──《第壱章》第二話『少女と青年』──
───「んむぅ………。……どこ?………ここ…」
見知らぬベットの上でタケルは目覚めた。
「目覚めたか?」
そして急にそう話しかけられた。
「え?………どなた?」
まぁ、そうなるだろう。だってベットの上で初対面の人と顔があったのだから。
タケルが、
(まさか、一夜の過ちを!?)
とか思っていたりして身体が熱くなりかけたが、そうだそういえば男なんだったと思い出し、冷静に判断し急激に冷めたりもした。
ちなみに話しかけてきた男の人はベットの上におらず、
タケルは勝手に興奮&妄想してただけなのであった。
男はタケルをジト目で見やり、少し頬を染めて爆弾発言をした。
「それよりも早く服を着てくれ。目のやり場に困る」
「え?、…………───ッ!?」
それを認識した瞬間にタケルはさっきの興奮&妄想はあながち間違いではなかったのかと思い返す。
それと同時に布団にボフッと潜る。
なぜなら、自分の胸元あたりに前世にはなかった双丘があったから。
ちょこっとだけだったが。貧乳だったが。
そして何よりタケルの股には無いのだ。
前世時代のとき、ついていたあれが……
───そう、女になっていたのである。
ウエストはくびれを持って程よく引き締まり、小ぶりなヒップは見る者の、理性を崩壊させるのは糸も容易い。
胸は女になっときに得たこの姿の、長い白銀の髪の毛で隠れていた。
「ま、まさか一夜の過ちを……!?」
「何を言っている。そのタオルくらい羽織れ」
とっさにタケルが───少女が口にした言葉だったが、すぐに否定された。
でも頬が赤いからか信用できない気もする。
そして少女は落ち着いてから、タオルを着込み自分の今ある状況を聞く。
そしてそれは驚きの連続だった。
「まず、お前は一度別の世界で死んでいる」
「俺が、死んだ?」
「そうだ。鉄の塊が上から降ってきて、お前はそれの下敷きになった」
「え、みてたの?」
「ああ、だが助けようが無かった。俺はその時この世界にいたのだが、この世界とお前のいた世界では遠すぎて俺の力でも“視る”以外の干渉は出来なかった。だから、前の身体を返せだなんて言われても無理だからな。お前、生前男だったろ。だったらその身体嫌なんじゃねーのか?」
「ん〜?なんか、そうなのか、そうでもないなのか、わからない…」
「おい、ちゃんとした言葉喋れよ……」
少し呆れているようだった。でも少女が嫌そうではないのを確認し、安堵もしているようだった。
「……ってことは、俺をこの世界で助けてくれたのはあなたなの?」
「ああ、そうだぜ」
「……ごめんなさい、なんかしたんじゃないかって疑ったりして…」
「して欲しかったか?」
悪戯っぽく言う。
すると途端にタケルは頬を赤らめて全力否定する。
「そそそ、そ、そんなんじゃないよ!ただ、確認しただけだよぉ!」
「そうかよ」
また、悪戯っぽく笑う男。
少女は完全に遊ばれているようだ。
「でも、本当にありがとう。あなたに助けられなかったら死んでいるところだった」
「一度死んでるがな」
「う〜、そうだけど……。ありがとう」
「……ハッ!気にするな気紛れだ」
男は少し逡巡したあと素直に礼の言葉を受け入れた。
そして少女は男の名を尋ねる。
「えっと、あなたの……名前…」
羽織ったタオルから、時折覗く細い脚が男の視線を煽る。
それに加えて、上目遣いでそんなことを言う少女。
それをガツンと目に焼き付けてしまい、少し動揺するその男。
「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はマサ・ヘルメスってんだ。」
逃げ気味にマサは自分の名を呟く。
「……マサ。マサ、改めてありがとう」
「ああ、どういたいまして」
投げやりに言う。
照れ隠しだな、と確信し小さく笑う少女。
そして少女は今度は自分の名を名乗ろうとする。
だがしかし、それは上手く行かない。
「えっと俺は、俺は……あれ?名前が…“無い”?」
思い出せない、などではなく根本からその記憶が無いような感覚だった。
「ふーん。お前も名を失ったのか。」
「……俺、名前なくなった?」
「そうだ。俺もこの世界で新たに生まれたとき、記憶と名を失った。でも、生まれたとき手に持っていたらしい小石にマサって名があったのだと。変な話だよな」
「うん」
「そして、その名前がつけられたときにマサって名前と少しだけ前世の記憶を取り戻したんだぜ。」
「そうなの?……あれ、なんだか靄がかかって思い出せない…」
少女は記憶を探ろうとしたものの、なかなか思いだせない。
「だろうな、お前は男だったというのは何故か覚えていたっぽいが、普通はそうはいかねぇ。名前が無きゃお前がいる証明にならねぇしな」
「……?マサ、……難しいこと言う………」
「そうか?………だがそうなると今後が不便だな、お前のことをなんて呼ぼうか。」
「………名前、つけて欲しい」
少女はそう言うと、マサは今までと少し違う真剣な雰囲気を漂わせ真面目に問うた。
「おい、いいのかよ。俺がお前の名前をつけて」
「……?」
「なんもわかっちゃいねーか。あのな、名前をつけるってことはとても大切なものなんだ。それも命に等しいくらいにな。お前の元いた世界とでは少々理屈がちがうが、俺が名前をつけちまうと、俺とお前はどうやっても切ることができない強い“何か”でくっついちまうんだぞ?」
「……なんで、切る必要があるの?」
少女はさも当然、というように頭に?を浮かべた。
「……………………なんで、って、そりゃお前、嫌じゃねーのかよ」
真面目な雰囲気が、マサの間抜けな顔によって少し綻ぶ。
「……………………(?????)」
少女は少女で、コクッっと首をかしげている。何故縁を自ら切る必要があるの?と、頭に先程よりも沢山、?を浮かべているようだ。
そして続けて自らの意思を口から紡ぐ。
「……嫌な訳ない。あなたは俺…………私を救ってくれた。前世ではボーッとしてる私に気味悪がって誰も気にすら掛けてくれなかったのに」
女になって、“新しい自分”という自覚を持った少女は自分の一人称と、口調を変える。口調は、この身体になった時から上手く呂律が回らず、半ば強制的になってしまったようなものだが。
「……………………」
マサは口を開かない。
「……私はあなたの役に立ちたい!」
少女はより強くマサに訴えかけるように宣誓する。
「……………………」
マサはまだ口を開かない。
「……ダメ?」
「あぁ〜ああ。しゃーねな、もう。そんなに言われちゃ仕方ねぇ。勝手にしな」
宣誓は決意の強さを表したのだろうが、美少女の「……ダメ?」は、かなり反則的だな、と思うマサであった。
「……ありがとう。マサ」
「………」
可愛すぎて、しかもどタイプでOKした、なんて阿呆な事は言えるはずもなく、そんな思考を読ませないように顔を不自然に、顰め手をヒラヒラと返す。
マサはこう見えても強者であるため、名前という一点物の決断を見た目だけでするほど愚かではない。そして少女の意思は間違いなくマサに伝わっている。だからマサは許可をした。確実にそう───なのだが、マサの頬が少し赤いせいでなんとも信憑性に欠けるのだった。
マサは顔を戻すと、少女の名前について考える。
「しゃーねーな。不便なのは、俺だけじゃねーし。良いだろうつけてやる。少し時間をくれ」
「……いくらでも待つ」
「────よし、今日からお前の名は“パリス・ロリア”だ」
時間をくれ、といった割には三秒ほどで名前が決まった。
そして少女───パリスの身体が淡く光る。
その光は名前無い事によって生まれていた、記憶の根本の部分を埋めていった。それによってパリスの生前の記憶が今、完全に蘇った。
「……本当に私、死んだみたい……でも、ありがとう」
記憶を探り、意識が暗転する直前に目の前に鉄の塊があったのを確認した。ちなみに前世、女になりたい!でも俺、男じゃん、というのは考えに考えてまくって、もはやそれしか記憶の大部分を占めていなかったため、男であったことは覚えていたのだったりする。そして、無事(?)女になれて嬉しい気持ちも転生したときから本能で少し感じていた。
「ああ、いいんだよ。無事、名前がついたみたいだな」
「……これって、無事?」
「気にするな。現にお前は今俺といるだろ。だから無事なんだよ」
「……むぅ。……わかった…。」
そしてマサはふと思い出したように言う。
「そういえば、これを付けてみろ」
そして、何処からともなく指輪を掌の虚空に生み出した。
「……プロポーズ?」
「ち、ちげーよ。それは指輪型能力確認器具ってんだ。なにも、それ金貨百枚するんだからな」
焦るように言う。
「……マサ、照れてる?」
「て、照れてねぇよ。ってか、んなことは、どーだって良いんだよ。そんで、そいつを嵌めて自分の能力を確認してみな」
促されるままに薬指に指輪をつけるパリス。
これじゃ俺が告白したみたいじゃねえか───とは、パリスが知らぬマサの心の内なのだった。
パリスは指輪から扇状に空中に映し出されるモノを見る。
そして扇状から出る光の粒はやがて一つのパネルへと変形した。
これはどうやら科学と魔法の融合した品らしい。
パリスのいた“日本”にあった技術よりは、かなり良いみたいだ。
これは、指輪をつけている者のステータスを映すものなのでもちろんパリス以外の者も見られるわけである。
そしてそのパネルに映されたものを見てマサは感嘆の息をつく。───ほお。やるじゃねーか、と。
以下はそのステータスだった。
名前:パリス・ロリア・ヘルメス
性別:女
武器:隻羽之翼
種族:死霊堕人族 突然変異類 亜閻魔種
体躯:138cm、30kg
年齢:誕生したて。(見た目12歳)
魔法適正:火、水、土、風、氷、光、核、雷、時空
固有能力:『天稟』
固有能力:『霊力』
固有能力:『大王』
封印能力:『悪魔之堕王』
どうやら、名前にヘルメスと付くのを見る限り───私はマサの妹?的なのになったんだな、と理解する。
そしてなんだろう、その変な種族は。
そして、その能力まで……
「ルシファーなんて……完璧悪役じゃん…」
なんだか、不吉な自分の力なのだった。