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 フェクト・オピニウスは町のほぼ中心に立っていた。


「E班、72番に気づかれた。死者なし、負傷者六名、73番は制圧済みだ。至急向かえ」

『E班、了解』


 この一晩、彼ら親衛隊は忙しく働きまわっていた。特にフェクトの魔法の酷使具合は過去最高といっても良い。

 まず彼らはソシーナと別れた後、町の北側で結界を破壊して逃げたふりをした。途中で領主館から脱出していたビルヘイムと合流。その後は『魔鎖解放軍』から隠れながら、何とか解放軍に捕らえられなかった貴族の私兵や衛兵たちを拾って回った。

 そして日が沈むとソシーナと魔法で通信をした。ちなみにソシーナが通信用の魔道具を口の中に隠していたというのは真っ赤な嘘であり、ソシーナとの連絡は全てフェクトの魔法によって行われた。ソシーナが机をカツカツと叩いていたのは、モールス符号のような方法で情報交換を行っていたためである。

 そしてソシーナからの指示で内通者を炙り出したり、解放軍の巡回ルートや住民の状況を調べたり、果ては敵の使う魔法の種類の割り出しまで行った。


「B班、23番から26番までと93、94番が合流した。かなり警戒されているため、こちらからは手を出していない。近隣住民と協力して襲撃しろ」

『B班、了解』


 さらに今は、ソシーナが立てた作戦を住民全体に伝え、常に最大出力で展開された魔法によって全体の状況を把握し、何かほころびが出れば各地に散らばった部下(貴族の私兵など、厳密には部下ではない者も混ざっているが、今はフェクトの指揮下に入っている)にそれを伝えてフォローさせている。

 今回のMVPは間違いなく彼だろう。


 フェクトは度重なる魔法の酷使と疲労で目が回りそうになっていたが、あと少しで終わると自分に言い聞かせて何とか意識を保っていた。

 実際、この作戦はもう終盤に差しかかっている。

 領主館付近の魔法使いはディノが一掃し、警戒の高かった衛兵の詰め所はディノが結界を割るのとほぼ同時に制圧した。詰め所内部の兵たちは縛られていたが、フェクトによって作戦が伝えられていたため、縛られたまま一斉に決起。口も開いていないのに示し合わせたように一斉に襲い掛かってきた兵士たちに内部の魔法使いたちは混乱し、突入した親衛隊の助けもあってそのまま制圧することができた。

 そして、残る『魔鎖解放軍』はリーダーであるヨウムとあと一人である。


「7番は制圧失敗。一番近いのは……私ですね」


 その7番と呼ばれた最後の一人は、フェクトにとっては不幸なことに近くにいた。正直今すぐ寝てしまいたかったが、放置するわけにもいかないので現場へと向かう。

 しばらく走ると、その最後の一人の元へとたどり着いた。


「お前、親衛隊のフェクトだな?やってくれたもんだな」


 フェクトの姿を見とめて、忌々しそうにそう言い放った魔法使いは不健康そうな見た目をした男だった。焼け焦げた黒いマントを着ていて、その下にはダーム帝国の物とみられる制服を着ていた。


「そういうあなたは、帝国の魔法使いですか」

「ああ、ダーム帝国第六魔法中隊隊長サザ・ランケスタだ」


 おそらくは『魔鎖解放軍』に加わった帝国の魔法使いを指揮し、解放軍の監視をしているのだろうとフェクトは当たりを付けた。


 昨日の内に調べた情報によると7番は攻撃型の魔法を使うという。それが実力主義の帝国で中隊長ということはかなりの猛者、更に自分の名前を知っていたことから情報はある程度バレているとみていい。

 そうだとするならば、一人では少し厳しいかもしれない。

 そう考えたフェクトは、部下の到着まで時間を稼ぐことにした。


「どうしてこんな真似を?」

「帝国はな、今人手不足なんだよ。非魔法使い共がこっちに流れてるせいでな。それを解決するためには、もっと属国を増やして非魔法使いを集めなきゃなんねえ。けど、こっちもそう何度も戦争するほど余裕があるわけでもねえ」

「だから内部分裂を狙ったと?」

「そういうことだ」


 意外なことに、サザはフェクトの質問に答えを返した。そのうえ帝国の内部事情までペラペラと喋っている。

 どういうことかとフェクトが不思議に思っていると、その疑問はサザの言葉によってすぐに氷解する。


「なあ、お前もこっちに来ねえか?この国はもう魔法使いが生きていけるような場所じゃねえだろ?こんな大きなテロが起きたんだ。魔法使いは更に弾圧されるぞ?だからお前もとっととこんな国捨てて――」

「お断りします」


 サザの誘いをまともに聞くこともなく切り捨てる。

 その態度に少し機嫌を悪くしたサザが尋ねる。


「なんでだ?そんなにこの国が好きか?ロースタニアのバカ親子みたいに、まだこんな腐った国が立て直せるとでも思ってんのか?」

「ええ、信じております」


 またしても即答。

 更に機嫌が悪くなるサザを見てフェクトは自らの失敗を悟った。時間稼ぎならば適当に話を合わせて会話を引き延ばすべきである。それがああも感情的に返してしまったのは、偏に疲労と眠気のせいだった。

 後悔先に立たず、苛立ちが最高潮に達したサザは戦闘態勢へと移る。


「バッカじゃねえの?じゃあその愛する国とやらとともに死ね!」


 その言葉と同時に、サザは魔法を放ってくる。それは放たれた途端に周囲に熱をまき散らすような、鮮烈な炎だった。

 その攻撃を避け、距離を詰めにかかるフェクトだったが予想以上にサザの魔法の連射速度は速く、すぐに二発目が来た。その後も三発目、四発目とほぼ間断を挟まずにくる炎の嵐に、フェクトは距離を詰めることができない。

 魔法使いの中でもトップクラスの連射速度を誇るサザの攻撃には、回避を選ぶことしかできない。

 槍で受けようにも今は木製のものしか持っておらず、仮に鉄製であったとしてもあの熱量と威力の攻撃を受けきれるかは分からなかった。魔力切れ狙い、あるいは部下の到着を待つために持久戦を行おうにも、密度の高いこの連撃を避け続ける自信はなかった。


 そこでフェクトはこの状況を打開するために懐からあるものを取り出し、叩きつける。それは視覚に頼らずに相手の位置を割り出すことができるフェクトが重宝している物――煙玉だった。

 地面に叩きつけられた煙玉はモクモクと白い煙を吐き出し、二人の視界を遮る。


 事前情報にないその動きにサザは一瞬動きを止めるが、しかしすぐに行動に移る。

 フェクトの魔法は音を集めるだけでなく相手に音を届けることもできる。そして偽りの音で敵を惑わすこともあるという。ならばこの状況では視覚と聴覚を封じられたも同然だ。

 よってここでサザがすべきなのは今すぐにこの煙の外に出ること。煙を晴らせてしまえばそれが一番良かったのだが、サザの炎では時間がかかり過ぎるだろう。

 サザはフェクトの現在地を予測し、そこへと魔法を放ちながら横方向へ走り出す。現在地は、先ほどまでフェクトのいた位置と移動速度、そして自分の現在地から割り出した。

 フェクトは、自分の足音を上書きするために声をサザへと届ける。


「私は、こんな国嫌いです。魔法が、身分が、制度が、すべてが私の邪魔をする。こんな国滅びてしまえと、何度も思いました」


 信じているという先刻のセリフとは相反するような言葉。

 しかしそれは甘言でも虚言でもなく、ただの事実であった。


 オピニウス家は代々優秀な魔法使いを輩出してきた魔法使いの家系である。

 その家に生まれたフェクトに与えられた魔法は拡声、ただ遠方に声を届けるだけである。探知でも攻撃でも治癒でもなく、ほとんど役に立つことのない魔法。

 そんなフェクトに対して、周囲は冷たく当たった。

 魔法使い差別の根強いこの国では、魔法使いの権利を保障してくれるのはその魔法だけだった。そのため、出来損ないの魔法使いの扱いは非魔法使いよりも酷いものだった。

 そして彼は一度この国を、いや世界を呪った。


 そんな時に彼が出会ったのが、ソシーナだった。

 彼女の優しさに触れてその氷の心は溶かされ、彼女のひたむきさを知ってこの人の役に立ちたいと思った。そして何より、彼女の語るこの国の未来図はとても輝きに満ちていて。

 次第にフェクトはソシーナに惹かれていった。

 そして彼は力を求めた。彼女の思い描く未来を実現させるために。

 魔法で戦えないのならば近接戦闘だと槍術を磨き、それでも足りなくてもう一度自分の魔法と向き合い直った。そして長い努力と研鑽の果てに拡声の魔法を反転させ、集音の魔法を編み出した。

 そして、念願だった王女の親衛隊という立場に至れた。

 ならばフェクトの思いは一つである。


「しかし私は、ソシーナ様の騎士です!あの方がこの国の王位を望むというのであれば、私はあの方の剣となりましょう!あの方がこの国を守りたいと願うのであれば、私はあの方の盾となりましょう!」


 フェクトの高らかな声が、サザの至近距離で響き渡る。サザはあと少しで煙の中から出られそうというところだった。サザは煙の中へ向けて半円状に魔法をまき散らすと、煙から抜け出る。

 何とか耐えきったと一息ついた時――ゾクリと背筋が震え、とっさにその場から飛びのいた。その真横をすさまじい勢いで槍が通り抜けていく。

 サザの後ろにいたのは槍を構えたフェクトだった。


「馬鹿な、速過ぎる!」


 サザは横向きとはいえ煙を抜けるために全速力で走った。そのサザの距離を詰めるどころか後ろをとり、しかも先に構えて待っているなど信じがたい速さである。

 第一、先ほど見せた回避行動の時の速さをフェクトの初速と考えると、計算が合わない。つまり、先ほどは回避だけで手いっぱいのように見せて、実際には余力を残していたのだ。


「それだけ速いなら、最初から距離詰められたんじゃあ……」

「いえ、私にはディノ殿のように速度を殺して攻撃するほどの腕はありませんので、全速を出すと命に係わるような重傷を負わせてしまっていたでしょう」


 手加減されていた、という事実にサザが落胆と悔しさを感じると同時に、首筋は衝撃に襲われてサザは意識を手放した。

 サザを倒したことによって、残る『魔鎖解放軍』のメンバーはヨウムただ一人となった。だがヨウムの相手をしているのはディノだ。そのうち終わるだろうとフェクトはその場で部下がサザの回収に来るのを待つことにした。


 倒れ伏すサザを見て、フェクトは先ほどのサザの質問を思い出した。

 ――そんなにこの国が好きか?


 フェクトは、過去の経験からこの国があまり好きではない。ソシーナが作り上げる未来は見てみたいとは思うが、今のこの国はやはり好きにはなれなかった。

 しかし、今日聞いたこの町の住民の音を思い出してみる。

 今回の作戦は敵の情報はそれなりに割れていたし、親衛隊や衛兵がサポートに回っていた。何より、相手は民間人を殺してはならないという指示を受けていたということもあって、住民の被害はかなり抑えられるだろうと踏んでいたからこそ、こんな無茶な作戦に踏み込めた。


 しかし、実際に死者が出ないという保証はなかった。

 ソシーナは一人も死なせないつもりで作戦を組んでいたし、今回は結果的に作戦通り上手くいったが、フェクトの予想では十人前後は死ぬだろうと思っていた。

 魔法使いの大規模集団と民間人が戦って死者十人というのはむしろ喜ぶべき数字であり、フェクトにとっては戦いとはそういうものだと割り切れる数字であった。


 しかし、彼らにとっては違う。

 その十人の中にもしかしたら自分が、あるいは家族や友人が含まれるかもしれない。戦いに慣れていない彼らにとって、それは十分すぎるくらいの恐怖だっただろう。

 だが、それでも彼らは立ち上がり、戦った。

 愛すべきこの町を自分たちの手で守るために。

 フェクトは聞いた。恐怖に震える心臓の音を。それでも彼らは恐怖を押し殺して、魔法使いという名の怪物へと挑み、そうして打ち勝った。


 ああ、それは何という美しい光景なのだろう。

 ソシーナが常日頃から言っている、民があっての国だという言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。

 この国が好きか、嫌いか。その問いには、今はまだやはり答えられない。

 それでもきっと、少し先の未来で、自分は胸を張ってこの国を愛していると、そう言えるのだろうと確信するフェクトだった。

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