Case.46『海へ沈む』
一度精神を戻し、目を覚ます。
「――京!」
「悪い、僕をバンの外へ――」
「出来る訳ないでしょ!? そんな身体で何をするつもり!?」
「顔だけ出す。僕の目が必要なんだ」
とりあえず、顔だけは出しておかないと……二発目が飛んでくるよりも前に――
「……あれ?」
そんな気持ちを拾い上げるかのように、身体が宙に浮く。それに合わせるよう、右腕が意思に反して上に上がり……神白の姿が瞳に映る。
「……その腕であんたの性格、嫌というほど分かった。どうせ、這ってでも行くんでしょ? なら、あんたを放置出来ない」
「神白……」
「なら、あんたを監視する。どうせ無茶をするなら、私が嫌でも手を貸す。変な怪我なんて作らせないし、馬鹿にはハンドルを付けてやる」
「馬鹿って――」
「一人で突っ走って、両腕焼いて、馬鹿じゃないとは言わせないわよ。京が勝手に突っ込むなら、私も勝手に援護する。嫌とは言わせないわよ」
そう言う神白は、怒っているような呆れているような表情のまま、僕を睨む。……その目で見られると、どうにも強く言えないなぁ。
「それで、次はどんな無茶をするの?」
「無茶なのは確定なのね……」
「その状態の京が諦めてない眼をしてるなら、確実にそう言う事でしょ?」
「まぁ、そうなんだけど……。今から、目を酷使する。だから余計な神経を使わせないように、身体を押さえておいてくれ」
「はぁ……分かったわ」
呆れたため息混じりにうつ伏せに倒れた身体の上から神白が馬乗りで抑え、そこから違法パーツの人形で僕を守るよう身体を取り囲み……視界だけ開けたように残した。これで……眼を最大限使える。
神経だけをハッキングで繋げ、感覚だけを共有していく。身体が二つになる感覚。全部が増えて、自分が分けられて行く感覚は……既に脳の許容を遥かに超え、脳に亀裂が入っていくような痛みが走る。
「――っ!?」
その二つを一つに遮断し、必要な物だけを兎川へ返す。僕の視覚情報を渡して、反射神経を最大限に発揮させる……強制ゾーン機のようだ。
「……来る、ぞ……!」
瞳に映される、構えた槍の男。……でも、この眼なら――止められる!。
「――凝視、しろ。全てを……!」
割れる頭に喝を入れ、全ての感覚を切っていく。膨大な情報で壊れそうになる脳を、更に膨大な視覚情報で……埋め尽くして行く。
「……後は、頼んだ……兎川っ!」
俺が出来る事――それはこの視覚情報をアイツへ伝えるだけ。後は……兎川次第。
『――良く、見えた!』
放たれた槍は、絶望を示す閃光のように一瞬で届く。だけど、今回は――
『切る!』
防ぐ為の剣ではなく、全力で振われた……切る為の剣。それは閃光を切らんとする軌道を描き、金属音と風が強く吹き荒れた。
『――切った』
そこからは、夢でも見ているようで……フワリと浮いた身体が何故か兎川の後ろにつき、切る瞬間を目撃していた。本来なら、身体は車内で……こんな場所、いるはずが無いのに。
「……これは、何で――」
身体は思うように動かず、切り終えたと思えば逆再生のように兎川の身体が戻っていき……再度槍を切る。
何度も、何度も、何度も……十秒程の映像が繰り返され、身体は動かせずに瞼も閉じられない――まるで拷問だ。
「――これが、代償か」
でも、予測はつく。この映像を処理した段階で、多分僕の脳は完全に壊れ……意識を失った。この場所は、走馬灯を体験し続けているだけか。
「……さて、どうしたものかなぁ」
と理解してたとしても……やれる事は無い。この見え続けている景色は、助かった事を理解させる為の不幸中の幸いなのか……それとも、即死させない為の悪戯なのか。
「――どうしたもの、じゃありませんよ」
「兎川!?」
動けない身体でひたすら同じ映像を見続けていると、背後から聞こえる声。振り向かなくても分かる、共有先の男だ。
「……医者が言ってましたよ? 馬鹿だろって」
「医者……って事は、逃げ切れたんだな?」
「えぇ。今僕と長通の身体は、病院です」
「……なら、何でお前が――」
「向こうじゃ意識が完全に無くなって、死にかけを無理やり生き繋いでる……植物状態です」
……という事は、この場所は――
「僕は、電脳世界に囚われたんだな?」
「そういう事になります。それで、僕が連れ戻しに来ました」
「……それって」
電脳世界は、言ってしまえばネットワーク全土に身体の断片があるような状態。海に入浴剤を溶かすように、人が情報の海に入り込めば……溶けて無くなって、海は海のまま存在し続ける。
「大分荒技を使いましたけどね。僕に使ったハッキングを元に、情報を集めて貴方を再構成していった」
「……うわぁ」
元手はネットワークの海において重要過ぎる物になる。何もなければ情報の海に溺れるが、そこに一つ検索ワードがあれば大体の物は弾かれて行く。砂鉄を集める際に磁石を用いるのと用いらないのを比較した時と同じだ。
そうやって集めた情報と精神を繋ぎ、僕という人格を再構成して行く。……まぁ、僕のようで僕じゃないと言われそうだが、意識という分野が未だに解明されてない以上、こうなるのは自明だ。個人的には気持ち悪いが。
「……戻りますよ。長通が起きないと、神白さんが泣いてしまう」
「だから、彼女じゃねぇよ」
「貴方の視点ではそうでしょうね」
「はぁ? 神白が俺に惚れてるとでも?」
「……さぁ? これ以上他人の恋事情に踏み入れて、刃物で刺されたくはありませんし」
「アニメの見過ぎだ」
煽り煽られながら、僕が僕であるという証明。そんな事をしながら、固定された身体は兎川に連れられ……意識という光に押し込まれていった――。




