14
「どうやら逃げ切れた様ですね」
暗殺者から逃げたソシーナたちは、万が一の時の合流ポイントとなっている空き家――に偽造した隠れ家――に隠れていた。
その場所の存在を知っているものは、今回連れてきた十四名だけなのでバレる心配はまずない。
しかし、逃げている最中に宿屋を囲んでいたのとは別で魔法使いたちが町中にいたのが気になった。
もしかしたら最悪の事態に陥っているのかもしれない。
「フェクト、町の状況はどうなっていますか?」
「……住人が何ヵ所かに分けて集められ始めていますね。町の南側から徐々に制圧されていっています」
どうやら、敵の狙いはソシーナの首どころかこの町そのものだったらしい。
もはやこれは誘拐や暗殺ではなくテロだ。
敵はそれだけのことができる組織なのだろう。
「どこかで戦闘が起こっていたりはしませんか?」
「流石にそこまでは分かりません。ですが、襲撃からあまり時間はたっていませんし、ほとんどの人が大人しく従っているかと思われます」
「この町の衛兵はどうしていますか?」
「この町には今約七百人の衛兵がおり、内魔法使いは八人です」
「少ないですね」
「ちょうど近隣の村の魔物被害の対策でかなりの人員が割かれていました」
「なるほど、用意周到ですね」
おそらくその魔物というのは誤情報だろうとソシーナは思う。
自分がこの町に来るときに合わせて魔物の誤情報を使って兵力を減らしたのだ。
この町にはディノがいるので、多少兵が少なくとも問題ないと判断されたのだろう。
そう考えると、この訪問を極秘で行ったのは裏目に出たか。自分が来るとあらかじめわかっていれば、衛兵がこの町から離れるような真似はしなかっただろう。
「おじ様、ディノ・フリスターはどこにいますか?」
「少なくともこの町にはおりません」
ディノはアリシアを人質にされて北東の丘に向かったと聞いた。
そこまでの距離はそう離れてもいないのに、未だにクスワに戻ってきていないということは、そこで何かが起こったのだろう。
敵もディノのことはかなり警戒していただろうし、何らかの対策を取っているはずだ。
最悪の場合、アリシアをうまく使われて別の町まで誘導されていることも考えられる。
そうなれば、ディノ抜きで解放軍と戦わなければならないだろう。
常に最悪を想定するはずのソシーナの頭の中に、ディノの敗北や死亡という想定はかけらも浮かんでこなかった。
彼女の中におけるディノという存在は、こと戦闘に関してはそれだけ圧倒的だった。
「あなたの知っている魔法使いはどれだけいますか?」
「四十六人です。魔法使いだと発覚しながらも軍に所属してない者や、少数ですが軍属の者もいます。そのほかにも魔法使いらしき動きをしているものが三十人以上います」
「なるほど、これは弱りましたね」
魔法使いは、必ずしも軍に所属しているわけではない。
魔法使いだと発覚すると、十五歳からの五年間は軍に所属する義務があるが、それ以降は義務ではない。
とはいえ、戦時だと強制的に徴集されるし、強い魔法が使えても強制的に徴集されるし、されなくとも監視付きの人生を送らなければならない。
フェクトが探知した軍に所属していない魔法使いというのは、その監視付きだったはずの者のことを言う。また、片親が魔法使いあるいは魔法使いの家系ではない魔法使いの中には、そもそも魔法使いであることを隠している者もいる。
そういった者たちをかき集めたのが、『魔鎖解放軍』なのだろう。
「とりあえず、他の者と合流しましょうか。その後は、北側から各個撃破して回りましょう」
「危険です!少なくとも六十人は魔法使いなんですよ!ソシーナ様は今すぐ脱出すべきです!」
「この町を見捨てて逃げるわけにはいきませんよ。それに、脱出はおそらく無駄です」
「……理由を、お聞きしても?」
「よろしいでしょう。まずそもそも、なぜ敵は私がこの町にいることを知っていたのでしょうか?」
ソシーナがフェクトに問う。
フェクトがいる限り尾行はあり得ない。
とすると敵はもともと情報を持っていたことになる。
「……おそらく何者かが情報を漏らしたものと思われます」
「ええ。そして極秘であったはずのこの訪問の情報を入手する事ができ、この規模の組織を動かせる権力を持ち、私が死んで喜ぶ者、そんな人は一人しかいませんよね」
「まさか、アキレス殿下の仕業だとおっしゃるのですか!?」
アキレス・アチェスタ・フラペリウム。アチェスタの第一王子にして次期国王。
魔法使いの地位向上を掲げる親帝国派の筆頭。そして、ソシーナの腹違いの兄。
「それは些か飛躍が過ぎるのでは?ソシーナ様がこの町にいることは御者や宿主等、ごく少数とはいえ知っている者もおります。彼等はある程度信頼のおける者達ですが、それでも絶対ではないですし、彼等が漏らしたとも考えられるのでは?」
「では一つ聞きますが、あなたはなぜ先ほど、宿が囲まれるまで敵の存在に気づかなかったのですか?」
「それは……近づかれるまで町人に紛れていて、特に怪しい動きもしていなかったので、発見が遅れてしまいました」
「あ、いえ、責めているわけではありませんよ。あなたがいなければ、敵の接近に気づけずに奇襲されていたでしょうし。私が言いたいのは、つまり敵はあなたの音の魔法をあらかじめ知っていたということです。まさか偶然、あなたの知らない魔法使い三十人が襲撃に使われたというわけでもないでしょうし」
フェクトは王国軍所属のほぼすべての魔法使いの音を覚えている。
しかし、宿を囲んでいた魔法使いたちはフェクトの知らない音をしていた。
その為に、彼らが敵であると気づくのが遅れてしまったのだ。
「それに、そもそもあなたの知らない魔法使い、つまりここ数年一度も軍に所属していない魔法使いが三十人もいるというのもおかしな話です。考えられるのは、彼らがこの国の魔法使いではないという可能性」
「まさか、奴らの中にはダームの魔法使いが混ざっていると?」
ソシーナはフェクトの言葉にうなずくと、さらに続ける。
「アレは親帝国派筆頭ですからね。ダームと繋がっていても、おかしくはないでしょう」
「……そうですね」
自らの兄をアレ呼ばわりしたことはスルーして返事をするフェクト。
「加えて、あなたが知っている魔法使いは当然国も把握しています。監視付きのはずの魔法使いが一度に五十人以上も動いているのですよ?なのに軍がそれに気づいた様子もない」
「なるほど、軍に気づかせずにすべての監視を無効化するためには、それこそ王族並みの権力と人脈が必要ですね」
「ええ。そして、アレが首謀者なのであればみすみす逃げさせてくれるような作戦は立てませんよ。おそらく逃げた先でもアレの手のものに襲われるだけでしょう。性格はともかく、能力は優秀ですしね。性格はともかく」
なぜか二回言うソシーナ。フェクトは、いったい二人に何があったのかと気になったが、藪蛇になる気がしたのでやめておいた。
と、そこに一人の騎士が飛び込んできた。全力で急いできたようでかなり息が荒れている。
「姫様!ただ今、戻りました!」
「声を抑えなさい。敵が近くにいたらどうするのですか」
「申し訳、ございません。ですが、急ぎお伝えしたきことが――」
彼の声を遮るようにして、突然大きな声が鳴り響いた。
「ヤッホー、クスワの町のみなさん。今この町を占領させてもらってる『魔鎖解放軍』のリーダーだよ」
テロリストとは思えないほどに軽い声に、若干困惑しつつもソシーナは考察する。
「これは……あなたと同系統の魔法のようですね。話している者と魔法を使っている者は同じなのでしょうか?」
「なんとも言えませんね。魔法は人によって千差万別ですから。それに、魔道具を使っている可能性もあります」
実際に、王国にも音を拡散する魔道具というのは存在する。
とはいえ一つしかないので、戦時や式典の時などの重要な時しか使われない。
「今から面白いことをやるから、とりあえず外を見てくれるかな」
面白いことと聞き、あまりいい予感はしなかったソシーナたちは、弾かれたように窓の外を見た。
「それじゃあ、展開!」
その言葉と同時に、町の中心付近から青白い光が上方に向かって伸びていく。
その光はある程度の高さに達すると拡散し、町全体を半球状の光で覆った。
「あれは結界魔法……?なんという大きさ!」
「おそらく、私達の知らない未知の魔道具を使っているのでしょうね」
「町一つを覆う結界ですよ!そんな強力な魔道具、存在するんですか!?」
「おじ様の剣のように昔の天才の作品を発掘したか、あるいはダームからの技術提供を受けているか……」
結界を発動する魔道具というのは、王国にもいくつもある。
だがそのほとんどは使用者一人を守るための者であり、大きいものでもせいぜいが家一つを覆う程度だ。
「はい、というわけで町に結界を張ったよ~。これでこの町から出られないね。というわけで、僕達の要求を伝えるよ。ソシーナ・アチェスタ・フラペリウム王女殿下、あなたがこの町にいるのは分かってるんだ。役場の前の広場に出てきてもらえるかな?あ、戦おうとか無駄なことは考えないでね。こっちには魔法使いが百人いるんだから。もしも、一時間以内に中央広場に出てこないなら……う~ん、どうしよっかな」
魔法使いが百人。ただのテロリスト集団にしては異様な数だ。
なにせ王国が把握している魔法使いは約千人。
つまり王国全体の十分の一の魔法使いが『魔鎖解放軍』に所属しているということだ。
もちろんただのブラフである可能性もある
しかし、フェクトが確認した魔法使いが四十人強であり、宿を囲んでいる者たちも確認できただけで二十人は魔法使いだったので、百人というのもあり得ない話ではない。
「よし、決めた!一時間以内に出てこないと、十秒に一人人質を殺すよ~。目に見える範囲でも二千人くらいはいるから、五時間は持つね。大事な国民を殺されたくなかったら、早く来てね」
人を殺すというにはあまりにも軽いその言葉を受けて、ソシーナたちは選択を余儀なくされる。民を見捨てて逃げるか、解放軍にその身を差し出すか、イチかバチか戦ってみるか。
「……さて、どうしましょうかね?」
「即刻逃げるべきです!」
「それは無駄だと言ったでしょう?」
「ですが、魔法使いが百人は多すぎます!もちろん、ブラフである可能性もありますが、敵がアキレス王子やダーム帝国と繋がっているのであれば、あり得ない話ではありません!」
「結界はどうするのですか?」
「あれだけ大きな結界です。強度はそこまでではないでしょう。複数の魔法を同時にぶつければ、突破できるはずです」
基本的に、結界というのは大きければ大きいほど強度は落ちる。
面積当たりの魔力が少なくなるからだ。
解放軍も相当の量の魔力を注ぎ込んでいるだろうが、それでも複数同時の魔法に耐えきれるとは思えない。
「そうですね。確かに逃げた方がいいのかもしれません」
「では……!」
「ですが、逃げるわけにはいきません。私はこの国の王女なのですから、テロリストに屈し大勢の国民を見捨てるなど、言語道断です!」
「お考え直しください!あなたは、この国の未来そのものなのですよ!」
「民なき国の玉座に、何の価値があるというのですか?民衆あっての国なのですよ」
決して意見を曲げようとしないソシーナに、フェクトは思わず押し黙る。
もう何を言っても通じないような気がしたからだ。
「安心なさい、私も何も考えなしに突っ込もうとはしていませんよ」
そんなフェクトを安心させるように表情を緩ませ、笑いかけるソシーナに、しかしフェクトは嫌な予感がした。
それでもどうにかそれを顔には出さないようにしながら、ソシーナに問う。
「……どうなさるおつもりで?」
「ちょっと投降しようかな、と」