12.5
閑章 彼女が死神を殺す日
彼女の人生は、幸せに満ち溢れていた。
両親からはとても愛されており、彼女もまた、そんな両親が大好きだった。
彼女はとてもとても幸福で、その幸福はいつまでもずっと続くのだと、そう思っていた。
けれどある日、すべてが変わった。死神が、すべてを奪い去っていった。
死神は母を光に変え、力を得ていた。
彼女は泣いた。
母を殺されて悲しくて、何もできなかった自分が悔しくて、ただ泣き続けた。
泣いて泣いて泣き疲れて、ふと思い出す。母を、幸福を奪っていった死神の姿を思い出す。
その死神は、大好きだったはずの父の姿をしていた。
父は、その日から明確に彼女を避けるようになった。
毎日どこかに出かけているのでほとんど会えず、やがて伯父の家に引き渡された。
なんで、どうして。そんな疑問が湧いたそばから消え、答えが出ることはなかった。
父が母を殺した犯人なのかもしれない。やがてそんな風に考えるようになった。
だがそれでも疑問は尽きない。けれど、そんなことを誰かに聞けるはずもなかった。
怖かったからだ。正しいのであれば、そんなことをした父が。間違っているのであれば、そんなことを考えてしまった自分が。
だから、ただ悶々と悩み続け、苦しみ続ける日々が続いた。
しばらくして父が伯父と彼女の住む町にやってきても、それは変わらなかった。
誰も、そのことに触れようとしないからだ。父も、伯父も、伯母も、そうして彼女自身も。
だから、何も変わらなかった。
父が話しかけてきても、まるで悪魔にでも話しかけられたかのように思えて、まともに話せなかった。今度は、彼女が父を避けていた。
そんな日々を打ち切ったのは、それからかなりの時間が経ってからだ。
お使いの帰り道、彼女はナイフを持った男に襲われた。突然のことだった。
彼女は鞄を放りだして逃げようとした。だが、足がすくんで動かなかった。
男が彼女に近づいてくる。彼女は恐怖した。
男の姿に、あの日の死神の姿が重なる。
駄目だ、またお母さんが殺されてしまう。また幸福が奪われてしまう。
そう思ったら、男は地面に倒れ伏していた。まるで、自分の体重を支え切れないとでもいうように、倒れ伏していた。
彼女はその隙に今度こそ逃げた。必死に、逃げ続けた。
去り際に聞いた男の言葉が、やけに耳に残っていた。
お前の父親が、俺の仲間を殺したんだ、と。
その言葉を聞いて、彼女はまず少しほっとした。私は、間違ってなかったんだ、と。
そして次に恐怖した。父は、いや死神はどんな化け物なのだろうか、と。
彼女は死神について本格的に調べ始めた。そうするとすぐに、ある人に出会った。
彼はとても物知りで、いろんなことを知っていた。そして、彼もまた死神に親を殺されていた。
彼女は、思い切って彼に聞いてみた。死神の正体を。
そうして知った。
死神は、終戦の三英雄の一人で、そして快楽殺人鬼であると。死神は、その剣の力を使って数多くの味方を殺し続け、そうしてついには自分の妻さえも手にかけたと。
それを聞いて、彼女の中には怒りが吹き荒れた。
ふざけるな。そんなことのために、多くの人を犠牲にして、母すらも殺したのか。絶対に許さない、と。
そうして彼女は、彼についていくことに決めた。
死神を、殺すために。