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「私に考えがあるの」


 毅然とした態度で言い放ったアリシアに、ディノが驚く。


「何か策があるのか⁉」

「策って言えるほどのものじゃないし、そもそも実行可能かすらも分からないけど……」

「アリシアのためならば、どんな無理無茶無謀もかなえて見せようぞ。ディノがな」

「……心配すんな、任せとけ」


 ディノはツッコミたい欲を抑えて、アリシアに言葉を返す。

 アリシアはディノに作戦を説明する。

 その策は確かに分が悪い賭けではあったが、うまくすれば誰一人として死者を出さずに済むかもしれなかった。

 ディノと剣はその策に少し修正を加え、それを実行することとなった。


 アリシアがまず向かったのは、仰向けになってガレキの山の上に寝転んでいるヨウムだ。


「ねえ、ヨウム。起きてるんでしょ」

「……なんでこのタイミングで、君が話しかけてくるのかな?」


 ヨウムは、不機嫌そうにそう答える。


「あなたに協力してほしいの」

「なんで僕が君みたいな弱虫に協力しなきゃいけないのさ」

「協力してほしいのは私にじゃない。あなたを打ち負かしたディノ・フリスターと、この町に力を貸してほしいの」


 その言葉にヨウムは怪訝そうな顔を見せる。


「いいの?このままじゃあなたが負けた最強が、ただの魔物に殺されちゃうかもしれないのよ?リベンジする機会が、永遠に失われるかもしれないのよ?」


 しばらくの沈黙が流れた。

 刻々と時間は過ぎていき、ディノがそろそろ結界の耐久度が心配になってきた頃、ヨウムはようやく口を開く。


「……僕は君が嫌いだ。自分の弱さのせいですべてを失ったにも関わらず、ただ誰かにもたれかかって甘えるだけで強くなろうともせず、もう一度、同じ事態を引き起こした」


 それはまるで昔の自分を見ているようで、ヨウムはアリシアを見るたびに弱かった頃の、昔の自分を思い出して嫌な気分になっていた。


「だから君に問う。君はその罪を、どうやって償っていくつもりだ?」

「ちょっと待て。あの選択は俺とリアの二人で決めたことだ。だからアリシアには何の罪も――」

「君には聞いていない!ずっと守る側だった君には、分からない話だ」


 心の弱さではなく、肉体的な弱さ。それは少なくともヨウムにとって、最強(ディノ)とは無縁のものだった。


「……父さん、私には何の罪もないわけじゃあない。母さんが死にそうになっていた時に魔法使いになれなかったこと、母さんが私のために命を投げうってくれたことを忘れたこと、母さんがあんなに大事にしていた父さん(モノ)を傷つけたこと、それが私の罪だ」


 アリシアは、まるで独白するかのような声で言う。


「そうさ、それで君はどうやってその罪を償って――」

「そんなことしないわよ」

「――は?」


 虚を突かれたようにヨウムが呆けた声を出す。


「だって謝りたくても、その相手がいないんじゃあどうしようもないじゃない。だから、あの世でまた母さんに会うまで、この罪には何もしない」

「何を言ってるんだい?死んだ者は罰を望んでる!誰もその罰を与えないのならば、自分で罰を与えるし――」

「けどそれは結局自分の想像でしかない。だから罪の数も罰の方法も、自分次第になってしまう。死んだ者が望んでいるのかもわからない罰を自分で勝手に与えて、それで満足できるのは結局生きている自分だけなのよ」

「……」

「だから私は、決して誰にも償わないし、決して忘れることもしない。この罪には、母さんが罰を与えるべきだから。勝手に罰を与えて満足するのは、許されていないから」


 アリシアの言葉には、妙な気迫がこもっていた。

 ヨウムは俯き、何かを思案するように黙りこける。

 それからしばらく、ふと顔を上げたそこにはいつものような人懐っこい笑みに戻ったヨウムがいた。


「……いいよ。君たちに協力してあげる」


 ヨウムはすっかり調子を取り戻したようで、今度は解放軍のリーダーとしての鋭い目つきで言う。


「ただ、僕の洗脳の魔法に期待してるんだったらそれは無駄だよ。魔物を完全に支配下に置くには、少なくとも十秒以上は直接触れてないといけない。あれ相手にそんな隙は作れないだろう?」

「大丈夫よ。いくつかやってほしいことはあるけど、最悪魔法は使ってくれなくてもいいから」

「じゃあ何をやれって言うんだい?」


 訝しむヨウムに、アリシアは指をさして答える。


「あれを貸してほしいの」


 アリシアが指さした先にあったのは、骸骨の乗っていた魔道飛行機であった。


 *****


 ディノたちは、魔道飛行機に乗ってクスワの町のはるか上空にいた。

 その飛行機は巨大な骸骨が乗っていただけあってそれなりに広く、四人乗りであった。

 そして今上空にいるのはディノ、剣、アリシア、ヨウム、そしてフェクトの五人である。

 ちなみに操縦は自動でやってくれている。


「さすがに高いのう」

「なんだ?ビビってんのか?」

「……儂は忘れておらんぞ。昔鳥型の魔物の上に乗ったまま魔物が飛び上がった時、お主が軽く漏らしかけたのを」

「な!?漏らしてねえし!」


 ディノの必殺、小声ツッコミ発動!

 が、この狭い機内では小声でも特に意味はなかった。


「……一応ハンカチはありますが、これで間に合うとも思えないので、下につくまで我慢してくださいね」

「漏らしてねえからな!」

「なるほど。最強の男の弱点は高いところ、か。……ププッ」

「なに笑ってんだよ!俺にそんな弱点ねえからな!」

「……父さん、私は気にしないわよ。家族だからね」

「だから誤解だって!っていうかこのタイミングで使うセリフじゃないよね、それ!」


 決死の作戦の前とは到底思えない和やかな雰囲気である。しかし、こういう状況に慣れていないアリシアなどは先ほどまでガチガチに緊張していたので、これで多少ほぐれたと見える。

 そして、この状況を作ったのは……


「お前、狙ってやったな?」

「何のことじゃ?漏らし魔のディノくん?」

「だからそれは昔の話で、っていうか昔も漏らしてねえわ!」


 ディノはこれ以上剣と会話してもこちらの被害が増えるだけだと判断し、別の人に話しかけることにした。


「……これ、もう少し高くできねえのか?前はもうちょっと高く飛んでたと思うんだが……?」

「これでも一応精密機械だからね。これ以上高く飛んだら、どっかの最強さんがまた漏らして、動作不良を起こしちゃうよ」

「……いい加減いじるのやめてもらっていいですかね?」

「っていうのは冗談で、実はこれもう壊れかけなんだよね。この飛行機は侵略時の奇襲に使うためのもので、帰り道にも使うのは想定されてないんだ。だから一度乗ったら終わりの使い捨てなんだよね。今はそれを無理やり動かしてるからこれが限界」


 そんなヨウムの説明にディノは少し不安になった。このくらいの高さで大丈夫なのだろうか、と。

 それを感じ取ったアリシアがフォローする。


「……大丈夫よ足りない分は、私の魔法でカバーするから」

「君の魔法の威力じゃあ、不安しかないけどね」

「ふん、ろくに攻撃もできない雑魚魔法しか使えない人は黙っててくれる?」

「その雑魚魔法にいいように踊らされたのはどこの誰だったっけ?」

「なによ、この陰険腹黒男」

「なんだい、弱虫ちゃん」


 バチバチと、二人の間で火花が飛び散るのを幻視する。

 それを見たフェクトが、先ほどのディノよりもさらに不安をにじませて尋ねる。


「あの、ディノ殿。なんでこの二人こんなに険悪なんですか?」

「……一回互いに裏切り合ったから、かな」

「えー、ただでさえ敵組織のボスと隣で超気まずいんですけど……」

「我慢してくれ」


 フェクトはどう考えても働き過ぎなのでディノとしては降ろしてあげたかったが、この後のことを考えるとそうもいかない。

 そこに、剣が呆れたような声を出す


「まったく、お主らが無駄話しとる間に目的地に着いたぞ」

「最初にし始めたのはお前だろ」


 目的地とは、ゴーレムの真上であった。

 下をのぞくと、豆粒のように小さなゴーレムの姿が見える。その近くには作戦失敗に備えて相当数の兵がいるはずだが、遠すぎてほとんど見えなかった。


「フェクト、下の様子はどうだ?」

「結界は、もうそろそろ危ないですね。町の方は準備万端です」

「うし、じゃあ始めるか」


 そんな軽い言葉が作戦開始の合図となり、他の四人も気を引き締める。

 まずフェクトが、拡声によって放った音の反射速度からゴーレム内部の硬度を調べる。


「アリシアさんの予想通り、右肩から胸にかけて不自然にもろい部分がありました」


 アリシアの予想。それは、過去にディノが与えた傷は実はまだ治り切ってないのではないか、というものだ。八年前に現れた個体と全く同じだと仮定した時、疑問なのはなぜ傷が残っていたのか。

 ディノはあの日確かにゴーレムを真っ二つに切っていた。それが今日現れた時は繋がっていたということは消えている間に修復したのだろう。しかしそれならば出現した直後にあったあの裂傷は何なのか。


 もしかしたら八年前にディノがつけた傷は治しきれなかったのではないのだろうか。

 八年かけても治しきれず、だからゴーレムは裂傷を負っていた。それを誤魔化すために、光で傷跡を無かったように見せかけた。

 回復の能力を持つ魔物はいなくとも、幻影の能力を持つ魔物はいるし、あるいは土くれで傷を埋めたのかもしれない。どうやって誤魔化したのかは分からないが、今はそんなことはどうでもよかった。

 大切なことは、あのゴーレムには明確な弱点が存在しているということだ。


「まったく、町全体の思考誘導だなんて無茶言ってくれるね」

「あら、できないんだったらそれでもいいけど――」

「できないとは言ってない」


 アリシアの挑発に乗るヨウム。

 彼の仕事は思考を誘導し、集めること。


「今から心の中に指示を飛ばす。狙いはゴーレム。抵抗せずにそれに従え」


 魔法で自分の声を拡散するフェクト。

 彼の仕事はゴーレムの監視と、全体に対する指示。


「狙いは右肩から胸にかけて。結界が切れると同時に全員一斉に放つ」


 剣を抜き、構えるディノ。

 彼の仕事はとどめを刺すこと。

 フェクトは結界がもう持たないことを察知し、全体に向けてカウントダウンを始める。


「合わせます。3、2、1、今です!」


 カウントゼロと同時にヨウムが魔法を使い、それを受けて町中から数十発の魔法が放たれ、広場の兵士たちは投槍や矢を放つ。

 魔法が数十発。親衛隊と町の兵士を合わせても魔法使いの数はせいぜい十数人。ならば他の魔法はどこから来たのか。

 その答えは『魔鎖解放軍』であった。

 町中に散らばった解放軍に所属する魔法使いたちが、ゴーレムを魔法で攻撃しているのだ。


 しかし、問題はある。

『魔鎖解放軍』の魔法使いたちから見て、あのゴーレムの位置は遠い。

 何とか目視できる程度の距離の目標物に当てる、ましてや右肩から胸という弱点部位に正確に当てるなどという離れ業ができる者はほとんどいなかった。


 それを解決したのがヨウムとフェクトだ。

 フェクトが解放軍とゴーレムの位置から射出方向と威力を割り出し、ヨウムがそれを正確になぞらせる。

 それによって、すべての魔法使いたちは正確に弱点へと攻撃をたたき込むことができていた。

 そして、魔法で削ったところにディノとアリシアがとどめの一撃をたたき込む。それが四人の立てた作戦であった。


 しかし、始めにアリシアが建てた作戦において、実はディノの出番はなかった。

 言うまでもなくディノは満身創痍の状態であり、とても戦闘などできる状態ではないと思ったアリシアが作戦から外したのだ。


 しかしそれにディノと剣が待ったをかけた。

 アリシアはこのまま遠距離攻撃だけでとどめを刺すつもりだったのだが、それにはいくつか問題点があると指摘したのだ。


 まず一つ目が倒すのに時間がかかるという点である。

 解放軍たちは今は一時的に協力しているが所詮はテロリストいつ裏切るかは分からない。今は魔法を使わせるために拘束は解いているし、傷も治せる限りで治している。いくら武器を突き付けているとはいえ、犯罪者を自由にさせているのだ。早く決着をつけないと住民に被害が出る可能性がある。


 そしてもう一つがそれだけでは倒せないかもしれないという問題だ。

 距離が離れていると、当然ながら威力は減衰する。ましてや相手は規格外。遠距離攻撃だけでは倒しきれないかもしれない。


 そして、その予感は的中する。

 魔法の嵐に包まれたゴーレムは多少の傷を負いながら、しかしその巨体が崩れることはなかった。それどころか、この程度にはまるで興味がないとばかりに佇んでいる。


「よし、アリシア出るぞ!」

「うん!」


 ディノが機内から身を乗り出し、下を見下ろす。

 雨のように降りしきる魔法と、その中で微動だにしないゴーレムがいた。


 ディノは飛行機から飛び出し、機体を強く蹴る。大きく揺れる内部で、フェクトが全体に向けて魔法の停止命令を出す。

 ゴーレムへと向かって矢のようにまっすぐ落ちていくディノに、アリシアが魔法で重力加速度を増す。

 空中で風圧に襲われるディノに、剣が話しかける。


「おい、ディノ。大丈夫か?」

「大丈夫じゃ、ねえよ。ってか、こんなところで、話しかけて、くんじゃねえよ!」


 口を開くたびに空気が体に入ってくるこの環境でも、ディノは無理矢理に話す。


「まあ、人生最後のフリーフォールだとでも思って楽しめ」

「勝手に、最後に、するな!」

「下手をすれば、このまま何もできずに転落死して、結局みんな死ぬかもしれん。儂を生贄にしたほうが、ずっと確実にやつを殺せた。それでもお主は、後悔しとらんか?」


 剣は、ディノが何と答えるかなど分かっていた。それでも最後に確認をしておきたくて、ついこんなところで質問をしていた。

 それに対してディノは、胸を張って答える。


「当たり前だ!俺はもう二度と、誰かを犠牲にしたりなんかしないって、決めたんだ!そのためなら、自分の命くらい、賭けてやるよ!」

「……そうか。ならば行け、ディノ!」


 ――最初のアリシアの作戦に対して、ディノと剣が異を唱えた理由。それはもちろんあまり時間をかけるわけにはいかないからというものだが、一番の理由はそれではなかった。

 それはごく単純な動機。すなわち、リアを殺さなければならなかったあの日との決別。

 あの日のゴーレムを自分たちの手で倒すことによって、前へと進んできたのだという証明とする。


「うおおおおおお!」


 雷のような速度で落ちるディノに気づいたのか、ゴーレムは上を見上げる。

 だが時すでに遅く、ディノは目前まで迫っている。

 ディノがゴーレムの右肩めがけて剣を振り下ろす。

 防御することもできずまともに受けたゴーレムの右肩に、ピキピキとひびが入る。

 ひびはかつてディノとリアと剣で付けた傷に沿うようにして広がっていき、ゴーレムの体を大きく抉った。

 抉られた胴体では頭を支えきれず、ゴーレムの首は落ちた。

 やがてゴーレムは、光の粒子と化して天へと昇っていく。


「はあ、はあ……。俺の、勝ちだ」


 着地と同時に倒れたディノは、それだけ言ってゆっくりと目を閉じる。

 それを見ていた剣は呆れたように、それでもどこか楽しそうに言う。


「まったく、相変わらず無茶ばかりするのう」

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