに質が悪いからろくに売れやしないし、リングルから輸入しようにも、遠いうえに銃の製造所持を禁止しているダームを通らなきゃいけないし。さすがにダームを越えるのは厳しいからね」


 ディノたちの住むアチェスタ王国は、三方を海に囲まれており唯一陸地のある東側にはダーム帝国がある。そのさらに東にあるのが、魔法使いのいない国リングル連邦である。

 リングルは魔法使いの入国を禁止しており、魔法の代わりにどこよりも科学文明が発展している。

 その理由は、リングルがかつてダームの非魔法使い差別から逃げ出した人々の作った国だからだ。だからその二国は、長年敵対関係にある。


 リングルの作る火器は高性能だが、それをアチェスタまで運ぶのは難しい。

 常に戦時下のようなピリピリとした空気感を持つリングルとダームの国境を抜け、非魔法使いに力をもたせないために様々な武器の所持を厳しく制限しているダームを抜け、一応終戦したとは言えいつまた開戦するかもわからないアチェスタとダームの国境を抜けなければならないのだ。

 ダームを越えられないのは銃の製造技術に関しても同様で、アチェスタ製の銃の質はずっと低く、魔法のほうが強いので誰も使わず、その為に技術は発展しないという状況が続いていた。


「着きましたよ」


 そうこうしていると、いつの間にか馬車はクスワについていた。


「じゃ、俺はこれで」

「あ、うん。ありがとうね、ディノさん。町に着いたら、何か別の形でお礼するから」

「押し売りはやめてくれよ」

「おじいじゃないんだから、しないよ」


 そう笑って、ディノとヨウムは別れた。


 そうして、ディノがさてパトロール再開だと歩き出そうとすると、衛兵に呼び止められた。


「あの、ディノ・フリスターさんですね?」

「ああ、そうだが……何の用だ?」

「領主様がお呼びです。馬車にお乗りください」


 衛兵は、怪訝な顔をするディノを半ば強引に馬車に押し込んだ。

 ディノは内心に嫌な予感を覚えながらも、衛兵たちのどこか必死な様子に渋々従った。



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