15
「やっぱり来るよね。僕の思った通りだ」
放送から四十分後、ヨウムのもとへソシーナが投降してきたとの連絡が入った。
ヨウムは大体計画通りに進んでいることに気分を良くしながら、側付きに尋ねる。
「ちなみに変装とか魔法とかの可能性は?」
「魔封じの手錠嵌めてるんで、魔法は使えないはずっすよ。一応身体検査はやったので大丈夫じゃないっすかね」
魔力の流れを乱れさせ、魔法を使えなくする道具は魔封じと呼ばれ、これも魔道具の一種である。魔封じで防げるのは魔法だけだが、魔道具は見る人が見ればわかるので問題はない。
作るのにかなりの手間がかかるため量産はできないが、現代でも作成できる数少ない魔道具であり、主に犯罪者の捕縛などに使われている。そんな道具をテロリストが使うのだから皮肉なものである。
ちなみにソシーナの身体検査は女性の魔法使いが行った。
ヨウムが今いる場所は領主の執務室、つまり昨日ディノがソシーナと再会した場所である。そこに、再びソシーナがやってきた。
「ヤッホー、こんにちは。はじめましてだね」
「ええ、こんにちは。ご存知の通り私はアチェスタ王国第三王女ソシーナ・アチェスタ・フラペリウムです」
「あ、僕は『魔鎖解放軍』を仕切ってるヨウム・ロースタニアだよ」
その名前を聞いて、ソシーナは思い出していた。そういえば、バルヘルには隠し子がいたという話があったと。八男前に捕らえた解放軍の構成員が漏らしたことだそうで、結局その息子は見つからなかったのでデマだと思われていたのだが、まさか実在していたとは。
少しだけ驚いているソシーナに、ヨウムが尋ねる。
「まず聞きたいんだけど、君の部下はどうしたのかな?」
「おや?一人で来いという話ではありませんでしたか?」
「いやいや、そんなこと言ってなかったでしょ。で、どこにいるの?」
「……もうこの町から脱出している頃かと」
その言葉の直後、窓の外から見えた半球状の結界が消えていく。
しかし、消えたそばから再び結界が展開される。そしてドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。扉が勢いよく開け放たれ、男が顔を見せる。
「報告!北東方面にて、結界が破壊されました!」
「修復は?」
「完了しております」
「ならいいよ」
「追わなくて良いので?」
「北側にはほとんど部下いないからね。行っても追い付けないよ。仮に追い付けたとしても戦力的に全員を倒すのは厳しいしね」
そっけなく返すヨウムに、報告に来た男は慌てて帰っていく。ヨウムの命令を他の者にも伝えにいくのだ。
ソシーナは、一連の出来事でいくつかのことに気づいていた。
一つは、結界は一部でも壊せば一度完全に解除される仕様だということ、少し子供っぽいと思っていたヨウムが、意外と冷静な判断ができること、そして――
「今のは魔法使いではなく、この町の正規兵ですよね?」
「別に全員が魔法使いだとも内通者がいないとも言ってない。それで、これはどうゆうことかな?私が死んでも他のみんなが夢を継いでくれるとかそういう感じ?」
「いいえ、私が死んでしまっては私の望みは叶いませんよ」
「……つまりここで死ぬ気はないと?」
「そう捉えてもらって構いません」
ヨウムの鋭い視線と、ソシーナの強い意志を秘めた瞳が交差する。
だがそれも一瞬のことで、ヨウムはフッと目をそらすと呆れたような声で言う。
「君さあ、何か勘違いしてるんじゃないの?僕は話し合う為に君をここに呼んだんじゃないんだよ?」
「ですが私は、あなたと交渉をしにここに来ました」
「交渉?一体何の?」
さも何が言いたいのかわからないという風に、ヨウムはとぼけた声を出す。
「私は親衛隊からこの町の状況を聞いていると、ある違和感を覚えました。そして、実際にこの町を見てそれは確かな物へと変わりました。その違和感とは、この事件の異様な死者の少なさです」
「……へぇ」
「これだけの人質がいるのです。見せしめや戯れに殺してしまっても、少しくらいなら問題ないはずです。ましてやあなたの目的がこの国を捕ることならなおさらです」
そのソシーナの言葉に、ヨウムは一瞬視線を強めるが、すぐに表情を緩ませる。
「僕目的なんて言ったっけ?」
「言ってません。ですが、これだけの魔法使いを集めてるのですから、それ以外に考えられないでしょう?」
「分かんないよ~、お金が欲しいだけかもしれない」
「リスクとリターンが釣り合ってなさすぎるでしょう。いえ、あなた方の目的は何でも良いのです。問題は誰がどんな指示を出したか」
「指示なんて受けてないよ。僕がこの組織のリーダーだからね」
「それはないでしょう。これだけの魔法使いと数々の魔道具、そして私達の情報。これらが、一組織で揃えられるとは思えません。間違いなくどこかの国が関わっています」
のらりくらりと躱そうとするヨウムを、しかしソシーナは逃がさない。
このままではらちが明かないと思い、ソシーナは自分の考えを順に話していく。
「初め、私はこう考えました。黒幕は私の兄の第一王子と、兄に繋がりのある帝国の貴族または王族。この作戦の目的は魔法使いの武力を知らしめること。高々百人程度でも町を占拠することくらいは簡単に出来る、と。そして、あまり人を殺さないことによって、魔法使いが嫌われ過ぎないようにもしている」
「なるほど、確かに筋は通ってるかもね」
うんうんと、ヨウムはうなずく。
しかし、首が上下に動いてもその瞳は決してソシーナを捉えて離さない。
「しかし、それならばなぜ私はまだ生かされているのでしょうか?王位を狙う兄にとって、同じく王位を狙う私は邪魔な存在です。余計なことをする前に、捕らえた瞬間殺されてもおかしくはない」
「君の派閥の情報が欲しいんじゃないかな?」
「私の派閥なんて、今はまだ大して大きくもないですよ。つまり、私が言いたいのは、これは兄の命令ではないのでは?ということです」
「何が言いたいのかな?」
切り込むソシーナに、しかしヨウムは笑みを崩さない。それでもその瞳は、まったく笑っていなかった。
「もしかしてあなた方は、兄にこう言われたのではないですか?暴れるだけ暴れて、二、三の町を落としたら自分の率いる軍に討たれて死ね、と。兄としては、魔法使いを強いたげ続けているといずれこんな風に爆発するぞという脅しになり、それを自分で抑えることによって武勲もたてられる一石二鳥の作戦だったのでは?ついでに私も殺せればもうけもの」
ヨウムは黙っている。ソシーナの発言を肯定も否定もしない。
「あなたは確かに王族の協力は欲しいが、まだ死ぬわけにはいかない。だから、まだ逃げられるように誰も殺していない。死者が出れば、軍も本腰を上げて追跡しなければなりませんしね。そして、兄の命に逆らってまで私を生かしているのは、兄を裏切った後の仲間が欲しいから。違いますか?」
「……なるほど。僕の想像通り、君はなかなか優秀なようだね。けど正解は七割かな」
ヨウムは、これまでとは全く質の違う笑みを浮かべる。
これまでの穏やかで安心するような笑みとは違い、その笑みは蠱惑的で魔的だった。
「まず一つ目。さっきも言った通り僕は誰の指示も受けてないよ。帝国も君のお兄さんも、あくまで僕の協力者。上司でも、ましてや仲間でもない」
ヨウムは握りこぶしを突き出し、人差し指を立てる。
ソシーナは、ヨウムの急変ぶりに若干の驚きは覚えたが、動揺するほどではなかった。
なんとなく試されているような感覚はしていたからだ。
「二つ目。僕は裏切ってなんかないよ。先に裏切ったのは君のお兄さんなんだから」
「どういうことですか?」
「君のお兄さんさ~、魔法至上主義の国を作るとか言っといて、この町の住民を虐殺しろとか言うんだよ?そんなことしたら魔法使いが怖がられちゃうじゃないか。だから多分、帝国や僕らの手前そう言っているだけで、自分の権力を手放すつもりは全くないんだろうね」
ヨウムは次に中指を立て、最後に薬指を立てた。
「最後に三つ目。僕が君に求めている立場は仲間じゃない。傀儡だよ。僕の操り人形としてなら、君のことを王様にして上げてもいいよ?」
ヨウムのその、魔性のごときほほ笑みと、悪魔のごとき契約は、言外に断れば殺すと伝えていた。まさしく"魔"法使いの甘言に、ソシーナは少し声を震わせながら答える。
「……あなたにつけば、ある程度の権力は保証してくれるのですね?」
「ああ、もちろんだよ」
「……では、アチェスタ王国第三王女ソシーナ・アチェスタ・フラペリウムはあなたに忠誠を誓います」
片膝をつき、頭を下げる。一国の王女が、テロリストに屈した瞬間であった。
「契約成立だ。僕が君を王にしてあげるよ」
交渉がうまくいったのを見て、ヨウムは表情を緩めた。
そして、ソシーナに次の行動を伝える。
「さしあたって君には僕の部下を匿える場所を用意してもらおうかな」
「兄からの指令はどうするのですか?」
「そうだね~。王女の暗殺には成功したが、仲間割れによって作戦は失敗。僕はほとんどの部下を失いつつも殿下に忠誠を誓い続ける、ていう体でいこうかな」
「つまり私はあなたの部下と共に死んだ振りをして、どこかに身を隠せば良いのですね」
「そうだね」
そのヨウムの言葉に引っかかるものを覚えたソシーナは質問を返す。
「ですが、私が死んだと世間に公表されては面倒なことになるのでは?死者が王になれるはずもありませんし、偽者だと疑われるのでは?」
「だから君のお兄さんにはクーデターを起こしてもらおうと思っていてね」
「クーデター、ですか?」
「本来は魔法使い百人を犠牲にして武勲をたてるつもりが、そいつらが勝手に自滅したら、彼は相当焦るはずだ。貴重な戦力をみすみすドブに捨てるようなものだからね。その上で暗殺者を送り込むなり、帝国からプレッシャーをかけるなりしてクーデターを誘発するのさ。そうしたら君の死もそのゴタゴタに紛れさせることが出来るはずさ」
ペラペラと決まりきったことを言うように話すヨウムに、ソシーナはどこか怪しいものを感じながらも、今は関係がないかと話を変えた。
「そうですか。では今から親衛隊に連絡をとらせてもらっても構いませんか?」
「連絡?どうやって?」
「口の中に通信用の魔道具を仕込んでおいたのですよ」
「なるほど、さすがに口の中までは調べなかったな」
用意周到なソシーナに、ヨウムは僅かばかりの疑いの目を向ける。
「それで、今から裏切りの相談でもするのかい?」
「まさか。親衛隊には私の協力者である辺境伯のもとに向かってもらっていたのですよ。どう転ぶにせよ、しばらくは身を隠す必要がありそうでしたからね。匿ってもらう人数が増えたと連絡をするだけですよ」
「それじゃあ、辺境伯の所に着いたら一度こっちに戻ってくるように伝えてよ。二日もあれば往復出来るでしょ?」
「ええ、そう伝えておきましょう」
ヨウムはソシーナと部下たちが死んだふりをするための算段を付けると、作戦に不備がないことを頭の中で確認してから口を開いた。
「それじゃあ、親衛隊が戻ってくるまで君は軟禁させてもらうよ」
「分かりました」
「素直だね。見張りを一人つけておくから、何かあったらそいつに言ってね」
こうして、王女とテロリストの交渉劇は幕を下ろした。