22
「嘗め過ぎていたのだよ、君は。この町の、クスワの底力をな!」
ビルヘイムが誇らしげに叫ぶ。
この町の代表者として、もう二度とこの町を奪わせたりなどしないという決意を込めて。
「応答しろ!サザ、いや誰でもいい!」
ヨウムが通信用魔道具に向かって叫ぶが、返事は帰ってこない。
もうすでにディノとソシーナ、ビルヘイムのもとにはフェクトの音の魔法によって報告がなされていた。ヨウム以外の魔法使いは全員捕縛済み、負傷者は四十二名、死者は敵味方合わせて零。
クスワの完全勝利である。
「諦めろ、ヨウム。もうお前の部下はいない」
これからこの場には、ソシーナの親衛隊やクスワの魔法使いや衛兵たちが続々と集まってくる。ディノ一人にすら勝てないヨウムには、到底勝ち目などあるはずもない。グリフォンがいるので逃げ切れる可能性もあるが、ディノを目の前にしてそれは容易ではない。
なので誰もが、ヨウムは抵抗をやめ投降してくるだろうと思っていた。
――ヨウム以外は。
「……行け」
ヨウムがそう呟くと、今まで大人しくしていたのがウソのように、骸骨はディノを襲った。
「なっ!」
予想外の行動にディノは一瞬たじろぐが、どうにかその攻撃を回避する。すると、これまでほとんど攻撃に参加することのなかったヨウムがディノに肉薄し、その手の剣を振るってきた。
これまた不意の一撃に、ディノもまた剣戟で対応する。
二つの剣が交差する。
「何を考えている!?お前の計画は失敗したんだぞ!なぜまだ戦おうとする!?」
「まだだ!まだ僕は負けてない!」
つば競り合いは、そう長くは続かなかった。
迫るグリフォンのくちばしをすんでのところでかわし、一度距離を取ろうとするディノだったが、骸骨に後ろを取られていることに気づく。とっさに右へと抜けるが、その先にはヨウムの剣が待ち受けていた。どうにかはじき返し、今度こそ距離を取る。
一度距離をとって体制を整えたディノは速かった。骸骨との距離を一瞬で詰め、その頭に一撃を加える。返す刀で首を斬り、頭を落とす。
迫るヨウムの剣戟を躱し、腹に蹴りをたたき込む。さらにヨウムに、剣を握った拳で追撃を入れようとする。ヨウムはバックステップで衝撃を殺そうとするが、間に合わずに拳がみぞおちに入る。
その後もヨウムはどうにか隙を見付けて剣を振るうが、ディノには当たらない。ディノは剣は使わずに何度もヨウムを殴りつけるが、ヨウムはなかなか意識を手放さなかった。
やがてヨウムはまともに立っていることもできなくなり、剣を杖のようにして何とか立っていた。
それでもその瞳から闘志は消えなかった。
ヨウムが絶え絶えの息を吐きながら叫ぶ。
「僕は最強にならなくちゃいけないんだ!だから僕は、君を倒すまで、負けるわけにはいかないんだ!」
「なぜそこまで最強に拘る!?何がお前を突き動かしているんだ!?」
このまま戦い続けるのは危険だと判断したディノが、言葉での説得を試みる。
「最強は、僕の憧れで、贖罪だ」
「贖罪?」
「僕が弱かったせいで、僕の力が足りなかったせいで、母さんは、みんなは死んだ。だから僕は、誰よりも強くなる。そのために、僕はあなたを超える!」
ヨウムは地面から剣を引き抜くと、ディノに向かって走る。
そしてその剣を振り下ろすが、ディノはそれを躱し、カウンターパンチをお見舞いする。
「お前は、力を求めて何がしたい!?俺を越えて何がしたい!?その先に何もないのならば、俺は越えられないぞ」
倒れ込むヨウムに向かって、ディノが語りかける。
それを受けてヨウムは何かを思案するように顔を伏せる。
「僕は、僕は――」
ヨウムが何か言葉を紡ごうとした次の瞬間、上空に光の玉が浮かび上がっているのに気づいた。その光は始めは蛍のように小さなものだったが、ぐんぐんと大きくなって人ひとり入れるくらいの大きさになる。
「これは、魔物が現れる予兆じゃ!」
「なんだってこんなタイミングで……!」
そう、この光は魔物がその姿を現す時にその前兆として現れる光である。
光はさらに大きくなっていき、やがて家が数件入るような大きさになった時、光が柱となって下りてきた。柱は地面に根を下ろした途端に弾け、光の替わりに魔物が現れる。
その魔物は全身が土くれでできていた。そこらの平屋を軽々と超える巨躯に、人形のようにデフォルメされた体。町の広場の真ん中に土巨人がたたずむその光景は、まさしく異様の一言だった。
「ゴーレム!」
その魔物――ゴーレムは、ディノと剣に八年前のあの日の記憶を思い出させた。
「しかもこのデカさ、そこらの魔物とは比べ物にならん!」
「クソ、最悪の中でもとびきりの最悪だな。なんであの日と同じような……」
ディノの記憶に確かに残っている、リアが死んだときにも現れたゴーレム。目の前のこのゴーレムが、ディノの中であの日のゴーレムと重なる。
あの日のゴーレムもこの規格外の巨体を有していて、同じような色形をしていた。それに何より、目の前のゴーレムには右肩から胸にかけて裂傷のような模様があった。
その位置は、あの日リアを生贄に捧げた剣で切った軌道と全く同じに見えた。
「まさか、あの日と全く同じ個体……?」
「そんな馬鹿な!あれは確かに倒したはずじゃ!」
「けどよ、生まれた時から傷を負ってるなんてそんなこと……」
「見ろ!光が……!」
弾けて飛んだはずの光が再び現れ、ゴーレムの傷口にまとわりつく。そして光がまた弾けて消えると、ゴーレムの傷はまるで初めから存在していなかったかのように消えていた。
「どういうことじゃ?」
過去に再生や回復の機能を有した魔物の存在は確認されていない。今回が特殊個体だという可能性も考えられるが、だとしても最初から傷を負っていたという疑問は残る。
しかし今はそんなことを考えている暇はなく、傷の癒えたゴーレムはその腕を振り下ろしてきた。
「避けろ!」
剣が叫ぶ前にディノは回避していた。ゴーレムは避けたディノに更に追撃を浴びせるが、ディノには当たらない。
広場には他の者もいるというのに、まるでディノしか見えていないような攻撃。その拳にはまるで、怒りや憎しみが込められているようにも見えた。
「どうやらあちらさんは俺のこと覚えてるらしいぞ」
「まさか、本当にあの日のゴーレムだとでも……?」
これまで、一度倒した魔物が復活するという事態は聞いたことがない。だがもしかしたら、気づいていないだけで何度も起こっていたのかもしれないなとディノは予想する。
同型の魔物が複数種類存在していることは確認済みであるため、本当は全く同じ個体であったのに同型の別の個体であると間違えてしまっていたのかもしれない。今回のように傷が治るのならばなおさらだ。
もしも前と全く同じ個体であるのならば厄介だ。なにせ前回は全く攻撃が通らなかったが故に剣に頼らざるを得なかったのだ。
それを確かめるために、ディノはゴーレムの連撃を躱して懐に飛び込んだ。生贄にはすでにそこらのガレキを与えている。
その攻撃はカキン、という金属同士がぶつかったような音を鳴らしてはじかれる。
「くっ、今の儂ではかすり傷も付けられんか」
ゴーレムの硬さ故に攻撃の反動は全てディノに返ってきた。その反動が激痛となってディノを襲う。ディノの体は度重なる戦闘の影響によって、自分自身の攻撃にすら耐え切れなくなっていた。
痛みで一瞬だけ動きの止まったディノに拳が迫る。どうにか後ろに飛びながら、剣で受ける。ディノの体を、更なる痛みと衝撃が襲った。
「ッ!」
「ディノ!」
吹き飛ばされて、ディノは民家へと突っ込んだ。
それでもどうにか受け身をとって立ち上がろうとするが、体は言うことを聞いてくれず、フラフラとよろめいて倒れ込んでしまう。ディノはもう瀕死と言っても過言ではないほどの重傷だった。
「その傷で魔物の相手をするのは無茶じゃ!」
「……それでも、やるしかねえだろ。せめて他の奴らが合流するまでは――」
「遅れてしまい、申し訳ありません!」
ディノが何とか立ち上がろうとしていると、どこかからフェクトの声が聞こえた。フェクトは魔物の出現の報を聞き、部下を引き連れて駆けつけてきたのだ。
そして、その手に握られていたのは魔道具だった。
彼らは、ディノに気をとられるゴーレムの足元に魔道具を設置すると、それに手をかざして言う。
「広域結界、起動!」
それは、『魔鎖解放軍』が町の閉鎖に使った結界を張る魔道具だった。
ゴーレムはその結界に閉じ込められた。解放軍が使った時は町一つを覆うほどのものだったが、今回は範囲を縮小してゴーレム一体をギリギリ囲う程度にしている。
範囲をかなり狭くした分、ゴーレムの攻撃にも十分耐えられる強度となっている。
が、しかし結界を張る魔道具は結界の内側に設置するものである。よって魔道具は今ゴーレムと共に結界の内側に有り、そしてほどなくして魔道具は踏み潰された。幸いなことに、魔道具が壊されてもまだ効果は残っているようだが、もう一度結界を張ることは叶わないだろう。
民家で座り込んでいたディノに、フェクトは肩を貸して立ち上がらせる。
ディノは一言礼を言ってから、険しい顔で尋ねる。
「……それで、状況はどうなっている?」
「周辺住民の避難は完了済み、援軍は一般兵百二十と魔法兵五。残りは町で事後処理を行っています」
「あの結界はどのくらい持つ?」
「持って数分といったところです」
「……あれ、倒せると思うか?」
「……正直なところ、かなり厳しいと言わざるを得ません」
親衛隊は、基本的に対人戦に特化された集団である。もちろん対魔物戦も想定してあるが、ゴーレムに有効打を与えられるほどの火力を持った隊員はここにはいなかった。
そもそもゴーレム型の魔物の討伐は、複数の魔法使いによって少しずつその装甲を削り取っていく長期戦である。それも、今回は規格外の大きさと硬さを持つ相手だ。
どれだけの魔法使いが必要で、どれだけ時間がかかるか分かったものではなかった。
「どうするつもりだ?」
「住民を北側に避難させ、あのゴーレムを南に誘導します」
ディノの疑問に答えたのは、いつの間にか近づいてきていたソシーナであった。
「今回もっとも憂慮すべきことは、住民に被害が出ること。こちらの予想外の行動をとられては住民に被害が出てしまいます。よって我々の手で誘導します。幸いなことに解放軍の手によって南の住民は集められていますから、被害は抑えられるはずです。そしてほかの町からも援軍を呼び、少しづつ削っていくしかないでしょう」
あくまで淡々と、感情を抑えるかのようにソシーナは語る。
ディノは、更に険しい顔つきとなって尋ねる。
「……誘導にあたる兵士はどうなるんですか?」
「もちろんなるべく死者は出ないように策を練りますが、この場の兵士の命の保証はできません。最悪の場合、住民にも被害が出る可能性もあります」
それだけ言って、ソシーナはその場を後にした。
残されたフェクトは少しだけ迷うそぶりを見せた後、口を開いた。
「……その剣の使用はあなたの判断に任せる、とのことです。……これは私の個人的な願いなのですが、もしもそれを使う場合は、最初に私をお使いください。私では足りないかもしれませんが」
フェクトはそう言うと、一礼してソシーナの後を追っていった。
ディノの中では様々な感情や思考が脳内を飛び交っていて、まともな働きをしていなかった。
南にはリクベルとキャサリー、グレイにセナもいて、あのゴーレムがずっとディノを狙ってくれる保証もなくて、誘導に引っかかってくれる保証はなくて、あの拳が一撃でも当たれば兵士は死んで、ディノは躱せても普通の人にとってあの速さと巨体は十分脅威で、けどあの硬さを削るには時間も魔法使いも足りなくて、何よりここにはアリシアが――
そこに、思考の間に滑り込むように剣の声が響いた。
「ディノ、儂を生贄として使え」