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Case.26『執着心』

「あれ? もう戻ってたんですね、日尾野警部補」


 車へ戻ると、一足先に車の中でいくつかの資料を読んでいる日尾野がいた。


「京君、こっちは色々と分かったよ」

「こっちも色々分かりましたよ。……鑑識待ちですけど」

『もう少ししたら分かりますけどね』


 そして、車内で一度持ち寄った情報を共有して行く。


「そっちは時間掛かるだろうし、先に僕から話そうか。……まずは、寄神のプロフィールからだ」


 手渡された資料には、鮮明な寄神の情報が記されていた。


「どこでこんな情報を?」

「普通に教えてくれたよ。絵画を見ながら警備員や従業員へ話しかけてくれたら普通に、ね?」

「……警察手帳とか出してませんよね?」

「出すわけ無いだろ? あくまで一般人として、皆親切だったよ」


 ……これは、日尾野自身がスペックの高さに気付いていないパターンだ。街で声をかけられるぐらいのイケメンに高身長、人相も優しさに溢れているようなタイプ。そんな人物が普通に道を尋ねれば、大体の人間は疑い無く教えるだろう。世の中、大体そんな物だ。


「そうなんですね……」

「含みがある言い方だね?」

「本心ですよ」


 まぁ、こんな事本人に伝える理由も無いし、話を進めないと。


「それで、何か気になる点はありました?」

「……殺される人物じゃないって点かな。『寄神 智弘(よせがみ ともひろ)』24歳。神白君と同い年の男だ。生粋のピアニストと自称し、多数のコンクールを総なめしている。他称でも天才と言うべき人物。当然、有名人だ」

「……生粋の、ピアニスト」


 僕が見た舞台袖の映像。あれを見たら寧ろ――生粋のピアニストなのは、神白の方じゃ……。


「だが死亡直前、何故か警備も付けず――一人で何処かへ行ったのを彼のマネージャーが目撃している。殺されるとは思っていないが、有名人を一人にさせるのは不味いと止めたが『ここに行かないと、俺はピアニストじゃなくなる』と言い残し、付き添いも断ったそうだ」

「ピアニストじゃなくなる?」

「少なくともあの会場内で聞いた限り、どういう意味なのかは不明だ。だけど、推定死亡時刻と合わせると――」


 データ上に記された地図は円を描いて切り取られ、球体の3D地図へと変貌する。


「この範囲より外は理論上、無理だそうだ。少なくとも彼が違法パーツなんて使ってなければ、の話だけどね」

「……この球体内で殺された?」

「そういう事。どこかまでは特定出来ないけど、死亡推定時刻が正しく違法パーツ無しの範囲だ。当然、偽装なんてされてたらこの前提は覆る。あまり、信用はしないでね?」


 地図は大体最後に目撃されたこの会場を中心に広がっている。というか、ここで死亡直前に演奏していた……?。


「えーっと、まず寄神はここで演奏会か何かを?」

「いや? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()らしいよ?」

「……そんなにここにこだわりが?」

「あるみたいだねぇ」


 この場所にこだわり……音の響き等本人しか分かりえない感覚があるのなら別だが。


「そして、警備員や従業員の名簿を手に入れ――」

「あの? 本当に警察手帳出してる訳じゃないんですよね?」

「当たり前だろう? まぁ、チラッと見て映像記録として残した――所謂盗みなんだけどね?」


 日尾野の言い方から、本当に手渡されたかと思ってしまった。流石にそんな個人情報の塊を相手に見せる訳無いか。


「話を戻すと、従業員の名簿から――少し嫌な名前があった」

「……『戸内 海咲(とのうち みさき)』」

「そう。あの時と――同じ名前が使われていた」


 とある女の名前。それは――前の事件で犯人を唆した人間で、結局姿をくらまして消えた存在。あの後、戸内という存在は誰も知らないように消えていた。早い話、優しい先生だったけど――顔も印象もまるで無く、誰と言われたら誰も知らないような存在。名簿も何もかも煙のように消え、まるで始めから居なかったような状態だった。


「だけど、丁度寄神が殺されて少し経った後に――彼女はここを辞めている。あの時とは違ってちゃんと辞めているのは、僕はちょっと違う気がするんだよねぇ」

「え? ちゃんと辞めた?」

「名簿にも名前は残っていたし、顔もちゃんと残っている。写真からだと――これだ」


 映された写真には長く艶のある黒髪を持つ、落ち着いていそうな女性。でも……この人、どこかで見たような――


『その写真! 鑑識にも送ってください!』

「急にどうしたんだい、来栖君?」

『お願いします! チラっと見て――何故神白さんが消えてしまったのか分かる気がするんです!』

「そんな焦らなくても――」


 データは急いで鑑識に送られ、通信越しにガサゴソと大慌てで作業を行う音が聞こえてくる。そして、


『……やっぱり、そういう事でしたか』

「何か分かったんですか?」

『長通さん。あの時、舞台袖で待機していた人物――思い出せますか?』


 舞台袖と言われても、寄神と神白を見ていただけで――他はうっすらとしか見ていない。ただ、基本的に一人で舞台袖にいる訳ではなく、順番待ちのように椅子が置かれて数名が前の演奏を聞きながら待機出来る。間の人は気持ちの整理も集中時間もある一方で、一番手は猶予も無く基準となってしまう問題が起きているのはよく言われている。


「えーっと、覚えてないです……」

『寄神の演奏、あの時に神白さんは確かに居ました。ですが――同時に戸内もいます』

「――は?」

『……音声解析の結果も出ました。寄神は「君は、ここまでやっても見てくれないんだ」と言っています。その口の動きからトイレでの読唇術も同時に解析完了。「俺は、ピアニストじゃない」とずっとうわ言のように呟きながら、己の指先を壊しています』


 ピアニストじゃない……。そういえば、死亡直前にも似たような事を言っていたような気がする。


「……色々分かったけど、肝心の場所が分からない。京君は分かったかい?」

「――多分、分かりました」


 ……これがもし快楽犯では無いとしたら、思い当たる所は一つだけ。


「それは、何処だい?」

「それは――」


 そうして、僕達は本当の居場所へ向かう為に――車を降りた。

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