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それは少しばかり昔の話だ。
世界におっきな変化が起こった。それは"魔物"と"魔法"の誕生だ。
魔物ってのはある日突然、どっかからやって来た生物で、これまで俺達が積み上げてきた常識って奴が全く通用しなかった。魔物はどこからともなくパッと現れて、何か食うわけでも交尾して数を増やすでもなくただ死ぬまで暴れ続けて、死ぬと光になって消えちまう。
そんなおかしな奴らだ。暴れるしか能がないと聞くとなんとも滑稽な生物に思えるが、こいつがどうにも馬鹿にできねえ。
というのも、まず奴らは例外なく凶暴で手強い。たった一匹倒すのにも、数十人がかりでやっとだ。どんなに動いても疲れないし、腹が空いて動けねえってこともない。倒しても死体が残らないから肉も取れねえ。唯一良いところを上げるとしたら、普通の動物みてえに糞尿を撒き散らしたり農作物を荒らしたりしねえってとこくらいか。
そんで一番厄介な点は何の前触れもなく、どっこにでも現れやがるってところだ。森の中だろうと、平原だろうと、街道だろうと、町中だろうと、あるいはどっかの王様の寝室にひょっこり出現したって話もあるくらいだ。本当に時間も場所も選ばずに現れるもんだから、俺達は安全に眠れる場所を失っちまったってわけだ。
んで、そんな厄介な魔物に人類はあっという間に追い詰められた。もう人類は神様に祈るくらいしか出来ることがなくなったのさ。
それで大国と呼ばれた国が二、三滅びた頃、ようやくその祈りが神様に届いた。
その神様は、それはもう美しい女性の姿をしていたそうだ。
誰が見たのかって?そりゃ当時生きていた人間全員だよ。一体全体どういうわけだか、世界中の人間が女神様の姿を見て、言葉を聞いたそうだ。太陽ですら世界の半分の人間しか見ることが出来ねえっていうのに、どうやったのかねえ。当時本当は何があったのかは偉い学者様でも分からないそうだが、まあ今は大して関係ねえな。
そんで、その女神様が何をしたのかっていうと、俺達弱っちい人類に力を授けてくれたそうだ。そう、魔法っていう力をな。
魔法っていうのは何もねえ所から炎出したり、触らずに何かを動かしたりとか、そういう超常的な力の総称だ。魔力っていう世界をグルグル循環してるエネルギーだか物質だかを変換しているそうだ。
そして人類はその力を持ってして魔物共を討ち滅ぼし、世界は平和になりましたとさ、めでたし、めでたし……ってなったら良かったんだけどな。この世界に訪れた大きな変化である"魔物"と"魔法"だけどな、それぞれに大きな問題点があったんだよ。
まず魔物だけどな、こいつらは本当にキリがなかった。倒しても倒してもワラワラ湧いてきやがる。それも、自分達で数を増やすことが出来ないにも関わらず、だ。
というのも昔、魔物を生きたまま解剖するとかいうクレイジーな学者様がいてな、そいつによると魔物には消化器官どころか生殖器官すらなかったらしい。
じゃあどうやって数を増やしてるんだって話だが、それがさっぱり分かんねえんだなこれが。大気中に漂う魔力から生まれてるって説や、地獄の怨念から産み出されたって説や、どっかの誰かが人工的に産み出しているって説もある。
そんで次に魔法の方だが、女神様の愛は不平等だってとこが問題だった。
要は魔法の才能は人によって差があるどころか、魔法が使えない奴がほとんどだってことだ。まともに魔物と戦えるくらいに魔法が使えるのは千人に一人か、万人に一人ってところだ。それだけいれば充分魔物には対抗出来るが、問題は人間同士の争いの方だ。
魔法が使える奴が使えない奴を虐げ始めた。
まず魔法至上主義の連中と、それまで国を治めてた王族とが対立し始めた。
そんで、魔法を使えない奴への差別が激しくなり、そこから上手く抜け出せた奴らが国を作った。剣を銃に持ち替え、科学の発展こそを是とし、魔法を否定した。
そんな感じで過去の権力にしがみつく者達と、魔法を信奉する者達と、魔法のなかった時代を取り戻そうとする者達の間で争いが起きた。
その争いは大きなものから小さなものまで色々あって、場所によって結果は違ったが、概ね魔法使い達の勝利となった。
だが、だからといって全国民が魔法使いになれるわけでもねえ。
虐げられる側がいる限り争いは終わらなかった。
そうして、"魔物"と"魔法"の誕生からしばらくの時が過ぎた今でも、人間と魔物の、そして人間と人間の争いは終わりそうもなかった。
俺が生まれたのはそんな時代だった。