Case.48『代償』
前の事件で負った傷も癒え、再び警察として動き回れるようになった僕は今――
「――そこまでっ!」
署内にある道場にて、兎川と戦闘を行なっていた。お互いの感覚を補う為、病院では禁止されていた事を今行っている。
「……しんどっ!」
「そりゃ実践と殺陣じゃ、色々違いますよ」
汗だくで、服は雨でも降っているかのようにビショビショだ。1セット30分の戦闘と休憩を繰り返し、どれだけ時間が経ったのか分からないぐらい戦闘を続けているが……
「それで京君、どうだい?」
「……うーん」
あの時に起こした、物が全て止まる感覚を未だ掴めずにいた。最後の戦闘……槍やあらゆる物が完全に止まり、僕だけが周囲を見渡せる瞬間があった。
「難しい。ゆっくりにはなるんですけど、完全停止は……」
「でも、あの時は兎川君も見ていたんだろう?」
「はい。長通が見ていた物を共有していたので」
「それなら、何か些細な事でも分かるかい?」
「……僕も、分からないですね。あの時は、僕も必死でしたから」
僕の瞳は、通常よりも視神経の反応速度が異常のようで……見たものをタイムラグ無く脳に渡せるらしい。なので詰まる所、眼と脳が直結してるが故に、脳と眼の情報伝達時間が0となり……あの現象が起きたとされる。と言っても、医者もこれを見たのは初めてらしいので、まだまだ発展途上。それに――
「――っ!?」
「京君! 今日はもう使いすぎだ!」
日尾野から渡された目薬をさしながら、痛む両目を少し押さえる。
視神経の異常は、周囲にある血流に悪影響をもたらしていた。集中による一瞬は何も問題は無いが……その後、一瞬で集中による血管収縮――つまりは異常な高血圧となり、その急激な変化に耐えられない血管が破け出血する。
当然集中具合によって血圧は変わり、僕の目指す完全停止を行えば……血の涙が流れる。更に、それを繰り返せば失明する可能性が高くなるから程々にしろと、医者から言われた。……まぁ、それでも無茶するだろうと神白から告げ口されたらしいのか、様々な目薬を大量に押し付けられたんだけど。
「……今日はここまでにしようか」
「その方が良いですね。これ以上やっても、長通の眼が死ぬだけです」
「もうちょっとで掴めそうだから、もう少しだけ――」
「これ以上やれば、また神白君に殴られるよ?」
「……止めときます」
そして、神白はあれから僕の監視役となった。日尾野は逆に無茶を促進してしまうと、遠谷からの指示があってこうなった。……何故か皆ニヤニヤ顔だったが。
「まぁ、お二人さんは先に汗流してきなよ? 少なくとも4時間ぶっ通しで道場に篭ってたんだから」
「あれ、4時間もやってたんですか!?」
「丁度4時間前に僕が来たから、実際はもうちょっとやってたろうけど……あまり根を詰めすぎると、身体壊すよ?」
「……悪い、兎川。多分お前は気付いてたろ」
「僕だって感覚掴めて無いんで、お互い様です」
「後片付けは僕がやっておくから、早めに所轄へ戻りなよ?」
過ぎた時間を聞かされ、流石に焦りながら道場を出る。慌てながらシャワールームへ入り、チャチャっと汗を流していると――左から突然何かを落とす物音。
「――あ、やべっ」
落とした主は少し焦った声で拾い上げようとするが……何度も地面に落とす音だけがシャワー室に響き渡る。
「……兎川?」
「あー、申し訳ありません。手が滑ってしまって……」
そんな言葉も、やけに焦燥感がある。やっぱり――
「お前、手……大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。病み上がりで竹刀を振り過ぎてしまって……握力が――」
「それなら何でシャワー室に入るまで、握力は大丈夫だったんだ?」
身体を洗う為に持っていった最低限の物。それは、音で分かる通り……入る前までは、手に握られていた物だ。
「……もう一回だけ言う。大丈夫なのか?」
「えぇ、何とかしてみせます。あの爺を切るまでには、必ず」
「……具体的に、どこまでダメで何処まで大丈夫なんだ?」
「……神経麻痺と診断されました。剣はギリギリ握れますが、細かい作業は……手が痺れます」
神経麻痺。重度の怪我によって、両腕が千切れる寸前だった兎川。神経を繋げても、感覚が前と同じには絶対にならない。兎川の焦っていた理由はこれか。
可能性として頭に入っていたが……まさか、隠してるなんて。
「何で隠そうとした?」
「……僕だけ痺れで、前線を外されないように」
「……治るのか?」
「医者が言うには、神経は繋がっても前とは絶対に違う形になって……違和感は残り続けると」
「そうか。……捜査に支障が出るなら、容赦なく言うぞ?」
「分かっています。そこは僕も馬鹿じゃないので、引く時は引きますよ。長通じゃあるまいし――」
「一言余計だ」
少しだけ無駄口を叩き合いながら、服を着替えて外に出る。すると――
「……神白?」
外で僕達の違法パーツを重そうに抱えながら、神白が待っていた。
「遅い。もう事件が起きた。日尾野警部補と麗香は先に行ったわよ?」
「……運転よろしく」
どうやら、何かしらの事件が起きたようだ。……運転出来るの、僕しかいないんだけど。
「そういえば京の銃……壊れていたから、麗香に頼んで余り物を調整しておいた」
手渡されたのは二丁の銃。一つは威力を重視した、拳銃には似つかない重さと大きさの物。使わなかった理由は、反動が強すぎて撃つ事に特化し過ぎてしまうから。
二つ目は、弾をばら撒く短機関銃。片手で持てるようにある程度工夫した物だが、その代償として機能の全てを失った……ただの銃。スタンガン内臓の弾が出せない為に、封印していた物だ。
「……どう調整した?」
「さぁ? 一応渡しといてって、紙も貰ったけど……」
車へと走りながら、神白から渡される紙。そこには、
『ハンドガンの方は、反動を抑える為に色々弄ってある程度理想系となった。性能は高水準かつ、長通君が最も重視している命中率重視……君向けにカスタマイズしているよ。反面、君の好きそうな多機能さは無くなった。拳銃としては堅牢かつ無難……って所かな?』
……威力重視の銃についてだけ、しっかりと書かれていた。
「……神白、もう一枚貰ったりした?」
「これだけよ」
「……後は、現場で聞くかぁ」
まさかのお預けで、少しだけ肩を落としながら車へと乗り込み、ランプを光らせる。……一応現場でまた顔を合わせるとはいえ、時間があれば良いんだが――。




