Case.06『非番と警部補』
あの事件から次の日の朝。何時ものように起き、鏡越しに映る自分の姿を見ながら歯を磨く。
「……今日は非番で、リハーサルのスタジオも定休日……何しよう……」
今日の予定は何も無い。一応、非番でも緊急時には出勤するが、それにしても――
「暇だ」
買い物は……何も買う予定が無い。じゃあ遊び……に行って緊急時に手が離せない状況はパスだ。家で過ごす……のも何かダラけるだけで勿体ないよなぁ。
「うーん……」
鏡越しに見える黒い髪を掻きむしり、良い案を探す。何か――
「そうだ、パーツ弄りでもしよう」
結局署へ赴く事にはなるけど、銃を幾つか実践レベルまで組み上げないと、戦術の幅が広がらない。
「そうと決まれば――」
中途半端に含んだ歯磨きを素早く動かし、朝の身支度を済ませる。ご飯は――どっかで買って、署で食べよう。
「よし、後は」
外へ向かう前、遺影に向けて線香を立てる。祈る先は、僕がお世話になった人。『テロ』に巻き込まれて、僕が助けられなかった人に向けて、贖罪の意味も込め……。
「……今日も犠牲者を出さない為に、行ってきます」
手を合わせ、少し祈る。その後、僕は署へ向かった。
「おや、長通君? どうしたんだい、非番だったろう?」
署にある何時もの部屋へ顔を出すと、僕達が解決していった事件の後処理をする日尾野と、その奥でハンコをひたすらに押していく遠谷がいた。
「いやー、少しばかり僕が使っている武器を弄ろうと思いまして」
「別に構わないけど……君は良いのかい? 遊びに行かなくて」
至極当然の疑問を投げかけてくる日尾野。まぁ、普通休みの日なら、何処かへ息抜きすれば良い。それが出来ないからここにいるのも事実なんだけど。
「あんまり、気分じゃなかったので」
「そうか……なら、何も言うまいよ」
実際の所は、そこまで友達がいないから……一人で遊ぶとすると、ボルダリング等の体力を物凄く使う物が多くなってしまう。とてもじゃないけど、一人カラオケとかは無理だ。
「……」
全員が集中し、無言になる空間。まぁ、二人は書類仕事で、僕は集中しないと行けない組み立て作業。流石に話す余裕が無い。
僕が作る銃は全部自作で、僕の引き出しの中にはパーツがギッシリ詰まっている。大体の物は取り揃えている自信はあるけど、給料が大体これで消えていくのは少し辛い所。
「……よし、とりあえず完成かな」
今回作ったのは、僕が愛用しているショットガン『NK-157 Oモデル』に付き添う、片手で持てる銃だ。
「おや、新作かな?」
「はい、今回は『NK-183 R34モデル』です」
「……毎回思うけどそれ、分かり辛くないかい?」
……僕自身のイニシャルと、作った順でナンバリングし、オリジナルならO、リサイクルならRとリサイクル前の番号を付けて管理しているだけだが……少なくともこの班では不評だ。
「僕が分かってたら何でも良いんです」
「そういう物だろうけど……」
「遠谷警部! 射撃場空いてます?」
「今は――大丈夫だよ」
銃を作ったのなら、次は射撃で動作確認。射撃場はたまに人が入る程度で、最近は僕ともう一人専用のような状態。
「それでは、お仕事頑張ってください!」
「あまり長居すると、また畑島警視から怒られるから気をつけなよー」
銃に固執するあまり、射撃場に一日篭って作業をしたら、畑島にこっ酷く叱られた記憶がある。長時間射撃場に篭るなとの張り紙が射撃場にあるのは、大体僕のせいだ。
射撃場に入ると、人は誰もおらず――他人を巻き込む心配は無くなった。軽く企みながら、半ば専用となっている耳当てとゴーグルを付け、いざ――試験開始。
「……うーん、弾がブレる」
ある程度射撃を繰り返し、穴だらけになった紙。だが、それは僕の理想には程遠い出来でもあった。
今回の銃は正確性が命であるハンドガン。火力調整とスタンガンの機能を備えつつ、新しくウォールハックの機能を備えた武器だが、やはり慣れないパーツだとバグも多い……。
「ウォールハックを取り外せば、ちゃんと飛ぶんだけど」
ビルや家等、室内の戦闘で壁や障害物に頼られると、その障害物ごと吹き飛ばす為に火力を上げざるを得ない。でも、そうなると相手の身体が五体満足とも言えなくなる。
銃口を絞って集中的に抜く事も可能だが、それが確実に当たる道理も、変な所に入って死亡なんて事もあり得る話。だから、ウォールハックなんだけど――
「うーん、何が悪いんだろう」
ウォールハックと言っても、直接相手の姿を捉えられる物じゃない。それなら、直接網膜を弄った方が早いし、何ならARを脳へ直接繋いで赤外線センサーとかを使えばもっと早い。まぁ、副作用や拒絶反応で絶滅した旧時代のARだが。
なので、一度弾自体にセンサーを仕込み、それを壁に撃ち込む事で立体的な地図を作るのがこの弾だ。
「……あー、パーツ同士が干渉してるのか。なら――」
違法パーツは基本的に自分で作る人が大半で、『スモーク』さえいなければ基本的に出動は少ない。そして、違法パーツにはモチーフとなる元のゲームが存在する。
僕の場合はVRMMO『エルドラド・クロニクル』通称『EC』で使っていた物。銃器や武器を自作する事に特化したゲームで、それぞれがオリジナル武器を使う対人も栄えたゲームだった。
「よし――もう一度」
僕はその中でも特殊な『罠使い』の職をやっていた。それはPvEでは無類の強さを発揮する職だが、行動パターンを先読みして最大火力を予め敷いておく事で成立した物。だから、PvPでは不向きだった。
「……いい感じ、これは成功作かな?」
こうやって何度も試作して実験するのも、そのゲームをやり過ぎた結果出てしまう癖だ。まぁ、そのゲームはその後テロの実行犯がやっていた事から批判を受け、サービス終了したのだが。
「長居はするなと言われたし、ここら辺で切り上げよう」
長時間の射撃で凝った肩を回しながら、道具をテキパキと直していく。何度も通った場所なので、何処に何があるかはもう分かりきっている。
「一旦顔を出して帰るか……」
射撃場を出て、一度班に顔を出す。そこには朝とは殆ど変わらない部屋と、それをこなす二人がいた。変わった所といえば……書類が少し、減ったぐらい。
「長通君、終わったの?」
「はい。こちらは終わりました」
「そうか。じゃあお疲――」
「日尾野君、君も上がりたまえ」
未だに終わらない書類をこなそうとする日尾野を帰らせようとする遠谷。急に言ってるけど、時間はまだ昼を少し過ぎた程度。非番の僕が帰るのは分かるが……一体、どういう風の吹き回しだろうか。
「遠谷警部? 僕はまだ大丈夫ですが」
「前々から進行しようとした物があったんだが、丁度いいと思ってね」
「……?」
僕の方を見ながら、遠谷は続ける。
「日尾野君、長通君とツーマンセルを組んでみないか?」
「――は?」
「――へ?」
いきなりの提案に、僕も日尾野も変な声が出てしまう。
「言葉通りの意味だよ二人とも。『セブンヴィランズ』には来ない人間が三人いる。仕事でも無い上に、連絡まで切った奴らがね。それに、仕事となれば割り切っているけれど、君達四人の中にも壁がある。それで大型組織と仮に戦っても、全滅は必至」
「だから、ツーマンセル……」
「でも、何故僕と日尾野警部補が?」
「いやー……何か合いそうだなーと」
――驚きの理由無し。僕だからこそ分かるが、僕と日尾野は絶対に合わない人種だと自覚しているし、多分向こうと同じ事を思っている。もう既に不安要素満載で、頭を抱えそうだが……上からの命令には逆らえない。……ギクシャクする一日が始まった。