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「なんで今更……」


 今日もまた、ディノは夢を見ていた。昨日リアの話をしたせいか、リアの夢だった。

 最近見る夢の中では、かなりましな部類だったが、リアのことを思い出すとどうしても八年前のあの日を思い出してしまう。ディノの弱さが招いた、あの悪夢の日を。

 剣がディノのことを心配して話しかけてくる。


「……また、悪い夢でも見たか?」

「……いや、そうでもねえさ」


 そっけなく答えるディノの様子を見て、何の夢を見ていたのかは察した。

 だが、剣はリアについては何も言わなかった。


 ディノにとって、リアの存在は大きすぎる。生きる目的を失っていたディノに、希望を見せてくれた。絶望しかなかった未来に、光を与えてくれた。

 そんなリアを失ってしまったディノの胸中には、ぽっかりと、大きな穴が開いてしまっている。剣は、自分ではリアの代わりになることなどできやしないと知っている。


 そんな剣にできることは、胸に空いた穴を、そしてリアのことを少しでも忘れさせてあげることだけだ。だから不用意に慰めてリアのことを思い出させるような真似はしなかった。


「もう昼過ぎか」


 今日の夢はやけに長かったと思ったら、昼まで寝こけてしまっていたらしい。


「昼飯はどうする?今日こそ釣りでもするか?」

「いや、今日は兄貴の店にでも行くか。確か定休日だったはずだ」

「腑抜けめ」

「うっせえ」


 いちいちアリシアがいるかを確認しないと店に行こうとしないディノを、剣は罵る。

 顔を洗い、着替えて外に出る。


 歩いて商店街のあたりまで来ると、ディノを呼ぶ声に足を止める。


「おや、ディノ坊じゃないか」

「キャサリー婆さん。もう腰はいいのか?」

「おかげさまでね」


 彼女の名前はキャサリー。

 ディノの母の友人でもある彼女には、昔からディノやグレイはよく世話になっていた。


「それで、今日はパトロールはいいのかい?」

「あー、まあ寝坊しちまってな。午後からやるよ」

「そりゃ珍しいね。体に異常はないのかい?」

「ああ、大丈夫だ」

「気を付けなよ、どんなに健康そうに見えても、逝く時はポックリ逝っちまうんだからね」

「大丈夫だって、俺まだ三十代だぜ?」


 二っと笑うディノに、キャサリーは大きなリンゴを投げ渡した。


「ほら、これ持ってきな」

「いいのか?」

「あんたはこの町の大恩人なんだ。たまには礼の一つもしないと、罰が当たるってもんだよ」


 ディノの笑みを返すように二っと笑うキャサリー。

 ディノとしては、彼女にはかなりの恩があるのでお礼なんていらないと言いたいところだったが、せっかくの好意を無駄にするのもどうかと思い、もらうことにした。

 魔道具の袋にリンゴをしまうディノに、キャサリーは真面目な声で尋ねる。


「ところで、これからどこに行くつもりだい?」

「兄貴の店だ」

「……アリシアちゃんとは、もう仲直りしたのかい?」


 キャサリーは、ディノとアリシアにまつわる事情を家族以外では唯一知っていた。


「……いや、まだだ」

「ハア……外野がとやかく言うことじゃないけどね、これだけは覚えておきな」


 ディノの煮え切らない態度に、キャサリーはため息をこぼすと言い聞かせるように言う。


「いいかい、人間ってのはね、誰かに寄り添うことはできても、誰かの代わりになることはできないんだよ。それを、肝に銘じておきな」


 キャサリーと別れたディノはグレイの店に来ていた。


「よお、今日も来てやっ……兄貴!?」

「グレイ!?」


 店に入った途端目にはいったそれに、ディノと剣は驚愕せざるを得なかった。

 グレイがうつ伏せになって床に倒れていたのだ。更に後頭部からは血が出ている。

 ディノはグレイに駆け寄り、呼吸を確認する。


「良かった、まだ生きてる」

「……うぅ、ディノか?」


 ディノが駆け寄ってきた音に気づき、グレイは苦しそうに声を上げた。

 まだ話をしていいような状態ではなさそうだったが、聞いておかなければならないことがある。


「一体何があった?誰にやられた?」

「……分からん、急に、襲われて」

「他の二人は?」

「セナは買い出し中だ。……けど、アリシアは……」


 グレイは、震える手で懐から何かを取り出した。

 それは、クシャクシャの紙だった。


「っ!これは!」


 ディノはその紙を受け取り、書かれている文章を読んで再び驚愕する。

 そこには、走り書きをしたような汚い字でこう書かれていた。


『娘は預かった 町の北東にある高台の上に一人で来い』

『魔鎖解放軍』


「馬鹿な!?バルヘルは死んだはずだ!いや、それとも別の魔法使いが……」

「魔法?そうだ、奴等、魔法を使う……体が、急に重くなって、気付いたら、後ろから殴られた」

「兄貴、もういい。無理すんな。あとは俺に任せて寝てろ」

「ああ、すまない。アリシアを、守れなくて……」


 グレイは、ディノに伝えるべきことを伝えると、再び気絶してしまった。


「ディノ、分かっているとは思うが、これは罠じゃ」

「そんなもん、分かってるよ」

「グレイがやられて動揺するのはわかるが、冷静にな」

「ああ」


 ディノは必死で冷静であろうとしていたが、それでも頭に血が昇ってしまっていた。

 グレイをこんな目に合わせたやつを許さない。そんな風に考えているディノに、後ろから声がかかった。


「え?あなた?どうしたの?」


 後ろを振り向くと、そこにはセナが立っていた。

 ガタンと買い物かごを落として、ふらふらとグレイに近づく。


「すみません!俺が昔追っていた組織の生き残りの仕業らしくて……」

「そんな、どうして……」

「本当にすみません、俺のせいで……」


 敵の狙いは、どう考えてもディノだ。つまりグレイは、ディノに巻き込まれてこんなことになったのだといえる。

 ディノは殴られる覚悟で、セナに頭を下げる。しかし、セナから返ってきたのは拳ではなかった。


「……ここは私に任せて、あなたはそいつらを追って」

「でも……」

「いいから!あなたはアリシアちゃんのことだけを考えてなさい!」


 そうだ、アリシアは誘拐されているのだ。

 ならば今すぐにでも助け出さなければならない。

 ディノは今度は別の意味で頭を下げる。


「ありがとうございます!」

「それと!私の夫をこんな目に遭わせた奴を一発ぶん殴って来て!」

「了解!」


 威勢よく答えると、店を飛び出し、ディノは北東の高台を目指して走り出す。


 しばらく走っていると、前方に見覚えのある優男が見えた。


「ディノ殿?何かあったのですか?」

「フェクト!いいところに来た!」


 第三王女親衛隊隊長であるフェクト・オピニウス。

 やけに急いでいるディノを見て、彼は何かが起きたのかと訝しんで声をかけた。

 ディノはフェクトに、今日起きたことを伝えた。


「なるほど。事情は分かりました」

「それでお前に頼みたいことが……」

「私の魔法ですね。少々お待ちを」


 彼は、というか親衛隊のほとんどは魔法使いだ。王女を守る最終戦力とも言える者たちなので、当然といえば当然であった。

 そんな親衛隊の隊長たるフェクトの使う魔法は、音だ。彼の魔法は自らの出す音を遠方に届け、他者の出す音を拾い集めることができる。


 彼の魔法はあくまで届け、拾うだけの物であり、爆音を出して敵を昏倒させるなどといった攻撃手段は持たない。だが彼が真価を発揮するのは戦闘においてではない。

 王女を守る親衛隊が戦闘に不向きでどうするのかと思うかもしれないが、人を守る方法はなにも戦いだけではない。


 彼は集中すれば小さな町すべての音を聞くことが可能だ。会話や足音だけでなく、心音や衣擦れの音まで拾う。

 例えば彼が王城にいれば、王城とその周辺での人の会話や動きの一切が捕捉されるのだ。どんなに防音設備を整えようと、彼の魔法から逃れることはできない。そうして得た情報を基に、フェクトはソシーナにとって脅威となり得るものを確実に排除する。


 もちろん、町全体の音を聴くなどという、脳にとても負担のかかる魔法を常時発動することは不可能だ。

 だが王女に仇なす存在たちにとってしてみれば、フェクト・オピニウスが周囲にいるというだけで、どこかで自分たちの話が聞かれているかもしれないという恐怖と戦いながら計画を立てねばならないのだ。やりづらいことこの上ない。


 このように、彼の魔法は王女を戦って守るのではなく、一切の危険にさらさずに守るための魔法であるといえる。

 そして、フェクトはその音の魔法を使ってアリシアあるいは誘拐犯を探し出そうとしている。彼がその誘拐犯の情報を聞いていれば話は早かったのだが、彼がこの町に到着したのは一昨日の夜であり、何らかの異常を感じ取るには時間が少なすぎた。


 フェクトが一通り町民の声を聴き終える。


「アリシアさんらしき人はいませんね」

「分かるのか」

「ええ、一度会った方ならば心音や呼吸音で大体分かります」

「そうか、アリシア以外だとどうだ?」

「……怪しい会話をしていたり、怪しい行動をとっている者もいませんね」

「つまり、敵もアリシアも町の外にいる可能性が高いんだな?」

「ええ、おそらくは」


 フェクトは仕事柄、多くの重鎮や魔法使い、犯罪者たちの音を記憶している。そのリストに一致する中で、この町にいるのが明らかにおかしいものはいなかった。

 『魔鎖解放軍』の構成員は、少なくとも八年前においては魔法使いのみだ。フェクトの知らない魔法使いがそう何人も解放軍にいるとは思えない。

 ゆえに解放軍はフェクトの探知範囲外、すなわちクスワの外であると考えられた。


 もちろん、アリシアを攫ったのが解放軍を名乗っているだけの非魔法使いであり、フェクトが探知したときにはたまたま怪しい動きをしていなかっただけという可能性もないわけではないのだが。


「しかし、妙ですね」

「何がだよ」

「ソシーナ様がこの町にいる時に事件が起こった点ですよ。今回の訪問を知っているのはごく一部の者だけです。私がいる限り尾行という線は考えにくいですし……もしも今回の訪問と誘拐に関係があるのだとしたら、少し厄介ですね」


 フェクトは常に一定範囲の音を聞くことができる。流石に常に町全部を覆うほどというわけにはいかないが、それでも尾行くらいは簡単に気付ける。

 ゆえに、ソシーナがこの町にいると知っておくためには、事前に情報を手に入れておく必要がある。それは味方に内通者がいるか、かなり高い権力をもった者が敵の背後にいるかということである。どちらにせよ面倒この上ない。

 しかしディノは、そんなことはどうでもいいとばかりに言う。


「どっちでもいい。全員ぶっ倒せばいいだけだろ?」

「……そうですね。では私はソシーナ様にこのことを伝えて、できれば援軍を引き連れて行きます」

「ああ、助かる。それじゃあ、任せた!」


 ディノが再び走り出すが、フェクトがそれを呼び止めた。


「ちょっと待ってください!どこに向かってると仰いましたか?」

「北東の高台だが」

「そっちは南ですよ」

「……こっちの方が近道なんだ」

「そ、そうですか」


 などと言いつつ、結局北東の方向に真っ直ぐ走り出していくディノであった。


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