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「ハア、もう夕方か」

「黙れ方向音痴。誰のせいじゃと思うておる」

「おい、待てよ。今日何回魔物に遭遇したと思ってんだ!三回だぞ、三回!そして俺は方向音痴じゃねえ!」

「確かに今日の魔物は少し多かった。しかし一番時間のかかった最初の魔物ですら、倒すのに十分もかかっとらん。つまり、その後何時間も彷徨い続けたのはお主のせいじゃ」

「お前だって町の場所分かんなかっただろうが!」

「……はて、どうだったかの」

「……ったく」


 ディノと剣は町に着くとさっそくコントじみた口論を始めた。

 ちなみに剣の声は所有者以外には届かない。そのため、他の人からするとディノが独り言を喋っている様にしか見えないので、ディノは小声で叫んでいた。小声で叫ぶと言うと何だか難しそうに見えるが、剣は街中でも構わずに話しかけてくるので、ディノには必須の特技なのだ。

 ……そもそも叫ばなければ良いじゃないかというツッコミは今は置いておこう。


 町に入ったディノは自分の家には向かわず、兄の営んでいる店に向かっていた。


「ん?アップルパイはもう売り切れてると思うが、それでも店に寄るのか?」

「ああ、兄貴に挨拶しにな。今の時間なら客もいねえだろうから、アリシアも上の部屋だろ」

「……相変わらずのヘタレじゃな」

「うるせえ」


 アリシアとは今年で十五歳になるディノの娘である。今は訳あって兄の家で暮らしており、ディノは一人暮らしだ。

 ディノの妻であるリアは八年前にある事件があり死別している。


 しばらく歩くと、街並みが住宅街へと移り変わっていき、大きな看板がかかった店が見えてきた。看板には『食堂 熊の手』という文字と、ナイフとフォークを持って舌なめずりしている熊が描かれている。

 店のドアを開くとカランカランという鐘の音が鳴り響く。店内はかなりの歴史を感じさせるが、古臭さは感じられずにしっかりと清潔感が保たれていることから、店主の几帳面さがうかがえる。

 鐘の音を聞いてか、カウンターの奥から体格の良い男が出てきた。身長は二メートル程もあり、全身に筋肉が盛り上がっている。腕は丸太の様に太く、まるで熊の様であった。


「いらっしゃい!……って何だディノか」

「よお、兄貴。何だとは随分な言い草だな」


 その熊の……ではなく彼の名はグレイと言い、ディノの兄であった。

 彼はこの町で大衆食堂を経営している料理人だ。

 ちなみに看板に描かれている熊は店主を表しているのではなく、『凶暴な熊でも思わず舌なめずりしてしまう程にうまい食事を提供する』という意味だ。その正確な意味を知っている者はこの町に十人といない。


「……一応聞いておくがお前今日は何しに来た?」

「アップルパイを食いに来た」

「あのなあ。ここは菓子屋じゃなくて飯屋だっていつも言ってんだろ?」

「けどメニューにあるじゃねえか」

「それは食後のデザートとして、だ。お前みたいに菓子だけ食って帰るお客さんはいねえよ」

「そう言いつついつも出してくれてるじゃねえか。まあ、さすがに今日は遅かったみてえだけどよ」


 この店は日が沈むと共に閉店であり、アップルパイはそこそこ人気なので、閉店間際まで残ってることはまずないのであった。しかし、グレイは店の奥へ行くと一切れのアップルパイを持ってきた。


「ほらよ」

「何だ、売り切れてるかと思ったんだが……」

「お前用に取っておいたんだよ」

「そうか。いつも悪いな」

「……甘い物ばっか食ってると、いつか病気になるぞ」


 兄の忠言もどこ吹く風と聞き流し、パイを貪るディノ。と、そこへ女性が近づいてきた。

 彼女はセナと言い、この店の店員であり、店主の奥さんでもある。見た目は二十代に見える彼女の実年齢を知る者はこの町に五人といない。


「相変わらず仲が良いわね」

「おう。まったくその通りだな、義姉さん」

「……調子の良いこと言いやがって。毎回たかられる俺の身にもなってくれよ」

「確かにそれはちょっといけないわね。今度これまでのツケをまとめて払ってもらおうかしら」

「勘弁してくれ。最近出費が多くて貯金が尽きそうなんだ」


 ディノの言葉に、フフッとセナは笑う。 

 ディノは今現在無職であり、昔貯めた貯金を切り崩して生活している。

 ディノは昔、王都の騎士団の長を勤めたこともあるのエリート軍人であり、向こう十年は暮らせる程には溜め込んでいる。ではなぜ騎士団を辞めたのかというと、それは妻と死別した事件に起因するのだが、それはここでは割愛しておこう。


「金がないのはお主が働かないからじゃろう?いい加減働け」

「うるせえよ。お前も剣としてろくな働きしてねえだろ、なまくら」

「ふん、儂の(からだ)は儂の意思とは無関係じゃというのに、そんなことを言われてものう」

「そうだったな。……ってことはお前、俺と会話することしか出来ないんだよな。結構なポンコツじゃねえか」

「なんじゃと!」


 いつものように、小声の喧嘩……ではなく堂々と話す。


「仲が良いのは結構だけど、まるで独り言がうるさい人みたいよ」

「勘弁してくれ、義姉さん。コイツと俺のどこが仲良いんだよ」

「あら、照れなくてもいいのに。その子もあなたも、互いに信頼し合ってるからそんな軽口が叩けるんじゃない?」


 そう、ディノの家族は剣に意識があることを知っている。

 ただ、剣の声が聞こえるのはディノだけなので、その会話の正確なところを知ることはない。だが、なぜかセナは二人の会話が聞こえているかのように二人の会話を理解する。


「ところで、アリシアはどうしてる?」


 和やかな雰囲気から一転して、ディノは少し緊張した面持ちで話し始める。

 それを見て、何かを察したように場の空気が変わる。グレイはゆっくりと口を開く。


「……今日はもうお客さんがいないらね。二階にいるよ」

「そう、か」

「寄ってくかい?」

「いや、止めとこ――」


 ディノが遠慮して、今日はもう帰ろうかと続けようとした時、住居になっている二階から足音と共に声が降ってきた。


「伯母さーん。今日の夜なんだけと、私ちょっと用が――」


 そんな風に降りて来たのは雪を思わせる白い肌と輝くような銀髪を持った少女。

 彼女の名はアリシア・フリスター、別居中のディノの娘である。


「よ、よう。久しぶりだな」

「……何しに来たの」

「いや、ちょっと飯でも食いに……」

「そう」


 実に半年振りに会った父親に、アリシアの態度は冷たかった。

 対してディノはぎこちなく、何を話せば良いのか分からないといった感じだ。


「相変わらず愛想のない娘じゃな」

「しばらく黙ってろ」


 普段は他人との会話中に口を挟まない剣も、悪態をつく。

 どうやら剣はアリシアのことをあまり好ましく思ってないらしい。


「……まだ魔物狩りしてるの?」

「まあ、な」

「未だに戦いが好きなのね」

「……」

「何でまだこの町にいるの?」

「何でって言われてもな」

「いい加減王都の騎士団に戻れば?」


 アリシアは腕を組み、イラついている様子がありありと分かる。

 一方のディノは何か言いたいことがあるにも関わらず、うまく言葉が見つからないようであった。このままではいけないと、無理矢理言葉を捻り出す。


「最近、どうだ?店の手伝いしてるみたいだけど、客商売は難しいだろ?兄貴とはどうだ?うまくいってるか?将来はこの店継ぐつもりなのか?何か困ってることあるか?何かあるんなら父さんが――」

「今さら父親面しないでよ!」


 アリシアはディノに父親面されることが心底嫌らしく、その怒りをぶつける。

 ディノは必死で取り繕おうとする。


「……父さんは、ただお前が心配で――」

「心配?どの口がそんなこと言うのよ!何年も私を放っておいたくせに!母さんを殺したくせに!」

「……」


 母さんを殺した。

 アリシアの怒り、いやもはや憎しみと言えるその感情と共に投げ出されたその言葉は、ディノを激しく動揺させた。ディノにとってそれは予想していた言葉ではあるが、改めて言われると、もはや何も言い返せなかった。


「出てってよ。早くこの町から出てって!もう二度と私の前に現れないで!」

「……悪い」


 ディノは特に何かを言うでもなく、ただ一言謝罪すると、顔を背けた。

 そして、そのまま娘の顔を見ることもなく店をあとにした。


「……良いのか?何も言わなくて」

「……うるせえよ」


 しばらくはフラフラと亡霊のように歩き回っていたディノだったが、やがて思い出したかのように方向転換し、自宅へと向かいだした。

 普段は街中でも構わず話す剣も、終始無言であった。


「おう、ディノじゃねえか!」


 しばらく歩いていると、誰かに呼び止められた。

 彼の名前はリクベル。ディノの幼なじみであり、今は魚屋をしている父親仲間でもある。


「どうしたんだよ、そんな辛気臭い顔してよ」

「いや、ちょっと娘に嫌われちまってな」

「おいおい、お前もか!うちもな、昔は『パパ大好き~』なんて言ってた娘が、今では顔合わせただけで舌打ちするんだぜ。もう嫌になっちまうよな」

「まあ、そういう年頃なんだろ」

「親離れの時期って奴か?」


 リクベルの質問に、ディノはうなずく。

 そうだ、アリシアだってもう十五歳。この国では立派に大人として扱われる年齢だ。もう八年もまともな会話を交わしていない父親失格な自分が、今更出しゃばる必要はない。


「それにお前の所の娘はもう成人してる上に婚約者までいんだろ?」

「おう、もう十六になるしな」

「それなら、親がとやかく言う必要もないだろ」

「まあ、確かにな」


 そうだ、そうなのだ。あんなにも嫌われてしまっているのに、いまさら何ができるというのか。もうとっくの昔に、親の出番は終わったのだ。

 だから――


「けどなあ、ディノ。俺はいくつになっても親は親だと思うぜ」

「……そうか」

「親子の縁ってのは、切りたくても切れないもんなんだよ。だからいつか必ず、それに向き合わなきゃならない」


 ディノの思考を打ち切るように発せられたその言葉に、ディノは冷静さを取り戻す。

 そうして、自己嫌悪に陥る。いつもこうだ。相手のためだと言い訳をして、結局は自分のことしか考えられてない。

 ディノはリクベルに別れを告げてその場を立ち去る。


「ちゃんと娘さんと仲直りしろよ!」


 帰り際、そんな声が届いたので振り返って言葉を返す


「……ああ、お前もな!」


 そうして、ディノは再び家路についた。



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