第38話 奇跡のヒーリング
オレは、衝撃的な瞬間を目の当たりにして絶句した。
ユリカが突然立ち上がって、平手でベルファの頬を叩いたのだ。
ユリカは叫んだ。
「どうして、そんな酷い事を言うの!? エアリスは、命懸けであなたを守ってくれたのに! 仲間なのに! どうして!?」
オレは、ユリカが真剣に怒っている姿を初めて見た。
その瞳から、涙が次々と流れ落ちた。あのユリカが、こんな険しい表情をするなんて…………。
その気迫に押されたのか、ベルファは膝からフラフラと崩れ落ちて座り込み、そして俯きながら呟いた。
「あたしには…………仲間なんていらない…………!」
「ユリカ、もういい。エアリスを直してやってくれ」
オレは、やっと言葉を絞り出した。ユリカはハッとして、
「ごめん。すぐに手当てするから」
と、再びエアリスのそばに座り、回復魔法の詠唱を始めた。
エアリスへ向けてかざしたユリカの手元から、柔らかく暖かみのある光が発せられた。その光は、どんどんエアリスの体を包み込むように広がっていく。
「すごい……心まで癒されるような優しい光だ……」
オレは、思わず感嘆の声を漏らしていた。ベルファやゼグロンが扱う攻撃魔法の光とは全く違っていた。神聖魔法とも言われるだけの事はある。あの女神って、ノリは軽いけど意外と凄かったんだな……。
5,6分ほど経って、ユリカからの光が止まった。ユリカに尋ねる。
「治療は終わったのか?」
「傷口は、ひととおり治ったよ。だけど、骨や内臓に異常があるかも知れないから、もうちょっとがんばるの! ユリカとっておきの、スーパーヒーリングを使っちゃうよ~☆」
「な、何だ? その凄そうなネーミングは? さっきと何か違うのか?」
オレの質問をユリカは無視して、彼女は両手をかざし再び呪文を唱える。何を言っているのかと思ったら。
「愛を司るフェリオ様~。あなたが本当の女神なら、エアリスの体を元通りにするなんて、お茶の子サイサイですよね~? もしできなかったら、エアリス死んじゃうんじゃないかな~? そしたらどうなるの~? 信者が減っちゃうよ~? お布施の金額もガタ落ちだよ~? いいのかなあ、そんな事になっても~?」
「違うッ! それ呪文じゃねえ! ただの脅迫だよ! なんだよ、せっかく今まで感動してたのに! 全部台無しだよ!」
ユリカに全力でツッコんだ。全く意に介さないユリカの両手から、さっきよりも強い光がエアリスへ向けて放たれた。女神って結構大変なんだな……ちょっとだけど同情するぜ。
「よし! これで大丈夫! 完全に治ったよ~♪」
喜ぶユリカ。これで一安心だ。さて、問題は…………オレは、ベルファの方を見た。
「あ、あたしは治療なんていらないわ! あんたたちは敵だから!」
両手を前に伸ばして、拒否の態度を取るベルファ。しかし、ユリカはその様子に全くお構いなしだ。
「ナリユキ君。ベルファが暴れないように、動きを封じてよ~」
「ええ~? この女、凶暴だからイヤだなあ…………」
仕方がない。オレはしぶしぶ、ベルファの後ろに回り込み、彼女の両わきの下から自分の両腕を引っ掛けて動けないようにした。
「や、やめなさいよ! は、離してッ!」
ベルファは最初、逃れようとして暴れたが、ユリカがヒーリングを始めた後は大人しくなった。目の前のベルファの赤い髪から、ほのかに甘い香りが漂った。コイツもやっぱり女の子なんだな……。
「あ、あたしは仲間なんていらないと言ってるのに……どうして、どいつもこいつも、あたしに構うのよ……」
ベルファは、困惑しながら呟いた。オレは、その言葉が気になった。
「ベルファ。なぜ仲間が必要ないって、意地を張ってるんだ?」