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 今度こそ北東の高台に向かって走り出したディノは、町の出口付近で立ち止まった。

 それは知らない男に呼び止められたからだった。


「おい、あんた。元騎士団長のディノだろ?」


 その裏町のチンピラのような恰好をした男は、ニヤニヤと笑いながらそう言った。

 タイミングから誘拐犯の一味の可能性が高いと判断したディノは、剣を抜き男に問う。


「お前何者だ?」

「おいおい、まずはその物騒な物をしまえよ。娘がどうなってもいいのか?」

「……お前が誘拐犯か」

「正確には俺達が、だな。まあいい。ここから先は俺に付いて来てもらおうか」

「なぜだ?」


 高台で待つといっていたのに案内人を出すとはどんな企みがあるのかとディノが訝しむ。


「お前はどうせ迷うからってボスが言ってた」

「……」

「まあ、その様子だともうすでに迷って来たみてえだがな」


 完全に図星をつかれ、固まるディノ。男はそんなディノを無視してさっさと行ってしまったため、ディノは慌てて平静を取り戻し、男の後をついていく。

 ディノは敵の本陣に付く前に少しでも多くの情報を手に入れておこうと、男に質問をしようと考えた。


「質問をしても良いか?」

「いいぞ」


 意外にもあっさり了承を得られたことに戸惑いつつも、ディノは質問をしていく。


「お前達は以前に解体されたはずの『魔鎖解放軍』』の生き残りってことでいいのか?」

「生き残りじゃねえよ。言うなれば新生『魔鎖解放軍』だ。前とはメンバーが大分違うし、人数もかなり増えた。あ、ちなみに俺は前からいる古参メンバーな」

「……全員始末したと思ったんだが、捜査の手から逃れた奴がいたのか」

「まあな。けど大体が大したことねえ奴だよ。当時は俺も下っ端だったしな」

「……何故解体されたはずの解放軍が復活している?リーダーはだれだ?」

「それは会ってのお楽しみってことで」

「お前達の目的は何だ?」

「こんな所でそれを教えても面白くないだろ?」


 まるで事前に答えが決まっているかのようにすらすらと答える男。

 これはまともな情報は期待できそうもないとディノがさじを投げかけていると、男が振り向いてこう言った。


「俺からも質問してもいいか?」


 突然の質問に戸惑いつつも、特に不利益なことはないだろうとうなずいて見せるが、男の言葉を聞いてすぐに後悔する。


「あんた、なんで最初に娘は無事なのかって聞かないの?」

「……仮にお前達がアイツを殺していたとしても、お前には無事だと答えるしか選択肢がないからだ」


 たとえ人質が死んでいたとしても、そんなことは口が裂けても言えるはずがない。フェクトのようにウソが見抜けるのならばまだしも、自分にそんなスキルはない。

 ゆえに、無事を確認するなどということは無意味なことだ。

 ディノはそう言って自分を納得させようとしたが、男はそんなことはお構いなしにディノの心に踏み込んでいく。


「まあ、そうなんだけどさ。それでも無事を確認してくるのが、親ってもんじゃねえの?」

「……そんなもの、人によるだろ」

「いや、そうなんだけど。何かあんたの受け答えというか、雰囲気が、娘を取り返しに来た親ってよりかは人質を助けに来た騎士って感じなんだよな」


 ディノは、否定も肯定もしなかった。いや、できなかった。

 男は、あくまでも興味本位で、ただの雑談のような気軽さで、その言葉を口にした。


「ひょっとしてあんた、娘のこと嫌いなの?」


 それは、ディノが胸の奥底で思っておきながらも、ずっと隠し続けてきたことだった。

 自分はもしかしたら、アリシアのことが好きではないのかもしれない。自分が本当にアリシアのことを好いているのだとすれば、娘にあんな態度をとるだろうか?逆に娘にあんな態度をとられているのに、それでも自分は本当にアリシアのことが好きなのだろうか?

 分からなかった。


「これはまた核心を突いてきたのう、ディノ」

「黙れ」


 剣に言った言葉だったが、男は自分が言われたものだと勘違いしたらしい。


「おっと、怖い怖い。気を悪くしないでくれよ」


 それから、男は何もしゃべらずにただ歩き続けていた。

 ディノもまた、無言だった。ディノの胸中には、先ほどの男の言葉が繰り返されている。

 しかし答えは見つからず、高台への坂道に差し掛かったあたりで、ディノはその言葉から逃げるように男に話しかける。


「……俺からももう一つだけ、答えてくれ」

「いいよ」

「あんたは何でこんな組織に入ってるんだ?魔法使いならいくらでも就職先あるだろ」


 ずっとひょうひょうとした態度を崩さなかった男な表情が、ここにきて固まる。

 男はしばらく考え込むように無言だったが、やがてこれまでの質問とは違う自分自身の言葉で答える。


「……就職先ってそれ軍隊だろ?そこならもう一回入って、退職したよ」

「……」

「まあ、魔法使いじゃねえ奴には分かんねえよ。この国は、魔法使いにとって、窮屈すぎる」


 それを聞いて思い出すのは、昨日のソシーナの話。

 この国の魔法使いのリアルな声が、ディノの心に響いた。

 そして、坂道が終わったあたりで男が声を上げる。


「ほら、ついたぞ」


 高台は、ディノが昇ってきた方は緩やかだが、反対側は崖のような急斜面となっていた。

 そしてそこには、崖を背にしてディノを窺う解放軍の構成員と思わしき者たちがいた。


「……十人、と少しといったところか」

「これくらいなら制圧できそうだな」


 仮に全員が魔法使いであったとしても、この距離は剣士の間合いだ。ディノのスピードであれば魔法を放たれる前に半分は制圧できる。

 とはいえ、余裕があるとは言えない。

 一発でも魔法を喰らって足を止めれば、袋叩きにされてしまうだろう。

 もし戦いになったとして、確実に勝てるとは言えないが、それでもディノには負ける気は一切なかった。

 さらに奥を見ると、ディノに向けられた二十を超える瞳の奥に、探し求めた銀髪があった。


「アリシア!」

「……なんだ、来るんだ」


 崖際に固定された木製の十字架に縛り付けられたアリシアは、ディノを見て明確な嫌悪感と、少しの驚きをあらわにした。

 アリシアはディノが助けに来るとは思っていなかったようだ。

 もう二度と会いたくないと言っていた本人なので、当然といえば当然なのだが。


 集団の奥から、ゆっくりと一人の男が歩み出てきた。

 その男に道を開けるように、集団が半分に割れる。それを見るに、この男が集団のリーダーなのだろう。大きめの帽子を目深にかぶり、人懐っこい笑みを浮かべるその男の姿を見て、ディノはつい最近会った男だと気づいた。


「やあ、昨日ぶりだね、ディノさん」

「……ヨウム、まさかお前だったとはな」

「昨日は貴重な情報ありがとう」

「そいつはどうも」


 昨日助けた商人、ヨウムがそこにいた。

 よく見ると、あの押しの強い老人や腕にけがをしたケガをした男もいる(男のケガは治っていたが)。どうやら彼らは商人に擬態した解放軍だったらしい。

 ディノは少しだけ驚いたが、しかし動揺はせずに軽口をたたく。


「これが昨日言っていたお礼か?それともここで何かサプライズでもしてくれるのか?」

「ごめんね、あの話はなかったことにしてくれる?それにそもそも、あのお礼ってディノさんが僕たちを救ってくれたお礼だよね?けどディノさんがいなくても、僕らケガ一つ負わなかったと思うんだよね。それなのに感謝しろって言われてもね」

「まあ、魔法使いがあれだけいて魔物一体におくれを取るわけもないしな」

「いや、確かにそうなんだけどそうじゃなくて、単純にその魔物は僕の部下だって話でね」

「……どういうことだ?」

「ディノさんの力を見るためにあの子には頑張ってもらったんだけど瞬殺されちゃったよね。まあ、もともと幻術を活かした戦闘用に捕まえた子だから別に――」

「とぼけんじゃねえ。どうやって魔物を操ってんだ?」

「――企業秘密ってことで」


 魔物の家畜化は過去に多くの人が試したことだ。

 あの魔法使いにも匹敵する戦闘能力を手にすることができれば、国の戦力バランスはひっくり返る。完全に操るとまではいかなくても、ある程度大人しくさせることができれば魔物研究が大幅にやりやすくなる。

 ゆえに多くの者がその研究に努め、そうして失敗してきた。魔物を従えるどころか、少しだけ大人しくさせることさえ、誰一人としてできなかったのだ。


 それなのに、『魔鎖解放軍』はそれができるというのか。

 もちろんただのブラフである可能性もあるのだが、警戒はしておくべきだろう。

 魔物に関してはそれ以上の情報は聞き出せないとみて、ディノは話題を変える。


「なんでお前みたいな子どもがリーダーなんてやってるんだ?」

「こう見えて二十歳越えてるんだけどね。なんでかって言うと、そうだな、僕の名前はヨウム・ロースタニア。これで分かるよね」

「なるほど。あいつの、バルヘル・ロースタニアの息子か」


 バルヘル・ロースタニア。それはディノと同じ終戦の三英雄の一人で、『魔鎖解放軍』のリーダー。そして、八年前にディノによって殺された男だ。


「ディノさんにはパパが随分お世話になったようで」

「あいつは結婚してなかったはずだが」

「うん、パパは結婚してないよ。僕は娼婦の子でね。いわゆる庶子って奴だね」


 バルヘルは、一生を戦いに捧げた根っからの軍人である。その為、仕事が恋人だとかこの国が妻だとか言って結婚しようとはしなかった。

 だが、完全に女に興味がないわけもなく、ごくまれに娼館などは利用していた。

 その中でできた子どもがヨウムであった。


 バルヘルがその子どもの存在を知ったのは、ディノと戦うわずか一年前のことであり、そのあともずっと隠し続けていた。

 その為、ディノがヨウムの存在を知らなかったのも当然の話である


「相変わらず軽そうなやつじゃな。到底奴の息子には見えん」

「同感だ」

 お前一日ぶりに会っただけの相手にも相変わらずとか言うんだなというツッコミは、こんな状況なのでグッとこらえた。

「目的は復讐か?」

「う~ん?違う違う、僕はディノさんをスカウトしに来たんだ」

「スカウト?」

「そうそう、スカウト、僕達の仲間になりませんか?」


 唐突におかしなことを言いだしたヨウムに、ディノは面食らった。


「お前達は魔法を使えない人達を見下し、排除していたはずだ。」

「あ~、それはパパの時代の話だね。パパは確かに強かったけど、バカだったからね。魔法使いだけの理想国家なんて、作れる訳無いのにね」


 だがヨウムにとっては、そうおかしなことでもないらしい。


「僕はパパとは違うよ。戦争も政治も国も、魔法使いだけで成り立つ訳がないってちゃんと分かってる」

「じゃあ、何で俺をスカウトするんだ?一度はお前達を潰したんだぞ」

「だから、それもパパの時代の話でしょ。今のあなたは騎士団でもないんだし、スカウトするのは自由でしょ。それに何より、ディノさんは強い!魔法が使えない人の中では多分一番強い。だから僕はあなたが欲しい」


 ヨウムの言葉に、ディノは押し黙る。

 解放軍に入るのを迷っているわけではない。リアが死ぬ原因となった組織であるという点を差し引いても、目的不明の組織に手を貸すつもりなどさらさらなかった。

 だが断ってしまえば人質の命が危険にさらされる可能性がある。

 ゆえにディノは、どう答えれば穏便に切り抜けられるかを模索していた。

 ディノがいったん解放軍に恭順の態度を示しておくべきかと考え始めたあたりで、ヨウムがその思考を打ち切った。


「まあ、簡単には答えが出ないだろうし、まずは入団テストでもやっちゃおうか。内容はいたってシンプル!ここにいる僕を除いた十五名の魔法使い相手に戦ってもらいます!」

「俺はまだやるとは言ってないんだが……」

「制限時間は三十分!あ、殺すのはナシね。うっかりでも殺しちゃったらこの娘殺すから。まあ、こっちは殺す気でいくけどね!」

「話聞けよ」

「よーい、スタート!」


 人の話を全く聞く気のないヨウムは、勝手に入団テストを始める。

 そうして、やけに唐突に戦闘は始まった。

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