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「ディノ、儂を生贄として使え」


 剣のその言葉に、ディノは大きな衝撃を覚えて反射的に反論する。


「何言ってんだよ!そんなこと、できるわけないだろ!」


 ディノとリアの約束。それを知りながらどうしてそんなことを言うのかとディノは悲しみを覚えた。


「生贄の剣は、生贄の剣そのもの以外であれば、たとえ精神だろうが記憶だろうがなんでも生贄にできる。その効力は、精神体である儂にも及ぶ」

「そういう意味じゃねえ!俺はもう誰かを生贄にするつもりはない!」

「安心せい、儂はもう肉体的には死んでおる。ただの亡霊を人として考える必要はない」


 あくまでも淡々と推し進めようとする剣に、ディノは感情的に返す。


「いいや。お前は今でも立派な、生きた人間だよ」


 剣はその言葉に思わず嬉しくなってしまう。

 それをかき消そうとするかのように、剣は声を荒げる。


「よく考えろ!お主のその傷ではあのゴーレムは削り切れん」

「そんなこと、やってみなくちゃ分かんねえだろ!」

「いいや、無理じゃ!あの時もそうだった。じゃからお主はリアを、生贄に捧げた、そうじゃろう!?」

「俺はあの時とは違う!」

「ああ、確かにそうじゃ。それで、今の状況の何が変わる?今にも倒れそうな、そのフラフラの体で何ができる!?」


 ディノは、リアを救えなかったあの時とは違う。当時だったら、この満身創痍の状況では近づくことすら難しかっただろう。しかし今ならば数回、もしかしたら数十回くらいならば攻撃をたたき込むことができるかもしれない。

 が、それだけだ。あのゴーレムを倒すには数百回、数千回の攻撃が必要なのだ。


「ディノ、周りを見ろ。お主の後ろには何がある?」


 これまでの厳しい口調から一転、優しげな声で剣はディノに語りかける。


「この町にはお主の恩人がいて、友人がいて、そして愛すべき娘がいる。お主が倒れてしまったら、誰がこの町を守る?のう、守り神ディノよ」


 ソシーナの作戦では多くの兵は死ぬだろうし、町は二十五年前のあの日のようなガレキの山に戻ってしまうだろう。民間人に被害が出る可能性もあるし、もしかしたらアリシアやグレイ、セナだって巻き込まれるかもしれない。だからディノは、生贄を再び選ばなければならない。

 それが剣の考えだった。


「儂はもう、十分に生きた。十分すぎるほどにな。お主とあの娘とのわだかまりも解けたことじゃし、もう儂に心残りはない」


 子どもに諭すように、剣は語りかける。


「お主にはもう儂は、生贄の剣は必要ない、そうじゃろう?お主はもう、一人ではないのじゃから。こんな物騒な物を持っていては、また一人きりになってしまうぞ」


 それでもなお、ディノは生贄を選べなかった。


「……俺は、俺はお前を!」


 そんな、臆病で優しい彼を見て、彼女はまた少し口調を変える。

 彼に言い訳と理由を与えるために。


「……のう、ディノ。儂は昔から不安じゃった。お主は本当は、儂のことを疎ましく思うておるのではないかとな」

「あるわけねえだろ!そんなこと」

「儂はお主を苦しめ続けた元凶じゃぞ?そんなやつを相手に、本当に何も思わなかったと?」

「けど、お前は生贄の剣じゃあねえんだろ?」

「儂が!あの日、あんなことを願わなければ、お主はすぐにでもこの剣を手放すことができた!あの日の儂の身勝手な願いが、お主をずっと苦しめ続けた!」


 それは彼女がずっと閉じ込めてきた想い。

 彼女は彼に対して、いや歴代の所有者たちに対してずっと罪悪感を抱き続けてきた。


 ――もう二度と、愛する人と離れたくない。


 あの日の彼女の望みが、呪いとなって彼らを苦しめた。そんな罪を言い出すことすらできない自分の臆病さが、心底嫌いだった。


「それでも俺は!……俺はお前のことを大事だと思っている」


 ディノには、剣が何を言っているのか分からない。彼は剣の過去を知らないからだ。

 それでも彼女が苦しんでいるのは分かるから、自分の嘘偽りのない気持ちを伝えなければならないと、彼は必死で言葉を紡ぐ。


 そんな彼の気持ちが嬉しくて、彼女は思わず笑ってしまう。

 顔がなくてよかった。きっと今の自分は涙でぐちゃぐちゃの笑顔をしているだろうから。そんな姿はこれから放つ悪魔のような言葉には似合わない。

 そして彼女は、彼の心を動かすための決定打を打つために、存在しない口を動かす。


「ならば証明してみせてくれ。お主の本当の気持ちを」

「証明?」

「……儂は、愛は言葉にしなければ伝わらないといったが、時には言葉だけでは伝わらない時もある」

「……」

「お主には、あるじゃろう?何よりも明瞭に、確実に、愛を伝える方法が」

「……まさか!」


 彼は持っていた。自らの愛を証明する方法を。自らの価値観を、威力という形で明確に示してくれるモノを。


「儂を生贄に捧げろ。その時の剣の輝きが、お主の愛を証明してくれる」


 生贄の剣。アルテナが作り出した悪魔のシステム。

 その剣は、生贄が所有者にとって大切なモノであればあるほど、その力を増す。

 しかし逆説的に言えば、その力が高ければ高いほど所有者にとってその生贄は大切だということになる。


「儂はずっと不安じゃった。生贄の剣として、誰からも疎まれ、恨まれ、憎まれて……儂はずっと一人じゃった。そんな中、ようやく出会えたのがお主じゃ。空っぽだった儂の心に、光を取り戻してくれたのが、お主じゃ。そんなお主に、本当は嫌われているのではないかと、不安じゃった」


 彼女は実はそんな不安を感じてなどいない。二人の絆は、確かにそこに存在していると信じているから。

 しかし彼女は知っている。彼はとても臆病な人間だということを。そしてとても優しい人間だということを。

 だから彼は、ありもしない彼女の不安を解消するために、あるかもしれない彼女の絶望を取り除くために、行動を起こしてくれるはずだと、彼女はそう予測した。


「じゃからディノ、儂を安心させてはくれないか?儂が再び愛を手に入れたことを、証明してはくれんか?」

「……ずりいじゃねえかよ。そんな言われ方されたら、断ろうにも、断れねえじゃねえかよ」


 そして彼女の予測は当たっていた。しかしそれは同時に彼女の終わりを意味していて、どうしようもなく悲しくなった。

 彼女は自分で決めたことだというのに、彼にその辛さを押し付けたというのに、みっともなくも悲しみを感じてしまっている自分が嫌で、それを隠すためにいつものように振舞おうとした。


「儂が何年生きていると思うておる?ずる賢さで、若造に後れを取るはずもなかろう」

「レディに年齢を聞くのは失礼だって言ったのはお前だろ?」

「そうじゃったな」


 そんな短いいつものやり取り。

 それがどうしようもなく心を落ち着かせて。

 そして、彼女の心は決まった。


「ディノ、頼む」


 ディノはその剣の言葉に覚悟を決めると、思いやりを込めて、恨み言のように、その絶望を吐き出した。


「……我、力を求める者なり。ここに生贄を――」

「だめ!」


 その言葉を止めたのはアリシアだった。

 アリシアはディノの腕を包み込むように掴み、剣を奪い取ろうとしてきた。


「アリシア……お前、何を」

「だめだよ。それをやったら、あとで絶対に後悔する」

「なんで……」

「わかるよ。だって、あの日と同じ目をしてるんだもの。母さんがいなくなった、あの日と」


 ハッとしたように俯くディノに、アリシアが語りかける。


「母さんから、聞いたことがあるの。その剣は意思を持っていて、持ち主にだけ声が聞こえるんだって。その声は私たちには聞こえないけれど、大事にしなくちゃいけないんだって。母さんがあなたと出会うずっと前から、あなたを、支え続けてくれた人だから」


 涙を流しながら、アリシアは叫ぶ。


「家族なんでしょ?その剣は、母さんにとっても、父さんにとっても、家族なんでしょ⁉」

 アリシアは決めていた。今度は自分が、家族を守るのだと。

「私に言ってくれたよね!?家族を守らせてくれって!でももう守られるだけじゃいやなの!もう誰にも、いなくなってほしくないのよ!だから私も、父さんと、その子を、守りたい!母さんが大事にした人たちと、家族になりたいのよ!」


 アリシアは、当然だが剣と話したことはない。それどころか、その存在すらもついさっきまで忘れていたくらいだ。

 けれど剣は、アリシアにとっては家族の家族だ。

 ならば剣もまた、アリシアの家族なのだ。

 ディノは、そのアリシアの言葉を受けて剣へと話しかける。


「……さっきの話なんだけどよ。やっぱ、断ってもいいか?俺は別の方法で、家族に対する愛を、証明して見せるからさ」

「……ハア、まあ良いじゃろう。儂も今ちょうど、未練が残っておったのを思い出しての」

「……どんな未練なんだ?」

「儂には三人の家族がおってな。一人は、もうずいぶんと前から母親としての務めを立派に果たしていて。一人は、まだまだ甘いところはあるが、ようやく親としての自覚が出できたらしくてな。儂も安心して逝けると思ってたんじゃが……。最後の一人が、まだまだケツの青い甘えん坊でな。もう少しだけ、見守ってやらねばならんのよ」

「へえ、何て名前の子なんだ?」


 答えは分かり切っていたが、ちゃんと剣の口から聞きたくて、ディノは尋ねる。


「……アリシア・フリスター。儂の大切な、家族の名じゃ。忘れるでないぞ」


 その言葉に、ディノは覚悟を決めた。先ほどまでとは正反対の覚悟を。


「父さん。その子は――」

「ああ。お前と、家族になりたいってさ」


 その言葉を聞いたアリシアはほっとしたような笑みを見せる。

 それを見たディノは満足そうに笑い、剣を持ったままグッと背伸びをする。


「さて、いっちょやりますか」

「相変わらず勝てるとは思えんが……まあ、可愛い家族のためじゃ。体に鞭打って、足掻くほかあるまい」

「いや、体に鞭打つの俺なんだけど……」

「剣も体の一部というではないか」

「けどお前剣じゃなくて、剣にとりついた幽霊なんだろ?」

「……背後霊も体の一部というではないか」

「言わねえよ!」


 また平常運転に戻ってディノに、アリシアが話しかける。


「あ、父さん。あのゴーレムのことなんだけど……」

「ん?どうかしたのか?」

「私に考えがあるの」

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