Case.49『二ノ坂茜飛び降り事件』
次なる現場……そこは、ビルとビルが立ち並ぶ路地裏。うつ伏せで倒れ込むようなチョークのラインが引かれ、既に監察医へ渡された死体からはみ出た出血と、細かな肉片が……その衝撃を物語っていた。
「……自殺、ですか」
事件現場を見て、兎川が思わず口に出す。地面へと叩き付けられた出血痕と、多分原型の留めていない顔面。正直、第一印象は僕も同じ意見だ。
「決めつけはあまりよろしく無いけど、見た感じはそうだろうね」
「……来栖さんは――」
「呼びましたか?」
「うわぁ!?」
こんな現場でも僕達が呼ばれたという事は、違法パーツの事実が認められた証拠でもある。
稀に『オーグメンテッド・マテリアル』が偶然重なって、違法パーツとの関係性が無いのに僕達が現場担当となる事例もあるが、大体は残された物を鑑識が判断している。
そこで違法パーツなりARを使った痕跡が見つかれば、僕達が出て行く……そんな感じだ。
「いきなり大声出さないで下さいよ長通さん! こっちもびっくりするじゃないですか!」
「ごめん、来栖さん……」
「それで、どうしてこの場所で違法パーツが検知されたの?」
後ろから遅れて歩いてきた神白は、いつものように現場の様子を聞き詰める。
「……被害者は『二ノ坂 茜』23歳女性。この路地裏向かって左手にあるビル内の『アンディ』と呼ばれる、『スーツ』制作を主にした会社の社員です。と言いましても、我々のような戦闘用ではなく、あくまで一般用……ここは確か――」
「女性用『スーツ』専門のブランド。私みたいなのが着るタイプじゃなく、キャピキャピした子に人気の所でもある。ま、私には無縁だから知らないけどねぇ」
先に事件現場へいた汐華が、散らばった肉片を一つ一つ回収しながら皮肉めいた説明。……まぁ彼女なら顔が良いし、何でも似合いそうでは――
「……わからない所つねるの、やめよう?」
横腹の先端をつねられる。そして誰にも分からないよう、裏に手を回しながら神白から耳元で囁かれた。
「変な事考えてないで、事件に集中なさい」
「うっせ」
「――んで、私達が呼ばれたのはこの会社が『スーツ』専門のお店だから?」
そんなちょっとした事件を他所に、汐華が話を進めていく。
「……ここからは事情聴取とタレコミですが、どうやら社内でいじめがあったらしく……首謀者はこの亡くなった二ノ坂なんですよね」
「つまり、来栖君の鑑識的に……いじめられた人間が犯人だと?」
「断定は出来ませんが、何らかの疑惑が掛かってもおかしくはありません。それに、この場所……最初は『スーツ』専門店だと聞いてそんな物かと思いましたが、汐華さんの話を聞く限り……少し『マテリアル』の量が多いかと」
「少し……ねぇ」
周りを見渡しても、そんな痕跡は見当たらない。少し全体が濃いが、新作のスーツ作りとなればある程度集まるだろうし……どうも確証が無い。
「来栖さん。会社の対応はどんな感じでしたか?」
「それが、『いじめなんて断じて無い!』の一点張りで……自殺ではなく足を滑らせた事故と言い張っています。証拠として、監視カメラの映像提供は頂きましたが……」
「弄った箇所が?」
「いいえ、無いんです。映像には加工した物はありませんでした」
加工も無し……でも内情のタレコミと差異がある以上、何かしらよからぬ事を隠しているのは可能性として高い。なにせ、警察に協力せず一点張りなのは……どうにも違和感。
「ですが、協力が無い以上……情報は得られないのではないですか?」
「そこが問題だねぇ。何かしらの令状でもなければ、民間への立ち入りは難しい。でも、令状を出せる証拠も無い。ある程度は協力――監視カメラの提供を受けたからには、義務にも反していない……中々、面倒くさい事になった」
「汐華君の言う通りだ。まぁ、だからと言って何が出来るのか――」
捜査協力はしているが、それが偽物と断定は出来ない。加工跡による偽装での令状も無し。タレコミも、嘘だと言われたら効力として薄い。……少し困ったな。
「――いや、方法なら一つあります」
そう口にした神白は、とある車を指差す。それは――
「……清掃車。まさか、潜入捜査でもしようっての?」
「それ以外、方法無いじゃない?」
「いやまぁそうだけど……悠奈、分かってる? それ、バレたら警察どうこうの騒ぎじゃ無くなるのよ?」
「分かってるわ。だから……警察じゃない人が行く」
限定警察の利点。それは、警察権が無ければ一般市民だという事。黙秘義務は生じるものの、それ以外は市民側へと回れる。当然、権利も一般に戻るが。
「まぁ、仕事で偶然って言えますけど……そんなツテありますか?」
権利も一般という事は、このビルへ入る為の理由が必要。偶然副業でやっていた清掃業が、偶然にも事件現場の近くでも……証拠がなければセーフ。問題点があるとすれば、清掃業として身を置ける協力者が居ない。
「それは――」
「私は一人だけ知ってるよ。アンタらも知っている人物だけど、確か今清掃の仕事してるって本人から聞いた」
「知っている人物……?」
汐華が話している人物……一体誰だ。
「――『天羽 栞』って言えば、分からない?」
天羽 栞。セブンヴィランズでの同機の一人で……仲違いした二人目。原因は主に――
「あー……僕はパスします。今更顔合わせたら殴られますから」
「だろうね。でも、一度殴られる覚悟で行った方が良いんじゃない?」
「嫌ですよ。どんな顔して会えば良いんですか」
こうやって会う事に抵抗している、兎川が戦犯。あの事件は僕も巻き込まれた側の一人だからわかるけど、あれは100%コイツが悪い。
「神白、この戦犯兎川を運ぶぞ」
「……そんなにやらかしたの?」
「あー……そういえば長通君も被害食ってたねぇ」
「長通には謝ったでしょう!?」
「俺はまだ良いけど、天羽には?」
「えーっと……」
「よし、神白。連れて行くぞ」
「分かったわ」
人が死ぬとかの決定的な亀裂が入った訳ではないが、巻き込まれて両者の意見を聞いて……まぁコイツが悪いとなったが、謝る機会を与えられる前に――彼女は来なくなった。
「兎川さん、何したの?」
「若さが故の過ちと言いますか……」
「あー……尖ってたものね、彼」
「過去の黒歴史を掘り返さないで頂けませんか?」
半分諦めた兎川を詰め込み、僕と神白が乗り込む。
『僕は現役だからあまり詰めないけど、変な事しないでくれよ?』
「分かってます日尾野警部補」
『京君の分かってるが一番信用ならないんだけど……神白君。ちゃんと止めてね?』
「首根っこ掴んででも、止めます」
『それなら大丈夫そうだ。僕はどう足掻いても役職に縛られるから、まだ現場で情報収集をするよ。何か掴んだら連絡する』
『私は道案内も兼ねて、暫く通信は繋ぎながら証拠探ししておく。まぁ、大体は来栖君が調べてくれそうだけどね』
現場に残った二人は、通信を繋げながら現場でまだ何か無いかを探す。……まぁこんな参入捜査に、現役警部補と元警官を連れてはいけないし。
「じゃあ、行こう」
走らせる車は、汐華のナビと共に六人目へと向かって行く。……また、一波乱ぐらいありそうだ――。




