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クスワの南西部にて、『魔鎖解放軍』に所属する二人の魔法使いが町の見回りをしていた。
本来であれば魔法使いたちは十人前後で密集して住民を監視しているはずだったのだが、ビルヘイムなどのこの町に住む主要な貴族たちを取り逃がしてしまったこともあり、二人はその者たちの捜索に当たっていた。
「なんで俺たちがこんなことしなきゃなんないのかね」
「仕方ないだろ、探知系のやつは兵舎の方の監視しなきゃいけないんだし」
「あれ?お前って何の魔法が使えるんだっけ?」
「治癒だよ」
町の制圧が思いのほか簡単に済んだせいもあり、二人の気は緩んでいた。
二人が通りを歩いていると、ある建物の中からガタン、という音がした。
「ん?誰かいるのか?」
「すぐに出てきた方が身のためだぞ」
そう言いながら二人が中に入ると、そこはどうやら食堂のようであった。二人が警戒しながら奥へと進むと、厨房の方からもう一度音が聞こえた。そして厨房へと目を向けたその時。
「おらっ!」
「ガッ!?」
店の柱の陰からクマのような大男が飛び出し、その手に持った木刀で魔法使いたちの内の一人を殴りつけた。手慣れた動きで木刀を振るうのはこの店の店主であるグレイだった。
頭を強打された魔法使いは意識を手放し、その場に倒れ込んでしまう。
それを見たもう一人の魔法使いは自らの治癒魔法で回復しようと手を伸ばすが……
「動かないで」
背筋が凍えるような冷たい声と、背中に押し当てられた異物の存在によって、その手が止まる。
音もなく魔法使いの後ろに立ったセナは、その手にあまりアチェスタでは見かけないものを持っていた。
背中に突き付けられたのは小銃、それもホイールロック式と呼ばれるアチェスタには存在しないはずの技術で作られた銃であった。
「あなたが彼を回復して彼が私を殺すのと、私が引き金を引いてあなたを殺すのと、どっちが速いかなんて考えなくてもわかるでしょ?」
「……アチェスタ製の粗悪品など、いつ暴発するかもわからないぞ?」
「残念、これはリングルの銃よ」
その言葉に驚いた魔法使いは頭だけ振り向いて小銃を見る。その銃のグリップ部分にはリングル製の中でも最大手と呼ばれる業者が製造したことを示す紋章が刻まれていた。
「な、馬鹿な!どうやってそれを手に入れた!?」
「ダームとリングルにはちょっとした伝手があってね。昔譲ってもらったのよ」
"ちょっとした伝手"などと彼女は言うが、リングルからアチェスタまで火器を運んでくるのは並大抵のことではない。そもそも、セナの持っている銃の製造技術はリングルの国家機密であり、どれだけ金を積もうとも国外の人間が買える代物ではなかった。
セナによって動きを遮られた魔法使いは、グレイの木刀――柄の部分に『紅蓮の灰燼隊』と書いている――の一撃によって気絶した。
二人が魔法使いたちを制圧すると、陽動や予備戦力として待機していた者たちが店の奥からぞろぞろと現れ、魔法使いたちを縛っていく。彼らの手伝いをしていたグレイがふと、心配そうな声を出す。
「大丈夫かな……」
「大丈夫よ、アリシアちゃんにはディノ君がついてるんだから」
「いや、心配なのはアリシアちゃんじゃなくてディノの方だよ」
彼らは、誘拐騒動以来ディノの姿を見ていない。いつもであれば、何か事件が起きてもすぐにディノが解決して店でアップルパイでも貪っているのだが、今回はなかなか姿を現さない。
二人はそのことに言い知れぬ不安に駆られた。
「……大丈夫よ。ディノ君は一人じゃない。王女様もビルヘイム君もアリシアちゃんだっているし、それに彼のそばにはあの子がいるわ」
「……そうだな」
二人はディノとアリシアがいるだろう領主館の方を見る。
窓から見える町並みは普段よりもずっと静かで、空には一条の煙が立ち昇っていた。
*****
各地で住民の監視を行っていた『魔鎖解放軍』のメンバーは、ヨウムの命によって領主館前へと人員を送ることとなった。本来の予定であればそれなりの人数を監視として残しておくはずだったのだが、住民たちが予想以上に大人しかったので、四人だけを残してディノへの対処に向かっていた。
――そして残った四人は今、隠し持っていた武器を手に一斉に襲い掛かってきた住民たちに囲まれていた。
「死にたくなけりゃあ、動くんじゃないよ」
キャサリーがその年齢からは想像もできないほどドスの利いた声を発しながら魔法使いに槍を突き付けていた。それを見たリクベルが、キャサリーを諫める。
「婆さん、まだ腰やったの治ってないんだろ?休んどけよ」
「黙りな、リク坊。この町の危機だってのに、おちおち寝てるわけにはいかないよ」
二十五年前、この町は帝国の魔法使いたちによって蹂躙された。その日から、この町の住民たちは復興に努めてきた。ガレキを撤去し、建物を立て直し、防壁を築き上げた。
そして今、再びその悪夢が繰り返されようとしている。その危機に対して、あの日の二の舞にはなるまいと、彼らは立ち上がったのだ。
「この町は私たちの生まれ故郷で、私たちの居場所さ。だから今度こそ、私たち自身の手でこの町を守る。そうだろリク坊?」
「ああ、俺も可愛い娘のために、この町を守らなくちゃならないんだ。守り神だけに頼ってるわけにはいかないな」
ここ七年間、あるいはそのずっと前からこの町は守られてきた。『クスワの守り神』と、そう呼ばれる存在がこの町を守り続けてくれた。
だが、本当にそれで良いのか?
いくら英雄とはいえ、彼もまた一人の人間である。クスワの町の人々は、たった一人の人間に頼りきりになってしまっている現状を歯がゆく思っていた。
だからこそ、今この危機に立ち上がったのだ。自分たちは、もう屈することはないと証明するために。
その思いを乗せて、キャサリーが高々と槍を掲げる。
「もう、あんな屈辱を味わわないために、わた――おうっふ」
その振動は魔女の一撃となってキャサリーに襲いかかった。いわゆるぎっくり腰である。
「婆さん!?ちょ、だから無理すんなって言ったのに……」