第92話 恐るべきトラップ
「エ、エアリス、何だ!? 何が起こったんだ!?」
オレは少し震える声で、エアリスに尋ねた。
「ご、ごめんナリユキ……。ボク、急に緊張してきて……トイレに行きたくなっちゃった……」
エアリスの返答に、オレは思わずズッコケてしまった。
「あんたバカぁ!? だからあたしがさんざん言ったのよ! 事前に行っておかなかったの!? おバカ! 大バカ!」
ベルファの罵声が室内に響く。言われたエアリスは、モジモジしながらもしょんぼりしている。
「も、もういいよベルファ。まだ19時になる前だ。犯行予定時刻の23時までは十分に時間がある。23時前後に行かれるよりは、はるかにマシだよ」
オレは、自分の腕時計を見ながらベルファをなだめた。アナログ式だけど、この異世界には腕時計が存在しないのでメチャクチャ重宝している。
そもそも、こんな程度のことで仲間割れしていたら、ダナシャスの思うつぼだ。オレは、エアリスの肩をぽんと叩いてやる。
「ほら、トイレに行ってこい」
「うう……ありがとう、ナリユキ……」
エアリスは警護兵にトイレの場所を聞くと、すぐさま走って廊下へ出て行った。やれやれ、先が思いやられるな……。
「それにしても、レゼルブ宰相? こんな目につく場所に宝石を置いておくなんて、大丈夫なのですか?」
気を取り直したベルファがレゼルブへ尋ねた。確かにそうだ。
普通は、金庫などに入れてガッチリ保管しておきそうなものなのに。
「それもそうだな。宝石の場所を変えよう。ナリユキ殿、ガラスケースを上に持ち上げて外してくれないか?」
レゼルブがそう言って、オレに視線を向けた。なんだ、ガラスケースは簡単に外れるのか? 意外と不用心だな……。
オレは言われた通り、ガラスケースの両側に手をつけて持ち上げようとした、その時だった。
「ぐわあああああっ!?」
ぜ、ぜ、全身がしびれるうううう! 体の中を激しい電流が走っていくううううううーっ!
「な、ナリユキ君、大丈夫っ!?」
ユリカが慌てて近づいて来る。オレは必死でガラスケースから手を離して、その場でバッタリと大の字に倒れた。
「実は、このガラスケースには電撃の魔法が仕込んであってな。触れると感電する仕組みになっているのだ。ちなみに、ガラスの硬度も魔法で強化されている。まあ、トラップの一種だよ。ちゃんと機能しているようだな」
レゼルブは何事も無かったかのように、淡々と説明する。
「ふざっけんな! オレの体を実験台にするんじゃねええええ!」
オレは、思わず起き上がって怒鳴り散らした。殺す気か!?
異世界の環境で強化された体じゃなかったら、ショック死しているぞ!?
「宝石を取り出すには、この鍵で開けるしか方法は無い。このようにな」
レゼルブはオレの怒りなど馬耳東風で、懐から金の鍵を取り出して展示台の下部に備えられていた鍵穴へ差し込んだ。ガチャリという金属音が聞こえた。さらに、レゼルブはガラスケースを持ち上げてみせる。宝石が外部の空気にさらされた。
「ちょっと、今の今までこのケースに電気が流れていたんでしょ? もう触って大丈夫なの?」
さすがにいつもの口調に戻ったベルファが、レゼルブからガラスケースを受け取って、しげしげと眺める。
「ふーん、何とも無いわね。魔力が完全に遮断されているわ。なかなか便利な代物ね」
どうやら、本当に大丈夫らしい。解錠されると同時に電流が止まる装置のようだ。とは言え、オレはもうこんな危険な物に二度と触りたくは無いけどね……。
しかし、この直後、信じられないことが起こった。
「ああっ! 『虹の雫』が消えたっ!?」
レゼルブのそばにいた2人の警備兵が叫んだのだ。