Case.40『何も無い男』
ビルの階段、途方もなく見上げる高さは――どれくらいだろうか。
「社長室って……大体屋上だよなぁ……」
今から駆け上がるべき場所、見えない頂点を見定める。……こんな気持ちは久しぶりだ。
「何だお前――」
声が聞こえるよりも前に放つ弾丸。倒れ込む男に握られていた物は、
「……手元にあるのは刀……やっぱり、暗殺部隊」
だが下の二人とは違って、弾丸を弾いたり躱す様子はあまり見られなかった。暗殺部隊としてはあまりに幼稚で……それだけ、黒幕のゲスさが滲み出る。
『――長通君!? 何をし始めているんだ!』
「……何って、殺傷権の解除ですよ。遠谷警部?」
『殺す気か?』
「コレのせいで『ハンドメーカー』に制限が掛かってるんで……殺すつもりはありません」
『……君は、何でこんな事を』
心を燻らせる物は――怒り。
「家族を殺そうとして、本人は客席で笑っているだけなのが許せないだけです」
『――自身への後悔かい?』
「……叶わないなぁ、遠谷警部には」
『感情や人生に対して、私は何も言わないけど……他人の感情を自身へ写すのは、あまり良い事とは思えないよ』
自分の事と重ねているのは分かっている。……目の前で母親同然だった人を失って、主犯格の親友だった男は表舞台に上がってこない。何で殺したのか分からず、止められなかった自分を恨んで、振り返ってみたら……俺の足跡は何もかも消え去っていた。だから……だからこそ、二人目の俺を作らせない為に。
「自身と重ねていないと言えば、噓になります。ですが、ラビット――兎川には……僕のような道を歩ませたくないから……僕が、止めます。こんな愚行を……犯人だけが笑顔で終わる物語なんて、絶対にさせない」
犯人――父親との確執は分からない。だけど、このビルにいるのなら、殺しを止めるはずだ。
でも実際には刺された時も、首をギリギリで切られかけた時も……ビルに動きが無かった。つまり、生死は問わない事実が浮かび上がる。
『……条件は一つ。殺すな』
「遠谷警部……!」
『どうせ、君は止めても解除して行く奴だ。こういった事を告げた方が良いだろう? 責任は持つが、殺人の責任は持たないぞ』
「分かっています。今回は殺しよりも……捕まえた方が良い」
今回はあくまで、部外者が最悪の結果を回避する為に関わっただけ。……なら、解決するかは分からないけど、未解決で片付ける真似はしない。
『……長通君の限定的殺傷権を許可する』
重い鎖が外れて行くかのように、軽くなっていく身体。
僕の『スーツ』によるスペックが一番低い理由は、出力。生体電気で起こせるギリギリで回している為、身体能力補助まで回せなかった結果だ。……と言うより、設計上生体電気だけで確保できる出力を遥かに超えている。初めからそういう想定で作ってない為に、制限を受けた際に身体能力として差が出てしまう。
僕が万年電力不足の原因の一つでもある。『ハンドメーカー』で電力を使い、『コンダクター』のハッキングで電力を使い、『スーツ』で生体電気を奪われ続ける。……多分、同期の中で一番燃費悪い。でも、
「――ハッキング、電力回収」
この街に存在する電気を無制限に使えるのなら、話は別。燃費が悪くても、周囲から回収出来たら問題無い。
……電力を奪うのは強盗と、警察から制限を受けられたが。
「……こういうのは、何もない僕が担う役割だ」
『……何度も言うけど、君は君だ。それを踏み間違えないでくれ』
「……はい」
黒い手袋を見つめ、過去の自分を思い出して行く……何もかもを失った復讐者の末路を――。
僕が赤ん坊の時、両親は一家心中をしていなくなった。親族と呼べる親族もおらず、僕は施設へ預けられて……育ての母親と出会う。……僕唯一の幸運で、不幸な出来事。
親友と呼べる存在も出来て、独り立ちし……初めて仕事でお金が入った日。その育ての母親は目の前で――炎に焼かれた。今でも夢に出てくる光景……母親の顔に大量の木片が刺さり、爆炎によって赤く焦がされていく様を。その奥で笑う――親友の姿も。
「元々、僕はこの為に色々作ったんだ」
親も喪失し、残された物……それは『ハンドメーカー』の設計図。復讐相手からわざわざ送られてきた、自分を殺せと言わんばかりの挑戦状。
僕はそれを受け取り、今の装備を作り上げた。わざわざ学校へ入り直し、一から全てを学んで……この装備を――
「隠密用なんかじゃない。暗殺用だ」
そして、情報を自力で集めて――殺しに行ったが……怒り狂った馬鹿は扱いやすい。そうして――僕は全部を失い、今までの罪を僕に着せた親友――丞はただただ……捕まって無様な僕をみて笑っていた。
警察は何度も僕へと詰め寄り、自白の強要。……初めから僕が犯人のように責め立て、追い詰めていった。警察にも被害があるテロ事件の容疑者がやっと出たんだ、躍起になっていたのは言うまでも無い。
最終的に証拠不十分として檻から出られたが……一度貼られたレッテルは二度と剥がせない。それに、一切の例外は無く……僕は社会から外された。
産みの親が心中し、育ての親を殺され、親友とは偽りの感情、そして……最後に人生を失った。
そして、何もなく自殺しようとした僕を拾ったのが……今の警部。当時、唯一僕の話を聞いて……無実を立証してくれた人だ。だから、今でも頭は上がらない。
「――死んで貰おう!」
物思いに耽っていると、上から次々とやって来る人の波。獲物のほとんどが刀か剣……『烏兎流』の門下生だ。
「……殺しは禁じられているんでね」
「殺さずに、この量を捌け――」
「だけど! 今の僕は少しだけ気が立っているんだ……もし、背後にいる人物へ疑問を持つなら開けて欲しい」
「……それが無理なら?」
「腕の一本ぐらいは、覚悟して貰う」
これを放置して上に行く事も可能だが……下には守るべき人が残っている。
だから、なるべく全滅させて上へ――!。




