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「起きたか」


 ディノが起きると、そんな剣の声が聞こえた。

 あたりはすっかり真っ暗で、空は曇っていて星一つ見えない。


「もう夜か……結構寝ちまったな」

「あの高さから落ちて、よく言うわ」


 ディノは起き上がろうとしたが、できなかった。

 痛みと痺れで体はろくに動いてくれそうもなかった。

 あの瞬間、痺れる体を無理やりに動かして魔法の大部分は回避したが、地面が崩れて崖下へと落ちてしまった。その時の衝撃で今まで気絶したのだった。

 今の状況を思い出したディノに、剣が尋ねる。


「……お主はこれからどうするつもりじゃ?」

「……このまま町を離れるのも悪くないかもな」


 アリシアはディノを憎んでいる。あそこまでいってしまってはもう関係の修復など不可能だ。ならばこのまま町を出てしまった方がいいだろうと考えた。

 もしもディノが、クスワが解放軍に襲われていることを知っていれば、違う判断を下したのかもしれない。だがそれは今言っても栓のないことである。


「いずれ真実を知った時、あの娘がどんな反応をするのか、見物じゃな」

「分からないぞ、もしかしたら何も知らないままに死ねるかもしれねえ」

「それを望んでいる時点で、お主は親として失格じゃな」

「……全くだな」


 当然のことを言われて、自嘲気味に笑うディノ。

 彼らはしばらく無言だったが、やがてディノがポツリと漏らした。


「……なんで、こんなことになっちまったんだろうな」

「儂に言わせてみれば、成るべくして成ったことじゃな」

「こうなるって分かってたなら、なんで早く言ってくれなかったんだよ」

「それは……」


 珍しくも剣は言い淀むが、覚悟を決めたように言葉を紡ぐ。


「……儂にはこんなことを言う資格はないと分かってはいるのじゃが、あえて言わせてもらうぞ」

「俺とお前の仲だろう?今さら何言われても気にしねえよ」


 それに対して、ディノは剣を安心させるようにあえて軽く答えた。


「あの娘がお主に牙を向けたのは、至極簡単な理由からじゃ。それはお主が臆病だったから。その臆病さ故に、お主があの娘を遠ざけたからじゃ」


 剣に気を使うような余裕は、ディノの中で一瞬で吹き飛んだ。


「……俺のどこが臆病だって?」

「今更分かり切ったことを聞くでない。八年前、リアが死んだあの日から、お主は誰かを愛するということに恐怖しておる。なにせ、お主にとって誰かを愛するということは、最良の生贄を得るということに等しい。最も愛した女が、最も上質な生贄へと変わったあの日のトラウマが、未だにお主の心にこびりついておる」


 図星であった。

 ディノは確かに、未だに生贄のことを忘れられないでいる。

 それこそ何度も、夢に見るくらいに。


「お主は人を愛することが怖かった。じゃが、リアに託されたあの娘を愛し、守らなければならなくなった。お主はそんな時、はたと気づいた。娘のことをリアほどに()()()()()()()()ことに」


 ディノはもう、何も言えなくなっていた。


「あの戦争の時、お主はリアに宣言した。もう二度と生贄は作らないと。戦争が終わった時、お主はリアに約束した。もう戦争なんて起こさせないと。じゃがお主はリアを生贄に捧げ、激情に駆られるままに、『魔鎖解放軍』を殺して回った」


 八年前、リアと共に『魔鎖解放軍』を捕らえた。バルヘルも、ゴーレムが出た時点では生きていた。だがディノはリアが生贄となった原因を許すことができなかった。

 だからゴーレムと共にバルヘルも切った。

 そして、一年かけて解放軍の残党とその協力者を殺して回ったのだ。


「前者は、リアたっての願いじゃ。それはまだよい。じゃが後者は、明らかに魔法使いと非魔法使いの争いを助長するものじゃった。さらにその間、お主はあの娘を放っておいた。リアに託されたのにも関わらず、な」


 そう、ディノが解放軍を殺して回っていた一年間、ディノはアリシアをグレイに預けて一度も顔を合わせていなかった。

 なぜなら、アリシアもまたリアが生贄となった原因の一人だから。

 もちろんディノも、まだ幼いアリシアにそんな責任はないとは分かっていた。だがどうしてもリアを失った悲しみと怒りを抑えきれず、娘にすらつらく当たってしまいそうだった。

 だから、そうならないためにアリシアを引き離した。


「そして、一年ぶりに会ったあの娘の中に、お主はリアを見た。お主はリアを必要としていた。それだけお主にとってリアという存在は大きすぎた。じゃからお主は、アリシアをリアの代わりとして見てしまった」


 そう、ディノはアリシアにリアを重ねてしまっていた。

 だが、彼女は当然リアのようにディノを慰めてはくれなかった。ただ、質問をしたのだ。ディノにとって最も聞かれたくないことを。思い出したくない過去を。

 それが、アリシアをリアに重ねたディノにとってみれば、まるでリアが自分を責めているかのように思えた。

 アリシアに、お母さんはどうして死んだのと聞かれるたびに、リアに、どうして剣の力を使ったのと責められているような気がして、アリシアに、この一年どこにいたのと尋ねられるたびに、リアに、どうしてあの人たちを殺したのと咎められているように思えたのだ。


 そして、いつの間にかアリシアを娘だと思えなくなってしまっていた。

 死者の顔で自分を責め続ける、恐怖の塊のようなナニカとなってしまったのだ。


「お主は妻を、リアを愛していた。じゃがそのリアに託されたにも関わらず、お主は娘を()()()()()()。それを正当化するために、嫌われているからという、理由付けが必要じゃった。お主は嫌われ続けるために、あの娘を遠ざけた」


 ディノは思い出していた。ここ数日でいろんな人にされた忠告を。

 リクベルの、どこまで行っても親は親だという言葉。

 ディノは親であったはずなのに、その責務を放棄してアリシアから逃げ続けていた。

 セナの、隠し事はいつか必ず暴かれるという言葉。

 ディノが中途半端に隠し続けたせいで、アリシアはディノを憎むまでに至った。

 キャサリーの、人は誰かの代わりになんかなれないという言葉。

 ディノは、リアの代わりを求め続けてしまっていた。


「……何でなんだろうな。あんなにも愛していたリアと俺の子どもなのに、リアから託されたのに、俺はアリシアを愛せなかった。いろんなことから逃げて、クスワの守り神って響きに溺れて、父親であろうとしなかった。本当に、最低だ」


 そんなディノの言葉に、剣はため息をつく。


「ハァ、お主は阿呆か?お主がアリシアと過ごした時間は極端に短い。その上ここ数年はまともに話してもいないじゃろう?それで愛なんて芽生えるはずもない」


 そんな剣の言葉に、ディノは納得がいかないように反論する。


「けど、親ってのは子どもを愛する者だろう?」

「まず、その前提が間違っておるのじゃ。お主の親は違ったのかもしれぬが、子を捨てる親なぞいくらでもおる。親子は必ず愛し合わなければならいなどという決まり事はない!」

「いや、それはそうかもしれないけど、俺が親としての責任を放棄して、守り神としての自分に逃げてたのは事実で……」

「それの何が悪い?お主は父親としては失格かもしれんが、英雄としては最高の男じゃ。この国を救った男が、それを誇らずして何を誇る?」

「いや、父親失格は駄目だろ」


 冷静に突っ込むディノだが、しかし剣の意図は分かっていた。

 剣はディノを、励ましてくれているのだ。お前はアリシアを愛せなかったことも仕方のないことだと、励ましてくれているのだ。

 そんな剣にディノは感謝の念を送りつつも、その気遣いを暴いてしまうような無粋な真似はしなかった。


「そもそも、儂は昔からあの娘が気に食わんかったのじゃ。いつもいつも泣いてばかりで、誰かに慰められるまで絶対に泣き止まんかったし、特にディノが来た途端にすぐに泣き止みよって、慰められてるのにえり好みするとは何て奴じゃ!あやつはきっと慰められたいがために泣いているに違いない!」


 どこかで、聞いたことがあるような話だった。

 その話を聞いた途端、ディノの中でカチリと、何かがはまる音がした。


「――というのも気に食わんし、ああそうそう、あやつがずっと勘違いをしていることも気に食わん!あんなにリアを愛しておったディノが、リアを殺すなどという馬鹿な勘違いを、どうしていつまでも――」

「俺は、これまでずっと分からなかったんだ。こんな俺がアリシアの近くにいてもいいことなんてない。なのにどうして今の今まで町を離れようとしなかったのか。どうして俺はアリシアの父親でありたいと思ったのか」


 剣の話を途中で遮ったディノは、ずっと疑問に思っていたことを話す。

 誘拐されたアリシアを助けに行った時にも思った疑問。

 父親失格であると思っていながらも、なぜ守り神ではなく、父親であろうと思ったのか。


「俺は、アリシアをちゃんと愛したかったんだ。リアの代わりとしてじゃなく、俺の娘として」


 それが、ディノの忌憚のない本当の想い。ディノは、もし許されるのであれば、いやたとえ誰に許されずともアリシアを愛したかった。


「本当に、あの状況からどうにかするつもりか?お主らの関係は、もう修復不可能なまでにこじれておる」

「ああ、そんなこと分かってるさ」

「そうか……それでもお主が愛し合いたいと願うのであれば、もう逃げるな。お主が思い描く愛し合う親子は、時に相手を疎ましく思うことが有っても逃げ出さず、あるいは逃げ出せないからこそ愛し合うことができるのじゃ」


 疎ましくても、逃げ出せないから愛し合う。

 そう聞くと、なんだか洗脳か何かのように感じられて、愛というには随分と醜く感じられた。

 それがなんだかおかしくて、ディノはつい噴き出してしまう。


「ハハ、誰かを愛するってのも、意外と大変なもんだな」

「ふん、愛をなめるでないぞ。お主は家族であれば無償で愛し合えると思っておるようじゃがな、愛にも努力は必要じゃぞ。お主は臆病さ故に、あの娘は憎悪故に全く歩み寄る努力をしてないではないか。そんなことで愛し合いたいなど、笑わせてくれるわ」


 皮肉げに言う剣に、ディノは苦笑する。

 そして剣は、ポツリとつぶやくように言う。


「……お主ら親子には、きちんと愛を伝え合って、幸せになって欲しいと思うのは、儂の我が儘かのう」

「ん?なんか言ったか?」

「いや、何でもない。さあ、ディノ。どれだけ愛したいと思っていても、それを伝えようとせねば相手には伝わらんぞ?というわけでさっそくあの娘のところへ……」

「いや俺まだ動けないんですけど」


 ディノが突っ込み、二人が笑い合う。いつの間にか雲は晴れ、空には星々が輝いていた。



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