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 アチェスタ王国 オーラス領 領都クスワ。

 その町へと続く街道の脇、木漏れ日の注ぎ込む森の中で、男が歩いていた。


 男は名をディノ・フリスターと言い、この近くの町に住む青年……と言うには少し微妙な年齢の男だ。

 ディノは確かに一人であったが、虚空に向かってブツブツと何かを呟いていた。それははたから見ればただの独り言の様であったが、彼がしているのは独り言ではなく、会話なのだ。


 誤解のないように言っておくと、彼は決して精神に異常をきたしているのではない。

 では何と会話をしているのかと言うと、それは彼の腰の鞘に収められた剣だ。


 そう、彼の剣は意思を持っている。

 いくら魔法という超常現象が溢れているとは言え、意思を持ち言語を介する剣などこの世に二つとないだろう。もちろん言葉を話すと言っても、剣が音声を発している訳ではない。口も喉もないのだから当然だ。しかし、その剣はまるで心に直接語りかけるかの様に、己の所有者に意思を伝える。


 さて、そんな不思議な剣とその所有者が一体どんな話をしているのかと言うと……


「おめえが、たまには川釣りでもどうだ、とか言うからこんなとこまで迷い込んでるんだろうが!」

「おいおいディノよ。そもそも久しぶりに魚が食べたいと言ったのはどこのだれじゃ?」


 まさかの迷子であった。

 普段通りに森を歩いていたら小腹が空き、魚でも釣って食べようとしたら迷子になっていた。近くの町に住んでいるにも関わらず、普段からこの森を歩いているにも関わらず、だ。

 ディノは可愛らしい女の子のような声をした剣に、しかしそんなことは関係ないとばかりに怒鳴りつける。


「魚なら魚屋で買えばいいだろ!そこをお前が……」

「そうじゃな。確かに儂は釣りでもすればと言うたが、まさかお主が一度町へと戻らず、そのまま川へ直行するようなバカとは思わんかったわ」

「いや、それはお前がここら辺の地理なら任せろとか言ったから……」

「そもそも、儂はお主の腰から動けんのじゃから、儂が何を言ったとしても決めるのはお主じゃろう?ならば文句を言うのは筋違いではないか?」

「ぐぬぬ」


 二人は森の中を歩きながら、不毛な責任の押し付け合いをしている。ちなみに剣には異名のようなものはあるが名前はないため、ディノは"お前"とか"おい"とか呼んでいる。

そんな口論をしばらく続けていると、ついに川に出会うことができた。


「お、やったな川だ。確か川に沿って歩くと町に出るんだったか」

「町があるのは上流の方じゃな。間違えるんじゃないぞ?」

「うっせえよ。それくらい分かってんだよ」

「そうだといいが。ところで、釣りはせんのか?」

「昼飯にはちょっと遅いが、まあ別に構わねえよ」

「遅れたのはお主のせいじゃがな」

「いちいち一言多いな」


 文句を言いながら、ディノは近くに倒れている木に腰かけると、懐から小さな布製の袋を取り出した。その手のひらに収まるようなサイズの袋から、釣竿を引っ張り出した。

 明らかな異常現象だが、ディノはそれを特に気にした様子もなく、疑似餌のついた針を投げ入れた。その袋は魔道具であった。


 魔道具とは、魔法使いが自らの魔法を閉じ込めることによってできる道具である。

 誰でも使うことのできる反面、その効果は実際の魔法よりも一歩劣る。作り方はほとんど解明されておらず、解明されても国によって秘匿されてしまうため、市場にはほとんど出回っていない。その技術は、古の魔法使いたちが作り上げたものを遺跡から発掘するなどして、日々進歩している。


ディノが取り出した袋は市場に出回っている数少ない品であり、大きなリュックサック一つ分ほどしか物が入らないにも関わらず、一等地に家を建てられるほどの高級品である。

 ちなみに、ディノの持つ剣も魔道具の一種である。


「……そういえば、お前も魔道具ってことは製作者がいるんだよな?どんな奴なんだ?」

「さあな、儂は知らん。顔も見たこともないしな。探してみるか?」

「お前を作った奴はもうとっくに死んでるだろ」

「ひょっとしたら二、三度生まれ変わって、どこかにいるかもしれんぞ?」


 剣はそんな風に冗談めかして笑った。


「二、三度って……お前いったい何歳なんだよ」

「レディに年齢を聞く者があるか」

「……レディを名乗るならまずそのおかしな口調をどうにかしようぜ」

「なっ!人のアイデンティティをおかしいと言うか!」

「お前の声年齢の若さと口調が合わないから混乱するんだよ」

「二十年も一緒にいて今更過ぎるじゃろ!」


 まるでじゃれ合うかのような口論をしていると、釣竿に反応があった。

 どうやら魚が食いついたようだ。ディノが竿を上げると、その先端に魚がついていた。


「おっ、釣れたぞ」

「……口論の最中でさらっと釣り上げるとは、相変わらず釣りだけはうまいのう」

「だけってなんだよ。他にも得意なことくらいあるっての」

「ほほう、言っておくが"戦い"などという非生産的な行為はナシじゃぞ」

「……ねえな」

「じゃろうな」


 さすがに少し落ち込んだのか、声が小さくなるディノ。とはいえ普段から言われ慣れているのかすぐに気を取り直し、さあこの魚をどう食べようかと考えていると――


「グガアアアアア」


 後方から獣の叫び声の様な大きな声が聞こえてきた。いくら森の中とはいえここはそこまで深い訳でもなく、町にも程近い。ゆえに凶暴な野生動物の類はほとんどいない。

 つまりこの叫び声の主として考えられるのはどこにでも、何の前触れもなく突然出現する物、そう魔物である。魔物とは無限の体力を持ち、運が悪ければ小さな町すらも呑み込む怪物だ。当然ながら、普通の人が魔物に出会ってしまえば、怯えながら尻尾を巻いて逃げ出す以外の選択肢はないのだが――


「おっ、魔物が出やかったか」

「ほら、お主の数少ない得意分野じゃ。とっとと片付けて見せろ」


 ディノは事も無げにそう言った。立ち上がり、声のした方に走り出す。

 どうやらディノは魔物と戦う気のようだ。釣竿を袋にしまうと、腰元の剣を抜き放つ。

 その剣は、どこか近寄りがたい雰囲気を持っており、鈍く輝く黒色の刀身からは、剣呑さがありありと伝わってくる。だが同時に、見るものを惹きつけてやまない神々しさもある。


「せっかく釣ったのにもったいねえが、お前に()()()()()()


 ディノの左手には、水中から出たことで絶命した魚が握られている。右手に握った、その魔的な神聖さをもった剣を振り上げる。


「我、力を欲する者なり。ここに生贄を捧げん」


 ディノはそう言うと、ただの食料と化した魚を斬りつけた。

 否、正確には斬れていない。確かに剣を魚に沿って走らせはしたが、魚に特に変わった様子は見られない。本来であれば、うろこが裂けて血が溢れでるはずだというのに、だ。


 しかし、代わりに剣に変化が訪れた。

 剣が淡く光り始め、その光は小さな光の粒子となって天へと昇っていく。


 ディノは光る剣を手に持ち、魚は投げ捨てる。すぐに魔物の姿が見えてくる。

 魔物は巨大なワニの様な姿をしており、尻尾と口が異様に発達していた。その魔物はまるで自分の力を誇示するかの様に、辺りの木を噛みついては薙ぎ倒していた。

 ディノはあたりを見渡し、人がいないことを確認する。


「どこから来てんのか知んねえけど、とっととお帰り願おうか」


 近づいてきたディノに気づき、魔物は大きく口を開き、噛みつこうと跳びかかってくる。

 ディノはそれに構わず口の中へと跳び込んだ。そして、その鋭い牙がディノを捉える前に上顎に剣を突き刺した。完全に口が閉じきる前に下顎を蹴って口の中から脱する。

 この一連の動作を、口を閉じるというごくわずかな動作の間にやってのけたのだから、すさまじい速度だ。


「グギャアアアア」


 斬られた痛みからか、魔物が吠える。その光景を見て、剣はため息をついた。


「……相変わらず無茶な戦いをするのう」

「ああいう鱗が固そうな敵って内部から斬るのが正解じゃないのか?」

「それはそうじゃが……いきなり口の中は危険過ぎるじゃろ」


 ディノはスピードには自信があるが、あまり力の強い方ではない。魔物は普通の生物よりも圧倒的に固いことがほとんどなので、ディノは普段から弱点を狙って攻撃している。

 それはディノからすれば利にかなった行動なのだが、剣には無茶をしているようにしか見えないらしく……


「ディノよ、お主はもっとよく考えて行動をするべきだ」

「俺だってちゃんと考えてるわ!」

「いーや、そもそもお主はいつもいつも……」

「あ~、うるせえな。お前の説教は長いから嫌なんだよ」

「説教とは嫌でこそ効果があるのじゃ!」


 結果、いつもこんな風に口論になっている。魔物はそんな口論など知ったことじゃないとばかりに尻尾を振り回し、ディノへと攻撃を仕掛ける。

 しかし、ディノにとってその攻撃は遅すぎた。跳んで躱しながらも、じっくり魔物を観察することすらできたほどだ。


「全然ダメージ入ってないな。誰だよ口の中弱点とか言った奴」

「それはお主じゃ。じゃが、これは弱点関係なしにお主がケチったのが原因ではないか?」

「いや、こいつがこんなに固いとは思わなくて。しかし、何か使える物はあったかねえ」


 ディノは魔物の尻尾や牙を躱しながら、魔道具の袋の中を探り出した。すると中から一枚の金貨を見つけた。この辺りの物価だと、これ一枚で二週間は暮らしていける程だ。


「それしかないようじゃのう」

「え~。いやいや、この魔物固いだけでそんなに強くねえって。わざわざこれを使わなくても……」

「良いのか?あまり遅くなると、あの兄貴のアップルパイが売り切れてしまうかもしれないが……」

「よし、とっととぶっ飛ばすぞ」


 ディノの兄は料理人をしており、兄の作るアップルパイは絶品なのだ。だがアップルパイはそれなりの人気商品なので、すぐに売り切れてしまう。

 それを思うと、一秒でも早く町に帰りたくなったディノである。

 もしも剣に表情があるとすれば、きっと苦笑いを浮かべていたことだろう。


「我、力を欲する者なり。ここに生贄を捧げん」


 ディノは先ほどの魚と同じ様に金貨を斬りつけた。そうすると、先ほどより少しばかり輝きを増した光が剣を包み込む。

 ディノは金貨を捨てると、最初と同じ様に口を大きく開けて噛みつこうと跳びかかってくる魔物に向かって、これまた最初と同じ様に、しかしそれよりも少しだけ高く跳んだ。

 そして、ディノは魔物の上から脳天目掛けて剣を振り下ろした。


「ギャアアアアア」


 その一撃は、明らかに最初の一撃とは異なっていた。先の一撃は口内を少し傷つけただけだったが、それよりもずっと固いはずの鱗を切り裂くどころか、上顎を完全に両断し下顎にまで到達した。


「グ、ガァ」


 魔物はしばらくのたうち回っていたが、やがて息絶えた。

 すると全身が輝き出し、光の粒子へとその姿を変えていき、その光は天へと昇っていった。さらに、確かに剣にこびりついていたはずの血液も同じように消えていった。


「……果たして魔物はどこから来て、どこに帰るのかのう」

「知らねえよ、俺に聞くな」


 魔物は頭を真っ二つに分かたれてもしばらくの間息があった。それほど生命力に溢れていたにも関わらず、まるで最初からいなかったかのように魔物は消えてしまった。魔物がいた痕跡はせいぜい、なぎ倒された木々くらいにしか見られない。


「ハア、俺も帰るか」

「釣りは良いのか?」

「アップルパイが先だ」


 そう言って、ディノは自分の家へと歩きだした。


 #


 ディノの剣に確かに斬られ、そして投げ捨てられた魚。

 ディノに投げ捨てられた直後、それにはある変化が起きていた。


 魚はやがて輝き出し、光の粒子へと変化し、そして天へと昇っていった。そして、後には何も残らなかった。

 さらに金貨にも全く同じ様な変化が起きた。


 その剣はある場所、ある時代においては知らぬ者がいない剣であった。

 その剣は時と共に忘れ去られたが、数々の逸話を残した。

 その剣は敵も、味方も、そして所有者すらも飲み込み、その危険性から封印されていた。

 その剣は呪われた剣、嫉妬深き剣、破滅を呼ぶ剣などと呼ばれることもあったが、当時一番有名だった名があった。


 その剣は生贄の剣。

 その剣は生贄を食らい、その力を糧とする。

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