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「どうして……」


 アリシアが茫然としたように呟く。


「リアにお前のこと託されてるからな、何があっても助けに来るさ」

「……そう、だよね」


 自分を殺そうとした相手をわざわざ助ける理由。そんなものはそれくらいしかアリシアには思いつけなかった。


「っていうのは、まあ建前だ」

「え?」

「もちろん、リアとの約束を守りたいって気持ちもある。けどホントのところは――」

「ディノ!後ろじゃ!」


 剣が叫び、ディノはとっさにアリシアを抱えてその場から飛びのく。その後ろを、グリフォンの前足が襲う。その背にはヨウムが乗っていた。

 更に建物の外壁が衝撃に震え、崩れ落ちた。外側から魔法で攻撃されているのだ。

 外から降り注ぐ魔法とグリフォンの爪撃を何とかしのぎ、空いた穴から一階へと降りる。

 ディノの足は着地に耐え切れず痛みが走る。


「っ!クソ……!」

「さすがだね。でもその傷で、いったいいつまで逃げ続けられるかな?」


 ディノはアリシアの手を引いて一階廊下を走りだした。


「ねえ、どうして!?どうして私を置いていかないの!?」


 ディノに手を引かれて走りながら、アリシアが必死の形相で尋ねる。

 それに対してディノは、前を向きながら答えた。


「八年前に母さんが死んだとき、俺はお前にどう接したらいいのか分からなくなった。あの日そばで見てたお前に、どうして母さんを助けてくれなかったのって、そう言われるのが怖かった」


 ディノが自分の感情を吐露する。それはこの八年、剣とグレイ以外には話したことのない本音だった。


「それで、お前があの日誘拐されたことを覚えてないって知った時、俺安心しちまったんだ。これで、母さんに似たお前に、あの日の約束を最悪の形で破っちまったことを責められなくて済むんだって、そう思ってた」


 それは、恐怖と向き合うことができなかったことへの懺悔だった。


「けどお前は肝心なところは覚えてて、お前に避けられ始めて、怖くなったんだ。お前はもう、俺みたいな怪物と、一緒に笑い合ってはくれないんじゃないかって。だから、お前から逃げた。お前のためだって言い訳をして、ずっと真実を隠してた。お前は勘違いをしているだけなんだって、俺がお前に嫌われているのは、本当のことを知らないからなんだって、そんな言い訳をして、お前と向き合おうとしなかったんだよ」


 それを聞いたアリシアは、どこかで聞いたような話だな、と思った。


「最低な父親だ。お前はリアじゃないのに、ずっとリアに重ね続けて、俺はお前の父親なのに、お前とまともに向き合おうとしなかった。本当に、ごめんなぁ」


 この人は、自分と同じなのではないか。ずっと真実から逃げ続けてきた自分と。

 少なくともこの人は怪物でも、死神でもなかった。自分と同じ赤い血の流れる人間だった。


「けど、俺はもう逃げねえ。今更かもしれないけど、もう、遅すぎるのかもしれないけど」


 ならば自分も、言わなくてはならないのではないか。謝らなくてはならないのではないか。

 アリシアの口から出た言葉は、奇しくもディノが言おうとしていた言葉と同じだった。


 ――私と、家族になってくれませんか?


「俺と――」

「私と、もう一度、家族になってくれませんか?」

「――え?」


 それは、アリシアが知るはずのない言葉。

 ディノとリアが家族になった日に、リアが言ってくれた言葉

 その言葉を放ったアリシアはその時のリアとよく似ていて、しかし決定的に違っていた。

 その瞳に映っていた色は、とても弱々しい不安の色。

 自信にあふれた強い目をしたリアとは、まるで正反対で。

 けれどそれは、見慣れた目のようにも思えた。


「ごめんなさい。向き合うことから逃げててごめんなさい。何も知ろうとしなくてごめんなさい。殺そうとしてしまってごめんなさ――」

「謝らなくていい、悪いのは俺だ!」

「ううん、謝らせて。あなたを殺そうとしてしまったのも、私が何も知ろうとしなかったのも、全部事実だから」


 ヨウムの言葉は、責任感の強いアリシアに刃となって突き刺さっていた。

 それはもうすぐにでも逃げ出したいくらい痛くて厳しくて、しかしそれでもアリシアは逃げ出さない。


「けど、もしも許してもらえるのなら、もしもまだ一緒にいてくれるって言うのなら」


 ディノがアリシアを見つめ、アリシアもまたディノを見つめる。二人の視線は、ようやく交差した。


「もう一度、父さんって呼んでもいいですか?」


 その言葉にディノは泣きそうになりながらも、涙は見せずに答えた。


「もちろんだ。むしろこっちからお願いしたいくらいだ」


 ディノの言葉にアリシアは安心したような、嬉しそうな笑みを見せる。

 そこにガラガラと音を立てて侵入者が現れる。


「感動の親子の和解は、もう終わりでいいのかな」

「いや、あと百年は続くからお前はもう帰っていいぞ」


 ヨウムは、ディノの言葉を無視してあたりの外壁をのけた。

 周りは解放軍の魔法使いたちに取り囲まれていた。


「さて、これでもう逃げ場は大体つぶしたかな?」


 ヨウムの言葉通り、ディノがいた建物どころか辺りの建物全てが瓦礫の山となっていた。

 これでは魔法を防いでくれる障害物がない。


「父さん、ここは――」

「安心しろよ。俺がこの八年間、どんだけ訓練してきたと思ってるんだ?」


 ディノは安心させるように二っと笑って、剣を瓦礫の山にかざす。


「我、力を欲する者なり。ここに、生贄を捧げん」


 剣はガレキを吸い取り、淡い光を放ち始める。

 そして、ディノが剣を構えた次の瞬間だった。

 ヨウムの背筋に、悪寒が走る。とっさにヨウムはグリフォンに命じて飛び上がった。

 その間の一瞬で、ディノの姿は掻き消え、二人の構成員が倒れた。


「っ!下がれ!」

「剣士相手に前に出すぎたな」


 ディノの動きが速すぎて、消えたようにしか見えない。

 ヨウムは上空で俯瞰的に見ているので何とか目で追えているが、地上の構成員たちは何が起きているのかまるで分らないだろう。

 ディノが剣を振るうたびに、解放軍の構成員がバタバタと倒れていく。


 そしてやがて、ディノ以外に誰一人として立っていなかった。

 更に信じがたいことに、解放軍のメンバーは皆一様に気絶させられているだけで、誰一人として死んでいないということだった。

 それをなすためには、いったいどれほどの力量差が必要なのか。

 ヨウムがその光景に呆けていると、ディノはいつの間にか輝きを増した剣を持って跳んでいた。

 とっさにヨウムはグリフォンの背から飛び降りる。空中でヨウムが見たのは、ディノがグリフォンの首を斬る光景だった。


 ヨウムが地面に落下し、ディノが着地する。

 町を襲う悪党を次々と倒していくその様は、まさしく守り神だった。

 それを見たヨウムは、歯を強く噛んで悪態をつく。


「くっ……どうしてまだ援軍が来ない!?街に出てるやつらは何をしている!?」


 ヨウムが叫ぶが、未だに広場に他の解放軍は現れない。

 その様子を見て、ディノは二っと笑って言い放つ。


「そろそろ、種明かしをしてもいいんじゃないか?」

「種明かし?何の話だ?」


 ヨウムが尋ねると、答えは別の場所から返ってきた。


「それは私からお話ししましょうか」


 声がした方を見ると、二人の男女が大勢の部下を引き連れて立っていた。


「ソシーナ王女。それに君は……誰だっけ?」

「ビルヘイムだ!」


 ビルヘイムたちは、ディノとアリシアのもとまで歩きながら不満そうに話す。


「まったく、自分が占領した場所の長の名前を忘れるとは……」

「しゃあねえよ。お前しばらく影薄かったし」

「うす、誰の頭が薄くなってるだと!」

「いや誰も頭の話はしてねえよ」

「ビルヘイム、今は真面目な時なのですよ?誰もあなたの髪事情などに興味はありません」

「も、申し訳ありません。ですが私はまだセーフなのです!ギリギリセーフなのです!」

「今まで影が薄かったから自虐ネタで印象に残そうという魂胆が見え見えですよ。見苦しいです」


 散々な言われようをされてしょんぼりしてるビルヘイムと、それを笑うディノ。

 その光景を見たヨウムが苛立たしげに睨む。


「ねえ、まだ戦いは終わってないっていうのに何楽しそうにお話ししているのかな?僕はまだ負けてないよ?」

「いいえ、負けたのですよ。あなた達『魔鎖解放軍』には、もう戦えるだけの力は残っていません」

「は?まだこっちには八十人くらいの魔法使いがいるんだよ?君の護衛が実はこの町を出ていなかったとして、衛兵と合わせてもせいぜい十人と少し。それだけの魔法使いで対抗できるわけが……」

「どうやらあなたは、こちらの戦力を勘違いしているようですね。戦いは、何も魔法使いだけのものではありませんよ?」

「?僕は非魔法使いも軽視してないよ?衛兵の詰め所には十人以上の魔法使いを向かわせてるし、逐一報告も……」


 ヨウムの言葉を遮り、ビルヘイムが叫ぶ。


「その認識が間違いだと言っているのだよ。こちらの戦力は、魔法使い十二名、兵士八百名、そして……一般市民十七万人だ!」


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