Case.36『戦闘開始』
血の記された先にあったのは……とある高層ビル。廃墟ではない現役で、スーツを着た人がまばらに見え隠れする普通の場所。
「……血は地下にいってるけど、これ最悪ビル爆破とかしない……?」
何故ここを選んだのか。このビルのオーナー、もしくは会社であろうこの場所の社長であれば理解出来るが……ただ単に場所が近かったから等のちんけな理由なら、最悪の場合も想定できる。
「はぁ……行くか」
こっちの武装はいつも持ち歩くショットガンと、ここ最近正規メンバー入りしたウォールハック付きのハンドガン。それと手袋……だけど、
「そろそろ電池切れ……はぁ、短期で終わる事件だと思って甘く見てた」
電池……と言うより、電力切れなのだが。この手袋は何でも作り出せるのは良いが、『オーグメンテッド・マテリアル』へ強制的に干渉する分……こちら側への負担として電力を前借している。全ての違法パーツに同じ事を言えるが、ARへと干渉出来るだけの電力が無ければ、操る事は不可能だ。
「そろそろ、この物質に対しても生体電気で干渉出来たら良いんだが」
『コンダクター』や『スーツ』も同じで、生体電気による干渉で電力が事足りるが故に観測、身体補助を受けられる。……当然、デメリットも存在するが。
違法パーツはそれに加えて、ARに物質を与えた『オーグメンテッド・マテリアル』へ強制的に介入を行う物。当然、AR世界に入るだけなら生体電気のみで済むが……介入ともなれば話が別になる。何にでもなれるこの物質には実際謎も多いし……。
長期捜査の際には車や稼動出来る場所に電力を確保出来る物を置き、そこを拠点に動く事が出来る。規格はセブンヴィランズ内で合わせてあるので、班であれば使える代物だ。
「……愚痴を言っても仕方ない。無駄遣いせずに……行こう」
電力はまだ少しだけ残っている。今まで違法パーツに頼りすぎたし、まぁこういう形になるのなら、日尾野から言われた俺の目を試すに丁度良い。……一番消費電力の少ない対人非殺傷地雷を一つ二つ作れる程度で、スタングレネードやハッキングは完全に封印されたが。
「……一人?」
階段を降りていくと、そこには道具の置かれた会議室。光が入らない地下だからこそ出来る、プロジェクターを使ったタイプだ。
出入り口は二つあるが、その一つには清掃中の立て看板。どうやら清掃員として部屋を塞ぎ、ラビットを閉じ込めるようにした形。
会議室なので、当然座席と机。並びは楕円形で取り囲む形。ラビットの捕らえられた位置の頭上には、丁度映像を映し出すための下地もある。
反面、地下なので窓は無く……出入り口以外は全てコンクリートで見通しが悪い。
……総評として、厄介な場所だ。
出入り口が二つあるので、二人で蓋をしなければ犯人に逃げられてしまう。銃弾はコンクリートの壁に阻まれ、壁越し撃ちは無理。……もうちょっと口径の大きな銃を持ってくればよかった。
反面、こちらが助ける場合、あの清掃中の看板が厄介。あれは関係者以外が触ると、大きな音と共に警告のナレーションが入る……それは見つかったと同義だ。
そして、この部屋にいる人間は二人。片方はラビットだが、もう一人は刀を持った男。
あの時と服装が変わっていないなので、装甲車事件の際にラビットが選んだ男と同一人物。ただ……追って行った痕跡的に少なくとも敵が二人は確定的だと考えると、どこかに隠れているか……。
「とりあえず、話を聞こうか……」
今はとにかく情報優先。未だに目的が分からない以上、ラビットの動き等で無限に択が生まれてしまう。
「……いい加減、戻ったらどうだ?」
「ふざけるな。あんな場所、死んでもごめんです」
話を聞く限り、ラビットを説得している風に見える。それをラビットは拒絶……あの嫌がり方から察するに、その場所へ戻るなら死んだ方がマシぐらい。目付きは本気……舌噛んで死にそうな勢いすら感じる。
「何でだ。そんなに嫌か?」
「僕じゃなくて、僕という子供が欲しいだけのゴミが、何様のつもりですか」
……少し読めた。そうなると、
「ゴミ……ねぇ。金払いが良いんだがな、あの親」
「そういう所がゴミなんだよ。アイツらも、お前も!」
「……そろそろかな」
こうやってその場にあえて留まっている理由、それはタイミング。
この装備と電力じゃ、力押しで突っ込むのは無謀。当然、あの刀の男は出入り口へ気配を置き、誰が入って来るか最大限に警戒している。
こういった時、相手の行動を一瞬だけ止める手段は一つ――想定外の大音量。本来ならスタングレネードを使うが、今は使えない以上……相手を利用する。
血を使ってわざとらしい誘導を掛けたという事は、当然狙うは不意打ち。血を辿ってくる人間がこの会議室へ辿り着き、今だ今だと待っているこの状況。鈍器の跡から察するに、頭を狙う――
「オラァ!」
「――今っ!」
――この鈍い一撃を待っていた。
俺の頭を殴ろうとして、躱された結果鳴り響く想定外の破壊音。建物へヒビを入れる程の鈍器、当然音も大きいはずだ。
「な――」
「狙い目は――」
低く屈んだ状態で飛び込む室内、身体を横にしながらハンドガンを構える。チャンスは一回、狙う箇所は――ラビットの拘束具。
「当たれ!」
銃身から飛ぶ弾は、威力低減をしていない実弾。ある仕掛けを施した、特殊な弾だけど。
「当てさせるか!」
一瞬遅れた男は、慌てつつも刀を構え――その弾を叩き割った。
「クソッ!」
二つに裂かれた弾は分離し、明後日の方向へ飛ぶ。……詰みだ。
「ハッ、やっぱりお仲間が――」
弾丸を切り、ひと段落付いたような表情でこちらを見つめる男。その背後から――斬撃が振われる。
この弾は、初めから分かれる事を想定した弾。本来なら間にワイヤーを仕込む事で威力を上げるものだが、中に磁石を入れればこういう事も出来る。まぁ、電力は少し消費したけど。
「チィッ!」
不意打ちの大剣はギリギリで空を切り、切っ先には布の切れ端が残った。
「どうして――」
「話は後だ。戦えるか?」
そのままラビットはこちら側まで飛び、背中合わせに構える。
「……仕方がありませんね。足、引っ張らないで下さいよ?」
相手は二人、刀持ちはラビットの獲物。だとすると、俺の相手は鈍器。
「怪我人に言われたくねぇよ。けど、泣言じゃなくて安心した!」
先制攻撃を告げる一発の銃声、ショットガンの発砲によって全員が動き出す――戦闘開始だ。




