Case.45『絶望の一槍』
自身の身体と心を剥離していく。ハッキングで作った電力の線を、精神に辿らせて――兎川の身体へ。
『……イメージは、あの老体』
あの男の場合は、直接神経に何かを埋め込み完全憑依するような形を取っていたが、今回の場合は……あくまで『コンダクター』と『スーツ』の感覚と共有して結果身体を動かせるようになる物だ。だから――
「身体が勝手に動くんですが」
『心配すんな。僕だ』
「……半ば気持ち悪いですね、僕だけに見える霊のような物ですよ? 今の長通は」
今は『コンダクター』の視界を借りながら、AR世界にダイブしている。所謂、今兎川が見ている世界に僕が存在している感じだ。
「それで? この後は?」
『……僕が見て、兎川が切る。簡単だろ?』
「――馬鹿じゃないんですか?」
『大丈夫……本気だ』
遥か彼方に存在する素体は、未だに切っ先をこちらに向けたまま動かない。それなのに、電力だけは槍に溜まっている状況下だ。
「……ねぇ、兎川さん。そこに京がいるの?」
周りから見れば、兎川にしか見えない亡霊。喋りも実際は骨伝導を用いて伝えているのもあり、独り言だ。
「彼女さんが心配してますよ?」
『お前の身体でぶん殴ってやろうか!?』
「冗談です。いますよ、この辺りに長通が」
「……そう。任せて良いのね?」
「――長通の見解は?」
本当は、三割にも満たない作戦。この状態で僕の眼が正しく機能して、尚且つあれを目視出来る限界まで本気で見るのが第一段階。まず、見えない時点で詰みの眼力勝負。
次に、初めての状態で起こす兎川との連携。僕が見えたとしても、身体が動かなければ意味は無い。だから身体を『スーツ』を用いて動かすのだが……最大の難点である、僕が『烏兎流』を知らない事が強く響いていしまう。なので――
『連携が大事かな。僕が見えても、僕は切る技術を知らない。逆に兎川は切る技術を持っていても、あの槍を見る術を知らない。……だから、兎川。ぶっつけ本番で阿吽の呼吸まで揃える事……出来るか?』
「……何も心配ない、完璧に出来るそうです――」
『おい、兎川!』
「なら、心配ない。兎川さんも、京も、気を付けて」
『おい! おいって!』
僕の静止を完全に無視し、バンの上によじ登る兎川。
『おい兎――』
「いい加減うるさいです。聞こえてますよ」
『……良いのか? 噓ついて』
「どうせ、出来なきゃ死ぬだけなんですよね?」
『それは……そうだけど』
「なら、覚悟は決まってます」
大剣を握りしめ、下段に構える兎川。それに呼応したのか、槍持ちの素体は槍を逆手に握り直し……投げる構え。
「よろしくお願いしますよ?」
『分かってるよ』
今ある全てを視界へ向けて、限界まで視覚から――
『……いつもの身体じゃないから、やりづらいな』
「僕の視覚ですからね」
いつもなら、この段階で周りの時がゆっくりになっていくが……今回は兎川の身体。僕は視覚を得ているだけなので時間が掛かる。
「……来た」
でも、それが思わぬメリットに繋がる。意図的に視覚以外を断ち、脳の全てを眼に渡すやり方を――兎川の身体に染み込ませていた。早い話……この時間が止まった空間を――兎川も見ている。
『でも……僕の技と少し違う……?』
だが、紙芝居のようにしか動かない僕の眼と違い……全体がまだある程度動いている。
「――後は、切る」
遥か彼方から放たれる、瞬間の出来事。ゆっくりになると言っても、それは瞳と頭を直接繋いで一瞬の内に情報伝達が出来るからこそ、周りが付いてこれないだけ。現にあの時、身体を無理やり身体操作で動かして……一瞬だけ音速を超えるようにしたから動けた。
だから、あの槍が音速を超えてしまえば――
「――っ!?」
『兎川!』
それよりも先にある物を見据える事は出来ない。それが、人間の限界。僕の身体ならまだ見えたかもしれないけど、この光景は……それこそ閃光のように一瞬でバンまで飛んできていた。ギリギリ反応した兎川が褒められるレベル……だけど、
「大丈夫、逸らせました!」
槍を切れないという事は、その威力を少なからず両腕に刻まれる事になり――
『逸らせたじゃねぇよ! お前、腕が――』
兎川の両腕が布のように引き裂かれ……僕よりも酷い、裂傷と骨折だらけ。繋がってるのが不思議なぐらいの状態になってしまった。
『……失敗か』
「失敗じゃ……」
何かを言おうとした途端に見える、第二撃。手元まで戻ってきた槍を再度構え直す、化け物の姿。
「……切らなきゃ、負け」
『何を言って――』
兎川はそう言うと『スーツ』を引き締め――無理やり腕を繋ぎ合わせ、
『お前! 腕が取れるぞ!?』
「……切れなきゃ負けなんです。もう一度だけ……力を貸して下さい」
もう一度、下段に構え直す。見えないのに、勘だけで当てられる物でもないのに、この男は……愚直に構えを取った。……僕に、何か出来る事は――
『……なら、僕の眼だけ借りるか?』
無理を超えて無茶な作戦。……視覚共有や他人の身体操作を僕が頑なにしない理由でもある。
人間一人に脳が一つ、その環境は絶対に揺るがない。だから――過多な情報は脳をパンクさせる危険性がある。
複数の情報を処理するという次元を超え、複数の身体を操作しつつ正しい処理をしなければ……共有したどちらの脳もパンクしてしまう。
だから僕が兎川の負担を取り除く為に、自身の脳で兎川の身体ごと全て処理しきらなければならない。
例えるなら……右手の人差し指を動かしながら、義手として繋いだ同じ右手の人差し指は別の動作を起こすよう、脳から指示を出す。到底無理だが……覚悟は決まった。
「出来るんです?」
『無理……なんだけど、その腕で兎川はまた構え直した。死ぬ覚悟ぐらい……僕にも出来る』
……良くて廃人。脳を過ぎる言葉を飲み込みながら、僕は自身の身体へ戻っていった――。




