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26

 


 二十年後(ディノ・フリスターが騎士団長に復帰してから十二年後)


 アチェスタ王国王都、王城の一角に構えられたとある研究室。

 そこで彼女は()()()()()()


 彼女は始め、夢か幻だと思った。

 なぜなら彼女はもう死んだはずだからだ。

 だが、瞼を開けて見た景色は妙に現実感があった。


「えっと、一応お尋ねしますが、あなたのお名前は?」


 そこで彼女は知らない女性に話しかけられた。

 知らない、と言うのは語弊があるかもしれない。

 その女性は彼女に瓜二つだった。


 一瞬、まるで鏡を見ているかのような気分になるが、自分との違いが分かる。

 それは彼女の掛けている眼鏡だとか着ている白衣だとか、短く切りそろえられた銀髪だとかでも分かるのだが、何よりもその目が違っていた。自分のように偽りで隠れた目ではなく、素直で優し気な目。


 そんな彼女の瞳は今、期待で満ち溢れていた。

 体勢もどこか前のめりで、待ちきれないといった感情を必死で押し殺して冷静さを保とうとしている。

 そんな彼女に押されて、名前を答える。


「……私の名前はリア・フリスターよ」


 彼女――リアがそういった途端、その女性は興奮を抑えきれずに喜びをあらわにする。


「やった!やっと成功した!ようやく母さんを元に戻すことができた!」


 母さんという言葉と、あまりにも似た彼女の容姿。

 それでリアは彼女の正体を察した。


「あなたもしかして、アリシア?」


 尋ねられた彼女はリアの方へと向き直ると、あらためて名前を名乗る。


「そうよ、私はアリシア・フリスター。久しぶり、母さん!」


 自分で尋ねておいて、リアは未だに目の前の光景が信じられなかった。

 なにせリアが最後に自分の娘と会ったのは炎に包まれる中で、その時はまだ七歳だったのだ。

 それが目の前の彼女がアリシアだと言うのだから信じられなかった。


「あはは、やっぱりまだちょっと信じられないよね。いろいろと話をする前に、とりあえず服着てくれる?」


 言われて初めて、リアは自分が服を着ていないことに気づいた。

 アリシアが用意した服を着て、別室へと移る。


「さて、とりあえずいろいろと混乱していると思うから。まずは母さんの身に何が起きたのかを簡潔に説明するね」

「ええ、お願いするわ」


 アリシアの説明は以下のようなものであった。

 そもそも、生贄の剣に生贄が捧げられる時とと魔物が死亡する時に起こる現象はとても似ている。物質が光の粒子と化し、天へと昇るのだ。

 ではその光はどこに消えるのだろうか。少なくとも普通に人が死ぬときにはあの光は出ない。だから普通の人間が死んだ後に行く場所とは違うはずだ。

 そして、二十年前と十二年前に現れたあのゴーレム。あれは確かに全く同じ個体だった。さらに数百年前に現れて以来全く減ることのない魔物たち。

 これらから導き出されるのは、もしかしたら魔物は光となることで生き返っているのではないか、という説だ。


 実際にそれを確かめるため、女王ソシーナ協力の下で調査が行われた。数年かけてほんの数例だけだったが、まったく同一とみられる個体が確認された。

 これは魔物は永遠に減ることはないという証明となってしまったが、それでも大きな進歩ではあった。それに、もしかしたらこの光を研究すれば魔物を何とかできるかもしれなかった。

 そして、この光と生贄が発する光が同一のものと仮定し、剣の仕組みの解明を始めた。


 ここで剣本人の知識も役に立った。

 生贄の剣は、もともと望みを叶える剣であったこと。記憶や知性などの、非物質的なものも生贄にできること。肉体が消失すると、魂のようなものが見えるようになること。

 そして、それらを基に様々な人たちの協力を受けて研究を進め、今日に至ったのだ。

 アリシアは詳しい研究の内容や過程も語ったのだが、リアに理解できたのはそこまでだった。


「なんとなく分かったわ。つまり私は、何年かぶりに生き返ったということなのね」

「正確にはちょうど二十年ぶりだね。いつの間にか母さんと同い年になっちゃった」


 嬉しそうに話すアリシアに対し、リアは未だに少し信じられないでいた。

 しかしそれよりも今は聞くべきことがあった。


「ところで、ディノはどうしてるの?」

「父さんなら今は騎士団の仕事だよ」

「そう。いつ頃帰ってくるの?」

「ソシーナ陛下がダームとの会談に言ってるから、その護衛で長期出張中なんだよね。けど明後日には帰ってくると思うよ」

「そう……ソシーナ()()?」


 耳慣れない言葉に、リアは思わず聞き返す。

 リアが最後に会った時、ソシーナはまだ十歳だったのだ。そんな彼女が今は王様をやっているなど、まるで信じられなかった。


「あ、そうだよね。じゃあ母さんの知り合いが今何をしているか、簡単に教えるね」

「ええ、お願いするわ」

「まずソシーナ陛下はダーム帝国との休戦協定期間の延長とか、有力な魔法使いや軍人が軒並みソシーナ陛下側に付いたこととかが影響して、六年前にこの国の女王様になったの。まあ、その時もアキレス第一王子といろいろゴタゴタがあったんだけどね」

「へえ、休戦期間の延長。ソシーナちゃん、やるわね」


 一国の王をちゃん付けで呼んだリアに、アリシアはギョッとする。

 リアの感覚としてはソシーナはまだかわいい子供だった。


「えっと、次に伯父さんと伯母さんは、今はリングル連邦にいるね」

「え?なんで、というかどうやって?」

「そこらへんはまあ、今度会った時に本人に聞いてよ。話すのちょっと面倒だし」

「なんでそこだけはぐらかすのよ……」


 リングル連邦に行くにはダーム帝国を越えなければならない。いくら休戦協定が結ばれたとはいえ、そう簡単に行き来できるのだろうか?

 そんなリアの疑問は無視してアリシアは話を進める。


「それであとは、フェクトさんは近衛兵長になってソシーナさんについて行ってるね。それに二人は――」

「あ、ごめんなさい。私はその人知らないわ」

「あ、そうなんだ。じゃああとは……母さんって他に誰か知り合いいるの?」

「いないわね」

「そ、そうなんだ」


 母親のボッチ疑惑に娘は言葉を返せない。

 微妙な沈黙が下りる中、先に静寂を破ったのはリアだった。


「そういえば、ロースタニアはあの後どうなったのかしら」

「へ!?い、いや彼とはその……」

「彼?あいつまだ生きてるの?てっきり極刑にでもなったかと思ったのだけど……」

「あ、ロースタニアって終戦の三英雄の方か。私はてっきり……」

「てっきり?」

「何でもない、何でもない!」


 怪しいアリシアの態度を訝しむリア。それを誤魔化すかの様にアリシアは話を進める。


「バルヘル・ロースタニアはあの後すぐに死んだらしいよ。私はその人知らないから詳しいことは分からないけど。『魔鎖解放軍』の他のメンバーも大体同じだね」

「そう、それは良かったわ」

「まあ、そのあと再結成されたりしていろいろあったんだけどね」

「再結成?何があったの?」

「そうだね、そこら辺の話は父さんが戻ってから話すね。二人とも謝らなきゃいけないこともあるから」


 何かやらかしてしまったのだろうかとリアは疑問に思う。

 しかしそれで話は大体終わったらしく、アリシアはググっと背伸びをした。


「今日はもう遅いし、とりあえずこれで終わろっか。今日は私の家に泊まってね」


 赤く染まりかけた空を見て、アリシアはそんなことを言う。

 その姿がなんだかおかしくて、リアは思わず笑ってしまう。


「フフ」

「どうしたの?」

「アリシアも大人っぽくなったなあって」

「当たり前じゃん。私もう二十七だよ」

「あ、その言い方はちょっと子供っぽい」

「もう、からかわないでよ」


 娘と二人で過ごす穏やかな時間。

 リアにとってはありふれたものであるはずなのに、それがやけに久しく感じられた。

 我がままを言うのであれば、さらにそこにもう二人、この場にいれば――


「アリシア!実験は、リアはどうなった⁉」


 そこに、とても懐かしい声が聞こえた。

 力強くて、不安げで、慌ただしい、声が聞こえた。

 その声を、ついさっきまで聞いていたはずなのに、どうしてなのだろうか。

 彼は、ずっとそばにいたはずなのに、どうしてなのだろうか。

 ただ声を聴いただけで、こんなにも嬉しくなって涙が出てしまうのは、どうしてなのだろうか。


「リア!」


 彼は扉を開けると同時にリアの姿を見付け、抱き着いてくる。

 今にも泣きそうな彼に、リアは泣きながら話しかける。


「もう、ソシーナちゃんの護衛はどうしたのよ」

「フェクトに頼んで、一人だけ早く帰らせてもらった。帝国を抜けるまでは一緒だったから、心配ねえよ」

「そんなに私に会いたかったの、ディノ?」

「当たり前だろ?俺はリアがいないとダメなんだからさ」


 二人は抱き合ったまま、徐々に顔を近づけていき……


「ゴホン」


 完全に2人の世界に入っていた二人は、アリシアの咳払いでハッと気を取り直した。

 さすがに娘にキスシーンを見られるのは恥ずかしかった。

 ジトっとした目を向けるアリシアを気にして、二人は離れる。


「もう、二人の仲がいいのは分かったけど、ここは外なんだから自重してよね」

『え?家の中ならいいの?』

「家の中でも私の目の届かない所にしてよね」

『なるほど、声は家中に響かせてもいいと』

「そういうことじゃない!っていうか会ってそうそう下ネタでシンクロしないで!」

『え?今の会話のどこに下要素が?』


 カアッと顔を赤くするアリシアに、二十年たっても素直でかわいいなとリアは思う。

 そして改めてリアはディノの姿を見た

 体つきに関しては昔と変わらないどころかむしろ逞しくなっているくらいだが、顔は流石にかなり更けていた。


「ディノはなんかもうおじいちゃん一歩手前って感じね」

「リアは変わらないな。綺麗なまんまだ」


 再び見つめ合い、二人の世界に入っていこうとしたディノとリアを、アリシアがジトっと睨んで止める。

 と、ディノの体をじっと見ていたリアは一つの違和感を覚えた。

 それは腰に差さった剣だ。リアの知る剣と、形状が違っていた。


「あれ?剣ちゃんは?」


 そういえば、アリシアの話では剣の話は出ていなかった。

 もしや生贄を助けるために生贄の剣はどうにかなってしまったのだろうかと、リアは心配になった。

 そこに――


「おい、アリシア!リアが起きたというのに儂を起こさんとは何事じゃ!」


 聞いたことのない声。それでもなんだか懐かしいような気がするのは、彼女の話し方や性格などを、何度もディノから聞いていたせいだろうか。

 扉が開き、現れたのは小さな女の子。見た目に似合わない口調でしゃべるその子は、リアの姿を見とめると、ニッと笑いかけた。


「もう、まだ新しい体が馴染んでないんだから起きちゃダメでしょ!」

「子ども扱いするでない。こう見えてお主の十倍以上生きてるのじゃぞ?」

「そういう問題じゃないでしょ?一目見たら、すぐに帰らなくちゃダメなんだからね?」


 見た目のさもあって、まるでアリシアが彼女の母親かのように見える。

 それがなんだかおかしくて、リアは涙を流しながらも、思わず笑ってしまう。

 そんなリアに、彼女は話しかける。


「初めまして、じゃな。そして儂は剣ちゃんではないぞ」


 先ほどの会話が聞こえていたのか、彼女はそんな注意をする。その言葉をリアは直接聞いたことはなかったが、やけに言い慣れた様子から、これまでもディノから聞いている以上に文句を言っていたのだろうな、と察する。


「ええ、初めまして。それじゃあ、あなたのお名前を教えてくれるかしら?」


 涙を手で拭いながら、リアは尋ねる。

 そんなリアに、彼女は答えた。


「忘れるでないぞ?儂の名前は――――」


 その名前は、生涯忘れられない名前になりそうだった。


 了

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