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18

「報告!北東方面にて、結界が破壊されました!」


 日が昇り、朝が来る。

 仮眠をとっていたヨウムは、その声にたたき起こされた。


「……誰の仕業?」

「付近の者が駆けつけておりますが、なにぶん北側は制圧が進んでおりませんので、発見に時間が掛かっている模様です」

「なるほど」


 ヨウムの頭が急速に冴えていく

 何やら妙な夢を見ていたような気もするが、それを頭の片隅に追いやると、昨日までの情報から可能性を整理していく。すなわち、誰が結界を破ったのか。

 いくつかの候補を思いつき、それぞれの場合どうするのが良いかを考えかけて、やめた。

 寝ぼけていてすっかり忘れていたのだが、北東には彼がいた。


「よし、僕も行こう」

「な!わざわざヨウム様が出なくとも我々で……」

「こっちもやること終わって暇してたところだから。それにもし彼が生きているのなら、直接会って話がしたいしね」


 昨日はすぐにでも町の制圧をしなければいけなかったから、結局彼の生存確認はできなかった。

 あれだけの魔法にあの高さ、普通に考えれば生きてはいないだろうが、それでもヨウムは彼の生存を確信していた。

 すぐに支度を終え、数名の部下と共に貴族街の広場へ。すると、彼はもうそこにいた。


「よう、昨日振りだな」

「やあ、ディノ。ちょうどあなたに会いたかったところさ」


 この国最強の剣士ディノ・フリスター。

 ヨウムには今のディノがすべてを殺す死神なのか、すべてを守る守り神なのかの判別が全くつかなかった。だが、どちらでも良い。

 どちらにせよ、最強の称号が目の前にあることに違いはないのだから。

 ヨウムは、戦闘態勢をとる部下たちをなだめ、軽い口調でディノに話しかける。


「それにしても、流石の速さだね。そんなに急いで、体は大丈夫なの?」

「ああ、どっかの誰かのおかげで絶好調だからな」

「そうかい、それはよかった」


 ディノはいつも通りにふるまっているが、ヨウムはディノの息の乱れ方や立ち振る舞いから、まだ本調子ではないことを見抜いた。第一、昨日の生傷もまだ残っているのだ。


「ところで、昨日の話は考えておいてくれた?」

「俺がお前らの仲間になるって話か?」

「そうそう、それそれ」


 会話で時間を稼いでいるうちに、ヨウムは部下に目で合図を出してディノを包囲していく。今この場にいる魔法使いは十二人であり、ディノと戦うには物足りない。だが時間をかければかけるほどにその人数は増えていく。ディノの存命は連絡用の魔道具によってもう町中の魔法使いに伝わっているからだ。

 今の状況は明確にヨウムが有利だ。その油断が出たのか、ヨウムはディノから一瞬目を離して周囲の部下を確認しようとする。

 ディノはその隙を逃さずに大地を強く蹴ってヨウムに肉薄する。


「おいおい、油断も隙もねえな」


 だがそれを読んでいたかのように、氷の鎧で武装した魔法使いに阻まれる。一瞬足を止めたディノに全方位から魔法が殺到する。


「誘われたか」


 確かに時間をかければヨウムの方に形成が傾く。だがヨウムはディノがそれを許してくれるような甘い相手ではないということは分かっている。だからあえて油断したふりをして攻撃を誘ったのだ。

 ディノは大きく飛びのいて魔法を回避する。


「それが君の答えかい?本当に仲間になる気は?」

「いちいち聞くな。しつこい男は嫌われるもんだぞ」

「そうかい、じゃあもう勧誘はやめておこう」


 残念そうに肩をすくめるヨウムと、胡散臭そうなものを見るような目をするディノ。ヨウムは本気でディノを仲間にできなかったことを残念がっているのだが、それがディノに伝わることはなかった。


「その代わりに、今度は本気でやらせてもらおうか!」


 ヨウムが天に手を向ける。

 本気と聞いてディノの頭によぎったのは、ヨウムの魔法のことだ。ヨウムは前回の戦いで一度もその魔法を見せていない。何が来るのかと身構えるディノに、剣が叫ぶ。


「ディノ、上じゃ!」


 その言葉とほぼ同時にディノも気づいていた。地面に大きな影ができていることに。

 ディノがとっさに後ろに飛びのくと、それは下りてきた。

 四本の足に大きな一対の翼。鷲のような頭と肉食獣のような鋭い爪甲を持つ魔に属するもの。


「グリフォン!」


 ヨウムの話によれば、『魔鎖解放軍』はオオカミを操っていたというし、魔物が出てくることは予想していたことだった。だがそれでも、魔物が人を守るかのように行動している姿というのは何とも奇妙なものだった。


「そういえば、僕の魔法について説明してなかったね。僕の魔法は洗脳、生物の思考に干渉できる。魔物みたいに単純な生き物ならこの通り、完全に操ることだってできるのさ」

「まさか、アリシアもそうやって操って――」

「人聞きの悪いこと言わないでくれるかなぁ。僕はただちょっと彼女の不安をあおって、勘違いに気づきにくくさせて、その怒りを増幅させただけだよ?彼女の憎しみは本物さ」

「そうかよ」


 もしかしたらアリシアはただ操られていただけなのかもしれない。そんな淡い希望はあっさりと打ち砕かれる。

 だがディノはもとよりそのつもりで来たのだ。その程度では動じない。


「さらに、こいつだけじゃないんだ」


 ヨウムがもう一度天に手を掲げると、またしても魔物が下りて、いや落ちてきた。

 大きな衝撃が周囲を襲い、大地が激しく揺さぶられる。砂埃の向こうでは巨大な骸骨が立ち上がるところだった。

 そこらの家を見下ろせるほどに大きな、骨だけでできた人型の魔物――通称スケルトン。

 しかし、スケルトンはグリフォンと違って飛行能力を持たない。いったいどうやって宙に浮かんでいたのかとディノが空を見上げると、そこには見知ったものが浮かんでいた。


「帝国で開発されている魔導飛行機。それの前世代機ってとこかな。古いから倉庫に眠ってたのを頂戴したんだ」


 魔道飛行機。それは二十五年前にクスワを襲った帝国の魔道具だった。スケルトンはそれに乗って今まで滞空していたらしい。


「さあ、今度こそ倒させてもらうよ」


 ディノと『魔鎖解放軍』との戦いは、再び巻き起こった。

 魔法使いたちは一度目の戦いと同様に壁を作って部隊を前衛と後衛に分けた。

 魔法と剣戟の嵐の中、しかしディノには当たらない。どんな攻撃を放とうとも、ディノを捉えることは叶わなかった。

 一度目と違い解放軍の準備は十分にはできていなかったが、それでも手負いのディノに攻撃を当てることくらいは可能なはずだった。それなのに、ディノは負傷を全く感じられない動きで、戦場を縦横無尽に動き回っていた。


「くっ、魔法使いの数が足りてないか」


 今この場にいる魔法使いは少し増えて十五人。それに加えてヨウムの連れてきた魔物がいるので、戦力的には一度目よりも確実に上だ。だがそれでも、ディノを倒しきれない。

 ディノが魔物の牙を潜り抜けてヨウムのもとへ駆けてくる。ヨウムはそれに剣を抜いて応戦した。

 つば競り合いの中、ディノが口を開く。


「さっきからアリシアの姿が見えないが、アイツはどこにいるんだ?」

「自分を殺そうとした相手の心配をするのかい?」

「それでも……それでもアイツは、家族だからな」


 その様子を見て、ヨウムは確信する。念のためにかけておいた()()は通用しそうだ、と。

 ディノの左右から魔法が襲い、ディノはヨウムから距離を取る。ヨウムは魔的な笑みを浮かべてその保険を切る。


「なるほど、そんなに会いたいなら会わせてあげよう」


 ヨウムが建物の上を指さす。そこにいたのは、探し求めていた銀髪、アリシアだ。

 アリシアは建物の屋上の端にフラフラと立っており、今にも落ちてしまいそうなほどだ。その傍らには解放軍のメンバーと思わしき者が一人立っている。


「アリシア!?」

「あ、動かないでね。僕が魔法でその背中を押してあげれば、彼女は簡単にその一歩を踏み出す。自分の娘に投身自殺させたくなかったら大人しくしていることだね」


 脅しに対して、ディノはその動きを止める。

 ディノは分からなかった。自分をあれほど憎んでいた相手が、なぜかうつろな目で屋上に立っていて、しかも自殺しようとまでしているのだという。

 ディノは相変わらずアリシアの気持ちが分からなかった。


「どういうことだ!?」

「僕は、彼女がどうしても真実を知りたいって言うから、本当のことを言ってあげたまでだよ。そしたら彼女あんな風になっちゃってね。まあ、当然だよね。自分の両親をその手にかけたんだから――」

「何を言っている!?リアが犠牲になったのも、俺が死にかけたのも、アイツのせいじゃない!」


 それは紛れもないディノの本音であった。

 アリシアはただ、何も知らなかっただけだ。自分が親としての責務を放棄して、すべてを隠し続けたから、アリシアは自分を手にかけようとするまでに至ったのだ。

 そんなディノの態度にイライラしたかのように、ヨウムが怒鳴る。


「……いつまでも、善人ぶってんじゃねえよ。本当はお前も腹立ってんだろ?自分が弱いせいで母親を殺したのに、その記憶を封じて、強くなろうともせず、偽りの憎しみに縋り付いて、自分の弱さから逃げ続けたあの女によぉ!」


 彼にとっては、無知は罪で、逃げも罪で、何より弱さは最大の罪だった。

 なぜなら自分は、それらのせいで大切な人たちを失い続けたのだから。


「……自分の弱さと、そんな簡単に向き合える奴なんていねえよ」


 ディノも昔は逃げていた。自分の弱さから必死に逃げて逃げて、そうしてリアと出会った。そして、自分の弱さを受け入れられるようになった。

 そう、ディノもまた、一人では弱さを抱えきれなかったのだ。


「だからこそ、その弱さに向き合うために、他人の力が必要で。……そうか、だから俺たちは、家族にならなくちゃいけなかったんだ」


 ディノは改めて覚悟を決める。

 もう一度、家族になるために。


「真の強者は、一人ですべてを乗り越えるものだ!」


 ヨウムが合図を出し、ディノに魔法が放たれる。完全な死角から放たれた魔法は、いつ落ちるかわからないアリシアから目が離せないディノには見えない。

 しかし、それを見ている者はいる。


「今じゃ!」


 当たると思われたその瞬間、剣の合図を受けたディノが紙一重で魔法を躱す。

 そして、アリシアに向かって疾風のごとき速度で駆けだす。完全に当たると思っていたヨウムは、一瞬反応が遅れる。


「このっ!」


 今から魔物をぶつけても間に合わないと判断したヨウムは、アリシアの感情を侵食する。自責の念と後悔を強め、死への恐怖心を薄めていく。

 そしてアリシアは、その一歩を踏み出した。アリシアの体を浮遊感が襲い、少し遅れて死への恐怖が蘇ってくる。

 だが時すでに遅し。彼女の体はもうすでに、空中への落下を始めていた。

 それを見たディノは、地面を強く蹴って、空を走るように飛び出す。落下するアリシアを受け止めて、抱きかかえる。

 そこに剣が叫ぶ。


「ディノ!上と後ろからくるぞ!」

「くっ!」


 ヨウムは知っていた。ディノならば、クスワの守り神ならば何があったとしてもアリシアを助け出すだろうと。だから部下にはあらかじめ指示を出していた。中空に身を投げ出したアリシアを狙えと。そうすれば必ずディノがそれを庇おうとすると。

 ディノはどうにか上方向の魔法を剣でそらすことはできたが、後ろからの魔法は防げなかった。その魔法は爆発を引き起こし、ディノを建物二階部分へと吹き飛ばす。

 ディノは爆発がアリシアを傷つけないように、ギュッと抱きしめていた。

 ディノの背中に痛みが走る。ディノとアリシアは、窓を突き破って建物の中に入った。

 爆発の炎からは守れたが、窓を突き破った衝撃と飛び散る破片からは守れなかったようで、アリシアの頬からは赤い血が流れていた。

 そして、先ほどまでうつろだったアリシアの瞳が、今は感情の色を取り戻している。

 その色は、驚愕に染まっていた。

 ディノは、そんなアリシアを安心させるように言う。


「大丈夫か、アリシア。助けに来た」


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