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 魔法使い最大の利点は、その射程と威力である。

 剣や槍のまったく届かないところから一方的に攻撃ができるし、弓よりも長い射程を攻撃できる者も多い。

 それでいて、その威力は非常に高い。鉄の鎧など簡単に砕くし、大きな盾を貫通してくるような魔法を使うものもいる。


 その為、戦場において魔法使いの役割は砲台だ。

 身動きが取れなくなるほどに分厚い鎧を着こんで敵の遠距離攻撃に備え、ただ敵軍に向かって適当に魔法を放つ。それだけで小隊程度なら一人でも簡単に殲滅できた。

 そんな魔法使いに対抗するには、大量の人員を投じて敵の疲労を待つか、部隊を細かく分けた時間差攻撃で強引に突破するか、同じ魔法使いをぶつけるかだった。


 そんな状況に対してディノは、新しい魔法使い対策を生み出してみせた。

 魔法使い相手に鎧は無意味だとひたすらに軽量化していき、ただ速さだけを突き詰めていった。その結果、敵の魔法を回避し続けて近接戦闘に持ち込むという方法で、ディノは数多くの魔法使いを攻略した。


 それに加え、ディノには生贄の剣がある。

 もちろん何かを生贄に捧げ、剣の威力を上げるという使い方もあるが、対魔法使いにおいてディノが多用したのは別の使い方だ。

 敵の鎧にを生贄とし、鎧を消滅さえるのだ。

 生贄の剣は生きてさえいなければ触れたものを何でも生贄にすることができる。敵の鎧に価値などはないために剣の威力は変わらないが、ただ鎧を消滅させるだけならばできる。

 敵からしてみれば、魔法を打っても遠距離からでは全く当たらず、頼みの鎧も一瞬のうちに光となって消失してしまう。

 近距離戦闘をしようにも、大抵の魔法使いは運動能力に乏しい。自分の体を鍛えるよりも、魔法を鍛えた方が簡単に強くなれるからだ。


 他の者がその戦い方を試そうにも、魔法が発動するのを見てから避けるような神業は、ディノ以外の者には無理だった。

 だからこそ、ディノは魔法使いの天敵と呼ばれ、戦争で最も多くの魔法使いを倒した。


 しかし、戦闘とは進化と対策のいたちごっこである。

 人類の大きな進化である魔法をディノが対策してみせたように、ディノもまた、他の者に対策をされていた。


 『魔鎖解放軍』の魔法使いたちは、ヨウムが戦闘開始の合図を出す前から動き始めていた。

 一人が、制御をあえて失わせた泥の魔法を周囲に広げ、あたり一面を泥沼に変えた。

 下手にヨウムを刺激しないように合図を待っていたディノには、それを止めることができなかった。だが問題はないと判断した。

 ディノはかねてより、不安定な足場で戦う訓練を積んでいた。実際、泥沼は走り出したディノの足をほんの少し鈍らせただけだった。だが、解放軍にとってみればその少しが重要だった。


 幾人かの魔法使いが自らの体に全身鎧をまとわせる。

 それもただの鎧ではない。自らの魔法で作った鎧だ。

 土くれや金属、木の枝などで作られたその鎧は、重さも硬度も実際の鎧とそう大きな違いはない。ではなぜわざわざそんなものを作ったのか。それは生贄の剣対策のためだ。


 生贄の剣は魔法を生贄にできない。

 その情報を事前にディノから引き出していた解放軍は、剣に吸収されない魔法でできた鎧を作る作戦を立てた。

 鎧を着こんだ魔法使いたちは、これまた魔法で作った剣や盾を手にして前に出てくる。別の魔法使いたちは、ディノとの間に肩ほどの高さまでの壁を魔法で作り上げ、簡易的な防壁とした。前衛と後衛を分けて戦うようだ。


「近距離で戦う魔法使いとは、珍しいのう」

「ただの付け焼刃ならいいんだが……」


 ディノの願いもむなしく、鎧を着こんだ魔法使いたちは戦いなれていた。

 防御の薄い関節部分を狙ったディノの攻撃を、盾で、あるいは防御の厚い部分で受ける。

 ディノは完全に速度に特化しており、力はそう強くない。その為、弱点部を狙わないとろくに攻撃を通せない。魔法使いたちはそれを完全に理解した戦い方をしていた。


 更に一拍置いて、壁の後方から魔法が飛んでくる。それと同時に、前衛の魔法使いは一斉に飛びのく。タイミングがほとんど同時なのを見るに、何らかの方法で連絡を取り合っているのだろう。

 降り注ぐ魔法の雨をディノは横に飛びのいて躱す。その先に狙いすましたかのように別の魔法が飛んでくる。それを剣で払うと、さらに鎧の魔法使いが追撃を入れてくる。

 それをはじき反撃で剣を振るおうとすると、剣が焦ったように声を荒げた。


「後ろから魔法じゃ!」


 その言葉を聞いてとっさに横に飛ぶと、先ほどまでディノがいた場所を鋭利な石が通り抜けていく。石弾がディノの髪の毛を何本か攫って行く。


「あれを躱すとはさすがだな。完全に死角を取ったと思ったんだけどな」


 土の鎧を着た魔法使いを見て、ディノは自分の盛大な勘違いに思い至る。

 ここにいるのは全員が魔法使いなのだ。前衛だからといって遠距離攻撃ができないわけではない。


「しばらくぶりの対人戦じゃ。多少勘が鈍っておるのは仕方がない」

「それでもまさかここまでとは思ってなかった。出し惜しみせず行こう」


 昔の自分であれば、こんな失態はしなかった。そう思って、勘を取り戻すまでの時間稼ぎに入る。

 迫りくる魔法の雨を避け、肉薄する鎧をさばきながら、魔道具の袋から金貨を取り出す。


「我、力を求めるものなり。ここに、生贄を捧げん」


 金貨を捨て、光り輝く剣を構える。

 それを見た前衛は後ろに下がり、代わりに後衛から魔法が飛んでくる。

 それをディノは躱さずに剣でさばく。下がった前衛は、剣を下げて魔法を放つ。

 ディノはそれを紙一重でかわしながら肉薄し、鎧を着た魔法使いの一人に斬撃を放つ。

 その一撃は金属の硬さを持った鎧を容易に切り裂いたが、腹を薄皮一枚裂くにとどまった。否、とどまらせた。


 ディノの目的は殺しではない。

 殺しはヨウムに禁止されているし、何よりディノ自身が、もう人は殺さないと決めていた。

 だが、ディノの気迫と殺気のこもったその一撃は、魔法使いに確かな死を感じさせた。彼は確かに、自分の腹が裂かれ大量の血が流れるのを幻視した。その結果、死への恐怖が為に致命的な隙を晒す。


 ディノはその隙を逃さずに足の腱を狙う。

 腱を切られて悲鳴を上げる魔法使いを蹴り飛ばす。

 鎧の重量でかなり重かったが、足の筋肉をまともに動かせなくなった魔法使いは踏ん張れずに倒れる。そこにまた別の魔法使いが切りかかってくるが、ディノは難なく躱す。


 この調子で一人ずつ倒すだけならどうにかなると考えていたディノに、悲報が舞いこむ。

 倒れこむ魔法使いに光の雨が降り注ぐと、腱を切られてまともに動けないはずの魔法使いが立ち上がる。切られた鎧を魔法で修復すると、再び走り出した。


「治癒魔法!?また面倒なものを!」


 傷をいやす治癒の魔法はそれなりに希少だ。さらに、遠距離で回復ができるとなるとかなり使い手は少なくなる。

 せめてあの壁から出てきてくれるのならばいくらか対処もしやすいのに、遠距離回復が可能であるならば、その望みがかなうことはまずないだろう。


「これはかなり面倒なことになったのう」

「先に回復役を狙うってのはさすがに向こうも読んでるだろうから、罠が仕掛けられてる可能性高そうだよな」


 敵の攻撃をしのぎながら、次の一手を考える。自分の目的と敵の目的を整理し、何が最善かを考え続ける。

 そして、不意にディノは駆け出す。

 悪い足場の中を無理やりに飛び回り、斬撃と魔法を避け続け、土くれの壁までたどり着く。

 それを予想して、後衛の二人が鎧を着て前に出てくるが、ディノは完全にスルー。

 ディノの速さに、誰一人として追いつけないでいた。


 魔法使いたちは回復役を狙っているのだと考え、ディノを挟み撃ちにする体制を整えるが、ディノの狙いは別にあった。壁を飛び越えたディノは、一目散に崖際で張り付けにされているアリシアのもとへ向かった。

 このまま自分一人でも倒せないことはない。だが、それにはかなり時間がかかる。時間をかければそれだけ人質たるアリシアの危険は高まるし、人数が減ってくれば今は静観しているヨウムも何をするかわからない。


 だからその前にアリシアを助け、逃げてしまおうと考えた。アリシアさえいなければこんな戦いをディノがする必要はない。だからアリシアを助けた後に、援軍と一緒に戦えばいい。

 そう思ってアリシアを縛るロープを切った。


「大丈夫か?ケガはないな」

「……どうして、助けに来るのよ?」


 アリシアの疑問に、ディノは一瞬言葉を詰まらせる。ディノ自身、自分の感情がよくわからなかったからだ。

 道中で指摘された通り、アリシアのことをあまりよく思ってないのも事実。

 だが自分は、守り神としてここに来たのではなく、父親としてここに来た。

 そのことが、自分自身でもわからなかった。


 守り神としての自分ならば、好悪に関係なくアリシアを助けるだろう。だが父親としての自分は最悪だ。

 娘との接し方が分からなくなり、兄に父親としての責任を押し付けた。そんな自分が今さらになってどうして父親としてアリシアと接しようというのか。

 なぜ父親として助けたいと思ったのか。それが自分でも理解できなかった。

 大人しくこの町を守るのが仕事だから、とでも答えるべきだ。だが、自分の感情がそれを許さなかった。ならばそれが父親だから、とでも答えるか。いや、父親失格の自分がどの面を下げてそんなことを答えられようか。

 だからディノはこう答えた。


「……母さんに、頼まれたからだよ」

「……そう」


 その言葉に、アリシアはそっけなく答えて顔を伏せた。

 ディノはまだ少し考えていたかったが、あいにくここは戦場だ。壁の反対側に周った者たちから魔法が放たれる。

 今度はディノが崖を背にして、アリシアに当たらないようにそれを捌いていると、不意に体が重くなった。


「っ!これは!」

「重力魔法とは面倒じゃな」


 一定範囲の重力を強化して、範囲内の物体の重さを上げる魔法。

 これも治癒と同じくそれなりに珍しい魔法だが、今喰らっているものは威力が弱い。昔ディノが喰らったモノの中には、自重で潰れるほどに重力を高めるものもあった。この魔法はそれに比べると大したことはない。

 だが、最初に撒かれた泥沼と同じく永続的に敵の速度を奪い続ける魔法であり、速度を売りとしているディノとは相性が良い。

 そんな魔法をなぜ今の今まで温存していたのだろうかと、ディノが不思議に思っていると、背筋に悪寒が走った。


「ディノ!後ろじゃ!」


 剣の声がするよりも前に、ディノは横に飛んでいた。

 ディノの脇腹を、銀色の刃物がかすめる。誰かに後ろから刺されたようだ。

 しかし、魔法使いたちは全員前にいるし、後ろは崖しかない。いったい誰の仕業かと不思議に思う。


 ――いや、実際にはすでに分かっていたのかもしれない。それでも認めたくなくて、気づかないふりをしていたのかもしれない――

 そして、後ろを振り向いて驚愕した。


「ハハッ。多対一で意識が散漫になっている中、重力を強化して足を奪い、さらに後ろからの不意討ち。ここまで手を掛けたのにかすっただけだなんて、やっぱり私の事信用していないのね」


 そこで見たのは、美しい銀髪をたなびかせ、母親譲りの端正な顔立ちを狂的な笑みで歪ませた、アリシアの姿だった。その手の先の銀色のナイフは、先だけ赤く染まっていた。


「……幻影か。それとも変装か!」

「残念、本人よ。ほら」


 アリシアがディノに手を向けると重力が強まり、手をそらすと重力は弱まる。

 間違いなくアリシアが魔法を使っている証左だった。


「魔法は複数同時に使えない。奴が重力を操ったということは、奴は幻影の魔法を使っていないということじゃ」

「……いや、別の隠れてる奴が、魔法を使っているのかも……」

「現実を見ろ!不意討ちが失敗した今、そんなことをしてもメリットなぞないじゃろ!あれは間違いなくお主の娘じゃ!」

「そんな、バカな……」


 確定的な証拠を見たにもかかわらず、信じたくないとばかりに首を振るディノ。

 それを見たアリシアは狂的に哂う。


「本当なら一撃で殺したかったけど、あんたはもう終わりよ」


 アリシアのその言葉に反応するかの如く、ディノの体に異変が訪れる。


「っ!体が痺れる……。麻痺毒か」

「流石は殺人機械(キラーマシーン)ね。普通の人間なら立ってることもままならないっていうのに」


 ディノは何とか立ち続けているが、体の細部はもうろくに動いてくれそうもなかった。


「母さんに頼まれたとか、笑わせてくれるわね。母さんを殺した男が何を言っているのよ」


 憎々しげに嗤うアリシアに、ディノは思わず顔を伏せる。そこに、別の声が割り込んでくる。


「はいはーい、親子喧嘩はもう終わったかな?」

「お前が、アリシアを、そそのかしたのか!?」

「そそのかしたとは酷いな、僕はただ真実を伝えただけさ」

「……ちっ!」

「さあ、その毒が回った状態で十六対一だ!耐えられるかな?」


 壁の向こうの魔法使いたちが、一斉に魔法を放つ。

 普段であれば簡単に避け切れるその魔法も、泥と過重力に足を取られ、毒に痺れるその体では避け切れない。数発が掠りつつも致命傷は避ける。

 しかし、ディノはもうまともに立っていることができず、膝をついてしまう。


「あ~あ、流石に無理だったか~。まあ、ここには生贄になれる(君の大事な)人も居ないしね」

「ハア、ハア……クソったれが……」


 どうにか悪態を絞り出すディノに、アリシアが忌々しげに言葉を吐き出す。


「しぶといわね、いいかげん私の前から消えて」

「アリシア、俺は……」

「言い訳は、あの世でして!」


 その言葉と共に魔法がディノへと雨になって降り注ぐ。

 ディノにはもう、抵抗する力も気力もなかった。

 魔法は崖を削り取り、ディノは崖下へと落ちていく。

 アリシアはそれを、ただ無表情で見続けていた。

 

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