25
「起きたか」
ディノが目覚めると、すぐに気付いた剣がそう声をかけてきた。
ディノはベッドに寝かされていて、どうやらそこはクスワで最も大きな病院のようだった。
「イテテ、まだ痛むな」
「当たり前じゃ。医者はあれだけの傷を負って死ななかったのは奇跡だと言っておったわ」
「俺は何日寝てたんだ?」
「二日じゃ」
「あ、父さん!起きたんだ!」
剣と話していると、アリシアが花瓶を持って入ってきた。
どうやら水を汲みかえてきてくれたらしい。
「どう、傷はまだ痛む?」
「いや、大丈夫だ。もう何ともないぞ」
「そうなんだ、すごいね」
「ディノよ、娘の前だからと言ってやせ我慢は良くないぞ」
剣の言葉にディノは心の中でうるせえ、と毒づく。
「ところで『魔鎖解放軍』の連中はどうなったんだ?」
「それがさ、聞いてよ父さん。あの後あの腹黒野郎に逃げられたのよ」
「え?あの状況で?」
飛行機で逃げたにしても隣にはフェクトがいたし、地上に下りたら周りには敵兵しかいない。あの状況でどうやって逃げたのかと、ディノは疑問に思った。
確かにヨウムは囲まれていた。しかしヨウムには実はまだ仲間がいた。
それは町中にいたカラスである。ヨウムは魔法で予めカラスを洗脳していたのだ。
ヨウムいわく『別に操れるのが魔物だけなんて誰も言ってないよね』とのことで。
そして大量のカラスにつかまって空を飛び、まんまと逃げおおせたというわけだ。
「結局解放軍の主要メンバーにはあらかた逃げられちゃったんだよね」
「どれくらい逃げられたんだ?」
「逃げたのは、全部で百四人いたうちの二十七人」
「結構多いな」
「フェクトさんなんて『姫様になんて言えば……』って相当慌ててたよ」
その様は、なんだか少しフェクトらしくて思わず苦笑してしまう。
「そうだ、あの悪魔男から伝言あるけど、聞く?」
「ああ、聞いとく」
「『次こそは最高の舞台を用意するので、どうか僕に負けるまで負けないでくださいね』だってさ」
「アイツ全然懲りてねえな……」
「だよね」
そんな風にしてディノがアリシアにあの後のことを聞いていると、病室のガラガラと扉が開いた。
「失礼するよ」
入ってきたのはディノの起床を聞きつけてきたビルヘイムだった。
「ビルヘイム、ちょっと老けたか?」
「うむ、今回のことの後処理に追われていてな。忙しくてまともに寝る暇もないのだ」
「そうか……じゃあなんで俺のところに来たんだ?」
ディノはまだ起きたばかりである。よってディノが起きたという話を聞くためには、この周辺にいなくてはならない。むろん偶然ということも考えられるが、ビルヘイムの忙しいという話と噛み合っていなかった
「君に話があったからな。そろそろ目覚めるだろうと思って近くでできる仕事をしていたのだ」
「俺に話?」
「まずは今回、この町を救ってくれてありがとう。町民を代表して礼を言う」
頭を下げるビルヘイムに、ディノが慌てて言う。
「よせよ。それに救ったって言っても、俺は今回、大したことはできなかった。この町を救ったのは、この町の人間だよ」
「……そうだな。つまり我々にはもう、守り神は必要ないというわけだ」
言いたいことが分からずに、訝しんだような顔をするディノ。
そんなディノに対してビルヘイムは告げる。
「ディノ、騎士団に戻れ」
唐突なその言葉に、ディノはとっさに反論しようとする
「けど、アリシアが――」
「何言ってるの?私はもう十五歳で、魔法使いなんだよ?」
「……あ、兵役か」
魔法使いには、十五歳から五年間軍部に所属する義務がある。
とはいえ、それならばクスワの所属になればいいだけの話でわざわざ王都に行く必要はない(本来配属先は選べないが、そこはビルヘイムがいれば何とかなる)。
だが、アリシアは『魔鎖解放軍』のメンバーである。
本来反逆罪は極刑にされてもおかしくない罪だ。
ソシーナとビルヘイムによってアリシアが解放軍に関わっていたという事実は隠蔽されたが、とはいえ、いくらディノの娘とは言え解放軍に所属していた者を無罪放免というわけにはいかない。
そこでアリシアはソシーナの管理下に置かれることとなっていた。
「あーあ、私もテロリストだからな。なんとか実刑は免れたけど、相当厳しい仕事させられるんだろうな。誰か支えてくれる人がいればいいんだけどな」
ちらちらとわざとらしくディノを見るアリシア。
状況があまりにも整えられすぎていることに違和感を覚えたディノに、剣が補足する。
「お主が寝ている間に、あのおてんば姫が外堀を埋めていったぞ」
「やっぱり狙ってたのかよ」
ディノに断られて、キッパリ諦めたように見えて実はもう一度ディノを騎士団長に据えるべく画策していたソシーナ。
とはいえ実際、ディノがこの町に留まる理由がなくなったのも事実だ。
「……分かった、俺も王都に行く」
「やった!」
アリシアが小さくガッツポーズをして喜ぶ。
ビルヘイムは扉に手をかけて言う。
「ソシーナ王女殿下には私から伝えておこう。出立は十日後だそうだ」
「了解」
ビルヘイムが部屋を出て、しばらくアリシアと三人で話をする。
「あ、そういえば一つ気付いたっていうか、少し考えたことがあるんだけど」
そんな、まるで雑談の延長のような――いや、この時は確かに雑談であった話は後に彼らの人生を大きく変えることになるのだが、それはまた別の話である。