Case.05『臼田家殺人未遂事件・解決編』
「死ね! 死ね! 彼女を追い込む奴は全員死ねぇ!」
刀を雑に振り回し家にある物ごと切り伏せて行く男、それは型も何も無い初心者の振り方。それなのに鉄筋を切り裂き、陶器の壷を割る事無く切っていく。
「キング!」
銃口を向け放たれる弾丸は暴徒鎮圧用の電気弾。同じ班に所属するある同期に教わって、構成を組み込む事で精製出来た一つの武器だ。
「チィッ! 増援か――」
だが、到底人間ではあり得ない反応速度で、まるで後ろから引っ張られるかのように躱される。
「その反応――」
「間違いない、違法パーツ所持者で確定だ」
まだ一応刀の達人かもしれない線があったが、人間を超える反応速度かつ不意打ちを避けるのは……何かしらによるブーストが掛かっている証拠。
「それにあの人、『スーツ』を着ていない!」
違法パーツは本来個人の人間の規格に合わせて作られる、ある種のオーダーメイドだ。ある時はファンタジーの模倣、ある時は戦場の模倣、ある時は侍の模倣。便利なように見える違法パーツ……そこには代償が伴う。それは、過負荷による身体へのダメージ。合わない規格を無理やりに使えば、それは必ず身体へとフィードバックされる。だからこそ、違法パーツは絶対に『スーツ』と称される身体補助が無いといけない。
目の前にいる川勝の状態もそうだ。スーツ無しで刀を振り回し筋肉を無理やり酷使した結果、皮膚が裂け出血している。それでもなお無理やりに身体は振り回され、刀とどっちが本体なのか分からない。
「下がってろキング!」
「――了解、頼んだ」
銃撃による援護は更なる自損を起こす。このまま撃ち続けたら、この男の命が持たない。
「そんじゃ、まぁとりあえず――」
「消えろぉ!」
ラビットは明らかに西洋の武器フランベルジュを刀のように下段へ構え、雰囲気が一変する。
「あんたの武器、外させてもらう」
片手で振り下ろされる刀に振り上げると同時に刀の先端へ振り下ろす、違法パーツによってほとんど同時にしか見えない二連撃。それにより刀は回転するように柄が手元から離れ、取り戻そうと手を伸ばす川勝へラビットは柄頭を鳩尾へ入れた。
「ガハ――」
「キング! 気絶機能は無いから頼んだ!」
「はいはい――」
動きが止まった首元、威力を引き絞って放つ微弱の弾はスタンガンのように放電し、川勝を気絶させる。
「ふう、刀も回収完了。終わりだな」
「じゃあ、証拠品として提出しないとな、キング」
既に気を失った川勝と刀を運び、臼田の家まで戻っていく。
「ちなみに、ラビットが使ってたさっきの技は?」
「あー……『烏兎流月光』と『日陰』だよ」
この男が銃や気絶用のスタンガン等を持たず剣を好んで使う理由――それは、剣術の師範を持つ息子だからだ。
詳しくは知らないがこいつの説明によると、『烏兎流』は構えが二つ存在する。上段に構える『日』と下段に構える『月』の二種類。そして最大の特徴、技の終わりが対となる構えの始まりとなる点。例えば、日の構えから放たれる技の終わりは月の構えに繋がり、その逆も然り。流れるように日と月を繰り返す事から『烏兎匆匆』からなぞり、『烏兎流』らしい。
「ラビット、その刀はどうだ?」
「……ほぼ間違い無いと見ていいな、流通元は例の組織だ」
違法パーツは簡単に出回る物じゃない。そんな事が起きたらそこらかしこで爆発やらが頻発して、町は崩壊一直線になる。第一、刀や剣等の刃物は銃刀法違反だ。それに誰にでも作れる物でも無く、専門的な知識と機械をある程度弄れるだけの腕が必要だ。だから流通しなかった――昔は。
だがそれを広げようとしている人間がいる。……ARの危険性と、現実保護法という取り締まる法律が出来たきっかけ『ARテロ事件』を起こした組織『スモーク』。
目的は不明だが、彼らの作った違法パーツにはある特徴がある。……それはエンブレム。違法パーツを分解した際に現れるそれは、現れると同時にロックが掛かり――徐々に武器は煙のように霧散していく。
「証拠は?」
「もう取った、というよりそろそろヘルメット外せば? 長通」
この刀も……刀身と柄を外した瞬間に蛇のエンブレムが現れ、先端から煙と化していく。川勝が襲いかかっていた現場と、刀の写真は網膜記録から拾えるので大丈夫だが、あの組織は一体何を考えて武器を流通させているのか……。
「あ、丁度良いタイミングで合流できたね、兎川君、長通君」
霧散した刀を見送っていると、車の爆音が聞こえ――中から日尾野が降りてきた。
「……川勝は捕まえたようだね。じゃあ、最後に奥さんを逮捕しないと」
手にはいくつかの紙と、何やらペンダントのような物。一体に何をしに行ったのか、臼田の家で奥さんに再度会うまで、理解が追いつかなかった。
「……何よ――」
臼田と再度顔を会わせると、僕の手に抱えていた川勝に慌てふためくような表情を出す。
「何で……何で、逃げてないの……」
「やはり、不倫相手……でしたか」
日尾野は全てを理解したような顔で、話し始めた。
「……川勝容疑者と不倫をしていたのは、被害者の不倫が原因……違いますか?」
「そうよ……あの人が先に別の女へ行ったから――」
「それが、娘だったとしたら?」
「――え?」
娘……一体何を言い始めているんだ……?。
「若い女性、不倫疑惑が上がっていた一戸さん……彼女は水端さんの姉である故人……その娘です」
「え――そんな事誰も!」
「証拠として、このペンダントを渡してほしいと……一戸さん本人から託されました」
それは開けると写真が中に入っている物で、そこには若かれし頃の男女が仲良く肩を合わせて撮ったであろう写真が残されていた。
「……被害者の臼田さんは、過去に水端さんの姉である『水端 沙樹』さんと結婚していました。そして、子供が生まれた後……沙樹さんは、事故で亡くなってしまった」
「じゃあ、何で妹と婚姻を!」
「子供が小さすぎた為です。片親だったら、子供がどんな風に育つか分からない。だから、妹である莉子さんと婚姻届を出した。両親も承諾して、莉子さんも覚悟の上で……姉である沙樹さんの子を育てた。一戸さんは、その後結婚し戸籍を変え……巣立った子を見た後に婚約を終わらせそれぞれの道に行った」
それは、臼田には残酷すぎる真実。不倫も無ければ、子供の為に起こした善行。それを、巻き込むのは気がひけると報告を怠ったが故にズレ、壊れた幸せ。
「日尾野警部補、何で分かったんです?」
「……女性を喧嘩別れした後、すぐに別の女性へ行くのに少し違和感を感じてね。酒を飲んだり、複数の女を連れて行くとかなら分かるけど、何故かカフェで二人きりの話し合い。頭が冷静じゃないと出来ない行為だ。喧嘩っていう、思考をぼやけさせる事をした上なのに、ね?」
引っかかる点がいまいちパっとしないが、それで証拠と真実が暴けるなら――別の視点として有効だ。
「じゃあ……私は、私は――」
「臼田さん……余計なおせっかいかも知れませんが、私の元に病院から連絡が届きました」
瞳は虚ろになり、自己を保てなくなる臼田に神白が口を開く。
「臼田 大喜さんの手術は成功、もう目を覚ましています」
「……っ」
「そして、『百合江に、謝りたい』と、巻き込みたくないからと話さなかった事を悔やんでいました」
「……何で、何で私を責めないのよ……本当……」
「……決して許される事では無いですが、償いましょう?」
既に外には警察の車。そのまま、大人しく臼田は連れて行かれる。……刑務所内で自殺をしたら、罪を償ったとは言えない。だから、待ってくれている人の存在は心の支えになってくれる。たとえ、それが犯罪者でも。
「これで、一件落着……とは言わないか」
「でも、事件は解決しましたよ警部補?」
「それも、そうか」
未だに残る、武器流通の謎。だが、ここにいてもこれ以上の情報も無い。少しばかりモヤモヤとした気持ちが残りながら、僕達は署へ戻って行った――。